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d+d【先行公開版】  作者: Hilde
【先行公開版】第三章 戦闘 - Battles -

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バグダード - Baghdad - 6

◯アッバース国・首都直轄州・バグダード市・黄金門宮・外庭・処刑場


静まり返る処刑場に、イスマイールの声が響く。

「宮廷書記官、前へ」


青ざめた宮廷書記官たちが、おずおずと前へ出る。


イスマイール「これより、勅令の裁可を執り行う。

そなたらは、その証人となれ」


文書箱を捧げたホラーサーンの書記官が進み出る。

机が運ばれる。


ホラーサーンの書記官、文書箱から『協定遵守の勅令』を取り出し、読み上げる。

「『慈悲深く慈愛あまねき神の御名において。

信徒たちの長、カリフ・ラフィはここに宣言する。


我は先帝ハーリド・アル・シャリーフが定めたる誓約と協定を再び確認し、その効力を認める。

我は神と信徒共同体(ウンマ)の前において、当該協定を誠実に遵守し、その定めを損なわぬことを誓う。

また、協定により定められた諸権利、諸特権、租税その他の財政上の定めおよび継承順位を尊重し、これを侵害せぬものとする』──」


読み上げが終わる。


イスマイール「ラフィ」


ラフィ、肩を震わせる。


イスマイール「俺がここへ来たのは、父上の協定を回復するためだ」


ラフィ「……」


イスマイール「勅令を裁可せよ。

協定を回復し、アッバース(おれたち)の分裂を終わらせよう」


ラフィ「…しかし、母上が…」


イスマイール「…拒むのであれば、お前もムーサも、ファドルと同じ裁きを受ける」


ラフィ、青ざめ、処刑台を見る。

石台の脇に、ファドル宰相の首なき骸が横たわっている。


「…わかった」

ラフィ、掠れた声で答える。


「裁可しよう」


侍従が勅令を机の上に広げる。


ラフィ、差し出されたペンを取る。

『裁可』

震える手で書き入れる。


続けて、指に嵌めた印章(ハータム)を外し、封泥の上に押し当てる。


ホラーサーンの書記官が勅令を回収する。


イスマイール「次」


ホラーサーンの書記官、次の勅令を読み上げる。

「『レイの戦い以後、帝国内において生じた争乱に際し、イスマイール皇太子に従い、またはこれを支援した者たちの行為については、その罪を問わないものとする。


官吏、軍人、学者、商人、市民その他すべての者は、過去の立場を理由として処罰、追放、財産没収その他の報復を受けない。

また、各地の城門を開き、降伏、和議または協力を行った者に対し、一切の追及を禁ずる。


本勅令に反して私刑、報復、告発、財産没収を行う者は、カリフの命に背く者として処罰される』──」


ラフィ、裁可を書き入れる。


イスマイール「次」


ホラーサーンの書記官「『イスマイール皇太子のホラーサーン総督としての権利と権限を改めて確認する。

ホラーサーンならびにその付属諸州の統治権は、従前の定めの通りイスマイール皇太子に属する。

これに反する任命、勅令、命令その他一切の措置は無効とする』──」


ラフィ「こ…これではムーサが総督ではなくなる…母上に何と申し開きすれば…」


イスマイール「裁可せよ」


ラフィ「……」


ラフィ、裁可を書き入れる。


ホラーサーンの書記官、残りの文書束をラフィに差し出す。

「こちらにも、ご裁可を」


侍従が文書束を受け取り、机の上に広げる。

ラフィ、順に裁可を書き入れていく。


『ホラーサーン経済権限包括勅書

ホラーサーン地方の歳入、鉱山、関税その他一切の経済権限は、従前の協定の定めに従い、イスマイール皇太子に帰属する』


『ホラーサーン鉱山採掘特許状』、

『ホラーサーン東方交易関税徴収令』…


最後の文書で、ラフィの手が止まる。

「…これは…?」


『ホラーサーン対外債務優先償還勅令

イスマイール皇太子が負う対外債務については、ホラーサーン地方の歳入、既存鉱山の収益および関税収入を優先的な償還原資とする』


イスマイールが静かに言う。

「裁可せよ」


ラフィ、顔を上げる。

「だが、このような勅令は…」


イスマイール、声を低める。

「──裁可せよ」


ラフィ、足元のファドルの血を見る。

処刑台の傍らに転がるファドルの首を見る。

仙道士に抱えられたムーサを見る。


──ラフィ、震える手を押さえ、


『裁可』


書き入れる。


イスマイール、ラフィの耳元へ身を寄せる。

「ムーサは、引き続きホラーサーンに留め置く」


ラフィの顔が強張る。


イスマイール「今日裁可した勅令が守られる限り、その身の安全は保証しよう」


ラフィ、冷たい汗を流しながら、うなずく。


イスマイール、身を起こして周囲の宮廷人たちを見渡し、宣言する。

「これらの勅令は、宮廷書記官と立会人の前で裁可された。

後で覆すことはできぬ」


「加えて──

この戦乱によって費やされた戦費は、その責を負うファドル宰相に負担させる。

ターヒル、ラビーア一族の財産を差し押さえよ」


「はっ」

ターヒル将軍、部下の隊長を呼び寄せ、命令を伝える。


イスマイール、放心したままのラフィに、

「無論、それだけでは足りぬ。不足分は、お前が償え。

これはホラーサーンが強いられた戦である。

その代償は払ってもらうぞ」


イスマイール、遠巻きに見守る重臣たちの前へ一歩踏み出す。

「お前たち、よく聞け!


我が弟ラフィは神より定められたカリフ、その地位は神聖なものだ。

ゆえに我は彼の命を奪わず、この都に生を許した。

だが、この慈悲は無条件ではない。


お前たちは、ラフィを支え、誤りあらば(いさ)め、健全なる統治を行う義務を負う。

彼の放埒さが民の苦しみを招き、帝国の基盤を揺るがすならば、それはお前たちの怠慢でもある。


帝国の外を見よ。

諸外国は驚くべき速さで国力を伸ばしている。

鉄路は大地を貫き、工場は新たな富を生み、学問は日々進歩している。

我らも国家の礎を固め、諸国に後れてはならぬ」


イスマイール、処刑台の脇に立つ。


「忠義を尽くし、正義を貫け。

アッバースの栄光に恥じぬ統治を行え。


我はホラーサーンから、その行いを見ているぞ。

再び協定が破られ、民が苦しむならば──

我は軍を率いて戻るだろう。


神の導きがあらんことを」


重臣たち、一斉に頭を垂れる。



◯バグダード市・円城内・黄金門宮前の円形広場


イスマイール軍が馬首をホラーサーンへ向けて整列している。


イスマイール、その先頭に立ち、兵を讃える。

「勇敢なるホラーサーンの戦士たちよ!

この勝利は、お前たちの勇気、忠誠、そして神への信仰の証である。

お前たちは剣によってではなく、節度と規律によって勝利を掴んだ。

ホラーサーンの民は、お前たちを英雄として迎えるだろう」


イスマイール、右手を天高く掲げる。


「我らはこの勝利を胸に、ホラーサーンへ凱旋する!

勝利の祝宴が、お前たちを待っているぞ!」


兵士たち「おおおおおーーーっ!!」


黄金門宮前の円形広場に、兵士たちの歓声が響き渡る。

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