白銀国 - Silver Empire - 2
◯白銀国・ジルバーブルク・銀冠宮・皇后の寝室(夜)
白銀国皇后エリーザ・マリア・フォン・ジルバーブルク(旧姓:エリーザ・マリア・カストルム)が鏡台に向かい、腰の下まである長髪を侍女たちに梳かせている。
白銀国に嫁いで20年になるが、日課の器械体操により、結婚当時と変わらぬ均整の取れた姿が鏡に映る。
寝室の扉をノックする音が聞こえる。
侍女「皇帝陛下がお見えです」
皇后エリーザ、鏡の中で目を上げる。
「…来たのね。通して」
シャツ姿の皇帝レオンが入室する。
「先週の世連総会の件を、君と話さねばならないと思っていた」
皇后エリーザ、無言で鏡越しに夫を見やる。
侍女の一人が気を利かせて、皇帝レオンに椅子を勧める。
皇帝レオン、椅子に腰を下ろしながら、
「枢密会議の決議は、カナン地区の加盟承認に賛成だった。
代表団に反対を指示したのは、君だな?」
皇后エリーザ、表情を変えず、
「…カストルムの国益を守っただけよ」
皇帝「国益?」
皇后「シオンとの関係が崩れれば、カストルムの利益が損なわれるわ。
白銀国だって無関係では済まないはずよ」
皇帝レオン、低く静かな声で、
「近く、再討議が行われる。
次は、代表団に反対を指示することのないように」
皇后エリーザ、逆に問いかける。
「…カナンの加盟を承認して、何の得があるの?」
皇帝「得るものではない。
カナンの民が今どのような状況に置かれているか、君は知っているか?」
皇后エリーザ、わずかに肩をすくめる。
「紛争など、世界中にあるわ。カナンだけが特別?」
皇帝レオン、静かに問い返す。
「──カストルムがシオン国に売却した武器の総額が、6兆ディルハムを超えたと聞いたが」
「…耳が早いのね」
皇后エリーザ、侍女たちを手で払い、下がらせる。
鏡に向き直り、自ら髪を梳かし始める。
皇帝レオン、皇后エリーザの背中に向かって、
「カストルムは、シオンへの武器提供を即刻停止すべきだ」
皇后エリーザ、櫛を動かし続ける。
「シオンが要求しているのだもの。
需要があれば供給するのが、造り手の役目でしょう。
こちらが応えなければ、他の者に市場を奪われるだけだわ」
皇帝「その武器で、民間人や子供が殺されている。
人道的観点から、提供を止めるべきだ」
皇后「武器の使い道は顧客が決めるわ。
売り手が責任を負う話ではないでしょう?」
皇后エリーザ、櫛を鏡台に置く。
皇帝レオンへ身を寄せ、声を潜める。
「シオンは隠しているけれど、カナンには〝黒のダイヤ〟が眠っているそうよ」
皇帝「…炭鉱か」
皇后エリーザ、うなずく。
「カナン自身は知らないの。
シオンが、カナン周辺の地質調査で鉱脈を見つけたのよ。
カナンを掌握したら、炭鉱の利益を原資にアッバースへ侵攻するつもりよ。
シオンは、あの一帯に跨る〝大シオン〟という地図を描いている」
皇后エリーザの瞳が熱を帯びる。
「シオンは戦い続けて、カストルムから武器を買い続けるわ」
皇帝「──ならば尚更、シオンを止めなければならないだろう。
戦火が拡大するのを黙って見過ごすわけにはいかない」
皇后エリーザ、皇帝レオンを見つめ、ふっと笑う。
「カストルムだけではないのよ。
白銀国も、いずれ潤うわ。
カナンでは、砲撃で手足を失う者が増えているの。
戦いが終われば、大量の義手と義足の需要が見込まれる。
カストルムの義肢部は既に増産を始めているわ。
カナンの子供も、30分毎に10人が手足を失っている。
白銀国にも、子供用の部品の大量注文が入るはずよ。
子供のためとなれば国際社会から復興支援金も集まるし──
過去の大戦を超えるGDPも夢ではないわ」
皇帝レオン、総毛立つ。
「私は、国益ではなく、人道の話をしている。
人命を踏みにじって栄える国に、誇りなどない。
我が国もかつては武具で名を馳せた。
だが、鎧の時代が終わった時に、民生品へ舵を切った。
民を生かすことこそ、国家の務めだと考えたからだ。
君の国に、その判断はできないのか?」
皇后エリーザ、肩をすくめる。
「為政者の責務は、自国民を飢えさせないことよ。
この商機を、みすみす逃せと言うの?
白銀国だって、義肢部の増産で利益が出るじゃない。
自国の産業を発展させて、国を豊かにすることの何が悪いの?」
皇帝レオン、険しい表情になる。
「…カストルムも君と同じ考えだと捉えてよいか?」
皇后「大統領はそうよ。
でも、攻城部の営業チームはもっと先を行っている。
攻城部は、シオンと新兵器を共同開発しているの。
カナンの住民で殺傷能力を検証して、〝戦闘で実証済み〟と宣伝しているわ」
形のいい口元をほころばせる。
「〝実戦で成果があがっている〟と評判で、飛ぶように売れているの。
攻城部の売上は、昨年の4割増を見込んでいるわ」
ガタッ
皇帝レオン、立ち上がり、無言でドアに向かう。
ドアノブに手を掛け、低い声で、
「我が国からカストルムへ納品予定の義肢部品は、全て出荷停止とする。
カストルムへ書簡を送り、正式な回答を得るまでは再開しない。
…もしカストルムが攻城部を拡大するつもりなら──
我が国はカストルムとの提携も考え直さねばならない」
皇后エリーザに背を向けたまま、出て行く。




