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2-10:救いの”手”【Ⅱ】

 その子供は、路地裏で、ゴミのように、誰にも見向きもされず、雨ざらしになっていた。

 あの時、どうしてその子を助けようと思ったのか。

 死んだ弟に似ていたから?

 身寄りが無いから、こき使えると思ったから?

 かわいそうだと思ったから?


 ・・・違う、あの時はただ・・・


 助けを求められたからだ。

 そのとき、そこにいた子供は、振り向いたエンティに助けを求めた。

 衰弱しかけてはいた。しかし、残った力を振り絞って伸ばした手が、生気を失いかけている目が、ただがむしゃらに、すがりつくものを求めていた。

 その子供と、昔の自分の姿が重なるような気がした。

 昔、自分にも、手をとってくれた人がいた。

 その人は、無表情で、寡黙で、何を考えてるのか分からなかったけど、握ってくれた手は温かかった。今でも、思い出せる。


 ―――――いつか、この温かさを他の人に与えることはできるだろうか?―――――


 エンティは、衝動にかられるままに子供を助けた。

 ウィルを”シュテルン・ヒルト”に住まわせることに、上からは反対の意見もあった。(じいさん、ばあさん達はノリノリでOKだったが)

 当然だ。”カナリス”は慈善団体ではない。中立地帯にあふれる孤児を気分1つで拾ってこられては、たまらないだろう。後々、面倒になるかもしれない。

 拾ってきた後、いろいろ後悔もした。浅はかな行動だったと。

 それでも子供は、再びエンティに会った時、笑顔でこういった。

 

 ―――――ありがとう。お姉ちゃん―――――


 エンティの後悔は、そのとき消えてしまっていた。

 この子の生き様を見守っていこう。

 道を外れそうなときは、正そう。

 些細な相談にも乗ってあげよう。

 世界で生きるということを教えていこう。

 彼が、自立できる日まで・・・先が見えなくてもそばにいてあげよう。

 そう、決めた。

 


「―――みんな、エンティさんが優しい人だって、わかってるッス。そりゃあ、仕事仕事ってよく言うし、なにかとオレをサンドバックにするし、ベッド下の隠れた楽しみを言いふらしてあまつさえ声に出して読み上げるし、料理は下手で何人か殺しかけるし―――ぐふぉっ!?」

「・・・ウィル。君、アウニールをどう思ってる?」

「て、鉄パイプを脳天に振り下ろしたのはスルーッスか・・・」

「手加減したよ?1割引きぐらい」

「ほとんど本気じゃないッスか!?」

「仕方ないでしょ?一番てっとり早く叩ける急所だったんだから」

「あれ?普通、急所って簡単に狙っちゃいけないと思うんスけど?」

「ウィルだからいいの」

「理屈が分からない!?」

「それは君の頭が足りないからだよ」

「な、なるほど・・・」


 それで納得するのか・・・、と傍らで聞いていたエクスは思ったが、いつもどおり黙っておいた。

 エンティは、座っていた場所から、ピョンッ、と飛び降りて、


「で?君はアウニールをどう思ってるの?」

「好み」

「だれかー、スパナ持ってきてー」

「え!?なんで!?」


 作業員の爺さん1人が、どうするんだこれ?、と持ってきたスパナを、ちょっと緩んでるものを叩いて直すの、と受け取る。

 それを手の中で回しながら、再度尋ねる。


「で?どう思ってる?」

「答えるのがすごく怖いんスけど・・・」

「正直に言えばいい。彼女をここに置きたいなら、君の考えを言ってみて」


 エンティの声音はやさしかった。

 弟の言葉に耳を傾けるお姉さんのように。

 スパナがなければいい光景なんだが・・・、とエクスは思ったが、空気を読んで黙っておいた。

 一呼吸置いてから、ウィルは言った。


「―――オレ、アウニールに大切なことを教えてもらったッス。それだけじゃないけど・・・とにかく、見捨てられない。助けてあげたいって思うんス。覚悟は、あるつもりッス」


