首長会合1 - Majlis of Sheikhs - 5
◯アッバース国・首都直轄州・バグダード市・黄金門宮・内殿(ハレム)・母后の私室(夕方)
この世界最大の大陸、アルテラシア大陸。その中東に位置する大帝国、アッバース国。
その正円の城壁に護られた〝平安の都〟バグダード市。
その中心にそびえるカリフの宮殿、黄金門宮。
その最奥、厳格に隔離された私的空間──ハレム。
その女主人である母后が、庭園に面する奥座敷で侍女に肩を揉ませている。
宦官長が低く頭を垂れたまま入室し、静かに告げる。
「ファドル宰相が、急ぎの拝謁を願い出ております」
母后、うなずく。
「通しなさい」
宰相ファドル・イブン・ラビーアが入室し、帳が揺れる。
ファドル「ご聡明なる御母后陛下に、急ぎ申し上げることがございます」
母后「何事ですか」
ファドル「ホラーサーンからの定期連絡が途絶えました。
ムーサ殿下の名で発せられるべき公文が、期日を過ぎても届きません」
母后、侍女の手を止めさせる。
「…それで?」
ファドル「ホラーサーンが動いた可能性が高うございます。
討伐の備えを整えられるのが、よろしいかと存じます」
母后「…ようやく、動きましたか」
長椅子の上で上体を起こす。
「…ムーサの身が気掛かりです。あの子は──泣いてはいませんか」
ファドル「…殿下は、総督代理と共におられるはずにございます」
母后、一瞬目を閉じ、それから静かに口を開く。
「幼子を脅かす逆賊に、正義の軍を発しなさい。
その後、ムーサを正式に皇太子と定めましょう」
ファドル、深くお辞儀をする。
「御意」
母后、再び長椅子に体を預け、侍女に肩を揉ませる。
(…奴隷の子が、カリフなど)
◯黄金門宮・外廷寄り中殿・大広間(夜)
宵闇の中、煌びやかな酒宴が開かれている。
金銀の燭台の炎が揺れ、金箔の柱を照らす。
楽士の弦が高く鳴り、踊り子の足環が細やかな音を刻む。
詩人たちが談笑しながら、琥珀色の杯を交わす。
カリフ・ラフィが、両脇に美女を侍らせ、高座にもたれている。
金の杯が空く間もなく、葡萄酒が注がれていく。
宴もたけなわの頃、ファドルが現れる。
楽の音が一瞬、弱まる。
宦官「宰相、急ぎの奏上にございます」
ラフィ、面倒そうに目を上げる。
ファドル、ラフィの前に進み出て、深く拝礼する。
「東方に動きあり。
討伐の詔に、御璽を賜りたく存じます」
ラフィ、一瞬考えるような素振りを見せるが、
「──母上は何と申している?」
ファドル「御母后陛下は、討伐を、と」
ラフィ、鷹揚にうなずく。
「ならば、それでよい。いつも通り、宰相に任せる」
ファドル、一歩進んで文書を差し出す。
「御裁可の一言を賜れれば」
侍従が受け取り、文書を広げる。
ラフィ、文書に目を通すこともなく、差し出されたペンを取る。
『裁可』
流れるように書き入れる。
続けて、指に嵌めた印章を外し、封泥の上に押し当てる。
印が乾ききらぬうちに、ラフィ、杯を取る。
「音を止めるな。続けよ」
再び楽が鳴り、女性歌手が華やかに歌い出す。
ラフィ、何事もなかったかのように視線を踊り子へ戻す。
ファドル、静かに退出する。




