第37話 朝寝坊
「う、う~ん」
外で鳴り響く鐘の音が耳障りだ。リーゼロッテは顔をしかめ、窓に背を向けるように寝返りを打った。
しばらくまどろんでから、もしや夜襲を告げる鐘ではないかと考え、飛び起き武器を手に取る。
しかし窓からこれでもかと言わんばかりの光が入っている。
「まさか……」
リーゼロッテはそう呟き、窓から外の景色を見る。
通りには人があふれており、店を覗く者や買い物袋を抱えた者がせわしなく行き交っていた。
空を見上げると日は真上にあり、今が朝ではないことをはっきりと伝えてくれる。
先ほどの鐘の音の正体は、正午を告げる鐘だった。
「やらかした」と呟き、リーゼロッテは昨日のことを思い返す。
罪人たちの身柄を憲兵に渡して、ついでにハルトの傷を癒してもらった。
一通りの聴取が終わってから、二人はリーゼロッテが飲み損ねた酒を飲みに、酒場へ向かった。
そこで、確かにお酒を飲んだが、やはりどこか気が進まず、お互い酒はほどほどにして魔竜について話し込んだ。
話が熱くなり、酒場を出るのが遅くなったが、決して大寝坊するほど遅い時間ではなかった。
ハルトが酒を減らし、真剣に話をする姿を見てどこか嬉しくなり、自分の気持ちが浮ついていたことを思い出す。その心地よさのまま眠りにつき、今に至るわけだ。
リーゼロッテは頭を抱える。
「これでは人のことはいえんな……」
こめかみを押さえる。しかしやらかしてしまった以上、切り替えるしかない。リーゼロッテは隣のベッドで眠るハルトに声をかけ、体をゆする。すると彼は「もう朝か」と呟き、目をつむったまま大きく伸びをした。
「今、何時くらいだ?」
「正午だ」
「は?」
「正午だ」
ハルトはまた自分が寝坊したのかと思い、慌てて起き上がる。しかし目の前にいるリーゼロッテも寝巻のままだった。その姿が信じられなかったハルトの視線が、リーゼロッテと窓を何度も行き来する。そして、「リーゼロッテも寝坊するんだな」と驚いた表情のまま呟いた。
「面目ない」
「いや、そう言うつもりじゃなくて」
頭を下げたリーゼロッテに対して、慌ててハルトが手を振る。
「なんというか、本当の仲間になれた気がするっていうかさ」
その言葉にリーゼロッテが頭を上げる。
「いや、仲間とか厚かましいかもしれないけど。ほら、リーゼロッテが失態を見せるなんてないじゃん。だから、すごく気を許してくれているのかと」
その言葉に、リーゼロッテは面食らう。
かつての仲間たちの前ですら、寝坊したのは数回しかない。その数回も、肉体や精神が限界まで追い詰められていたときのことであって、失態と呼べるものではなかった。
それだけ気を張って、旅を続けていた。
だが今は、寝坊するくらい気を許している。
今までは使命感で人を助けてきたが、今は彼の成長が嬉しくて、彼の目標に心から協力したいと思っている。
(これが本当の仲間なのか)
そう思った彼女は、しかしそんな気恥しいことを口にはできず「かもしれんな」と小さい声で返すにとどまった。
「リーゼロッテ、すぐに準備して出発しよう」
その目は真剣そのもので、昨日の言葉が勢いだけではなかったことを感じさせるには十分だった。そのことに安心するリーゼロッテだが、この勢いのまま突き進んでしまっては、魔竜の血は手に入らない。かといって今日を無駄に過ごすわけにもいかない。彼女は残り時間でやるべきことを考え、ハルトに伝える。
「待て、ハルト。急ぐ気持ちはわかるが、策どころか大した準備もしていないんだ。このまま突っ込んでも無駄死にするだけだ」
「それはそうだけどよ」
「寝坊したことをプラスに考えて、今日はじっくりと準備を進めよう。ハルトは薬師を探したらどうだ?」
「あ、そうか。材料を探して終わりじゃないよな」
薬は素材をもとに調合してもらわないといけない。手順はわかるが、作業をしたことのないハルトが薬を作るのはリスクが高すぎる。
それに薬師にも段取りというものがある。素材を持ち込んだからと言って、すぐに薬を作ってくれるわけではない。
「幸いにも、この町は物流の拠点で店も情報も多い。腕の良い薬師が何人もいるだろう」
「そうだな。じゃあ俺は薬師を探すよ。リーゼロッテはどうするんだ?」
「私は魔竜の情報収集がてら、どうやって血を回収するか考える。手帳には裏山に魔竜が住んでいると書かれていたが、今も住んでいるかはわからん。あとは宿を押さえなおす」
「報奨金が出たのだから、この部屋でもいいじゃないか」と言いかけたハルトは、この後出費が増えるであろうことを思い出した。お金は金貨一枚でも節約した方がいい。
「じゃあさ。十八時を告げる鐘が鳴ったら、中央広場に集合しようぜ」
「わかった。昨日の今日だ、絶対に裏通りと酒場には行くなよ」
「おう。リーゼロッテに殴られると思ったら、我慢できる。いや、そうじゃなくても我慢して見せるぜ」
どちらからともなく拳を突き出し、打ち合わせた。