 少年の目はまっすぐだった。

 曇りのない一点の、まなざし。

 エンティは、目の前の少年の姿が、またかつての自分と重なったのを感じる。


 ・・・あの人も、あの時私がこう見えてたのかな・・・


 エンティは、フッ、と微笑を浮かべて、告げた。


「わかったわかった。君がそこまで覚悟を決めてるならなんとかしてみるよ。じゃあ、生活費はウィルと―――」


 視線が、聞きに徹していたムッツリ顔の男に向けられ、


「―――エクスの給料から差し引くことにするよ」

「なに・・・?」

「当然でしょ。君も彼女をここに置いてほしいんでしょ?じゃあ、出すもの出してもらわないと」

「・・・アウニールを働かせればいいだろう」

「あんな細身の女の子に、力仕事できると思う?」


 ウィルとエクスは、彼女が地下で巨大な金属の”棺”をぶんなげたことを思い出し、


「―――大丈夫だと思うッス」「―――問題ないな」


 確信を持って、同時にそう言った。


「・・・君達、鬼でしょ?」

「エンティさんがいえたことじゃ―――あいだぁっ!?」「お前が言うな」


 まったく・・・、とエンティがウィルのすねを打ったスパナを、近くの台に置く。


「とにかく、あの子は来賓扱いにするから、そのつもりで―――」


 そう言いかけた時、


「―――おい!まーた、動かなくなったぞい!?」


 作業をしていた老人の声が遠くからが響いた。



「―――どしたの・・・ってまたかぁ・・・」


 駆けつけたエンティの視線の先には、エンジン部から煙を噴き上げるリフト車があった。

 さっそく、ウィルが状態を見るが、


「う~ん。さすがにエンジン部の故障は見きれないッス」

「整備班長はどこ行ったの?」

「街に降りとるわい。朝まで飲み明かして伝説更新してくる、とかぬかしおった。ありゃ、次の日まで帰ってこんぞ。土産を忘れなければいいが・・・」

「私の分も頼んどけばよかったなぁ~」

「はっはっは!残念じゃったな!」

「・・・おい、現実に戻って来い」

「いや、どうにもならないッスよ。あ、やべ!このままだとオレの仕事増える!?」


 しかし、煙を噴き上げているところを見ると、生半可な故障ではない。

 長い間使ってきただけあり、年季が入った旧型だ。

 部品も手に入るかどうかわからない。


「そーだね~。使えない以上、代わりにウィルにがんばってもらうしかないね」

「リフト車で運ぶものを人間が運ぶのって、すご~く大変だと思うんスけど?」

「じゃあ、ウィル君。よろしく、働け」

「え?マジ?本気?」

「私が嘘言ったことある?」

「しょっちゅう言って―――いえ、なんでもないッス・・・」

「・・・鬼か」


 そんな話をしていると、その背後から、


「―――どうしたのですか?」


 そんな声がした。

 振り向くと、あとからトコトコついてきたアウニールがようやく現場までやってきたようだ。


「あ、実は―――」


 ウィルが状況を説明しようとしたが、


「―――”傷”ですか・・・見せてください」


 アウニールの言葉がそれを遮り、その身がまだ薄く煙を噴き上げる車両のもとへと向かう。


「どうしたんスか?」

「・・・年老いて、”傷”はありますが、まだ動ける。今からその手助けをします・・・」


 そういうと、アウニールは、その指先をそっと車体に触れさる。

 風の吹かないこの場所で、ほぼ銀色の髪が、誰も気づかないほどにわずかな振れ幅で、一瞬揺れた。

 時間にして、数秒も無い。瞬きよりも短い時間。

 そして、少女は指先を離し、


「終わりました。無理はできませんが、動くことはできると思いますので、どうぞ」


 そう言った。

 よく見ると、吹き上げていた煙が消えている。

 どれどれ、と乗り込んだおじいさんが、エンジンキーを回すと、


「お! こいつはたまげたぞい!?」


 かかった。ギアが回り、車両が息を吹き返した。


「おおすごい!どうやったんスか?」

「私なりに、”傷”を治療しました。もっとも、応急処置程度ですから・・・」



「―――うおぉ!?今度は、リフト部分が、真っ二つになったわい!?」



「・・・動かせるだけです」


 でも、とアウニールが続ける。


「あの車は、ずっと使ってもらえて”幸せ”であったようです。創造されたものにとって、役目を全うできることは幸運です。ここは、いいところですね」


 語るようなその言葉を、ウィルは聞いていた。

 すると、エンティが目を輝かせて、ビシリと彼女を指差して、


「戦力決定!採用!」


 そう大声で言った。

 こうしてアウニールは、思いのほかあっさりと”シュテルン・ヒルト”の一員となったのだった。




~第2章・完~

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