第31話 襲撃者
「ん? どうしたんでしょうか」
突然、行進が止まった。
小気味よく歩いていた兵士達の足、そして装備を積んだ車両が止まり、兵士達は何が起こったのかと辺りを見回している。
「妙だな。行進は東の防壁基地までのはずだが」
沿道から歓声ではなく、次第に騒めきが大きくなっていく。
普通、行進が途中で止まることはない。
あるとすれば、何かしらのトラブルが起きたということだろう。
「なんか、前の方であったみたいだよ。行ってみよう!」
セシリアがイノ達の手を引いて、先頭に向かって走り出した。
沿道の人混みをかき分けて前に進む。
突然のトラブルにより、騒ついている大通りの沿道を濁流の中を進むようにして、前に進んでいる。
そして、行列の一番先頭に行ってみると、案の定そこから既に動いていなかった。
イノ達はどうしてここで止まっているのか、原因を探した。
「あ、あれって……」
アイナが口を押さえる。
彼女の指が差す方向には、軍隊に向かって立ち尽くす一人の少女がいた。
そこに立っていたのはルビアだった。
「ルビア!?」
ルビアは大隊の前に仁王立ちしていた。
彼女の碧眼が、目の前に連なる軍隊を見据えていた。
その目は断固としてここを動かないと語っているようにも見える。
「あの馬鹿っ、何やってんだ……!」
ルビアの考えていることは分かる。
彼女は、『エンゲルス』が戦地に赴くのを止めようとしているのだろう。
だが、いくら公爵令嬢と言えど、軍の出立を私情で止める権限はない。
ルビアはどうするつもりなんだ……?
イノが思考を働かせていると、大隊長であるテーリヒェンが先頭まで駆けつけた。
「こ、これはこれは。ニューロリフト准尉殿、どうしてこちらに?」
テーリヒェンは困惑を隠しきれない様子で、ルビアに話しかける。
弱冠十八歳の若い娘と言えど、公爵家の令嬢である。
テーリヒェンにとっても無碍にできないネームバリューだ。
テーリヒェンは馬から降り、ルビアの元に近づいていく。
「もしかして、自爆兵器のご観覧に来られたとか?」
奴はいきなり地雷に触れた。
彼女の額からピキピキと血管が浮き出るのが目に見えるようだ。
しかし、テーリヒェンはその沈黙を肯定と捉え、さらにルビアににじみよる。
「ならば、ご一緒に行きましょう! あれは戦場のフィナーレとも言えるものです! エルステリア人による花火はきっと綺麗に————」
「このっ……」
ルビアは真っ直ぐ、一直線にテーリヒェンに向かって走り出した。
軍のエースの動きに、テーリヒェンは全く反応できない。
「え?」
「この下衆がああ!!」
ルビアは右手を振りかぶって、その拳をテーリヒェンの顔面に叩きつけた。
あまりの衝撃に、テーリヒェンの黄金の兜がひしゃげる。
「ブヘエエエエエッ!?」
豚のような悲鳴を上げながら、テーリヒェンは空中を舞う。
そして、背中から地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
周囲の騒めきがほんの一瞬だけ消える。
沿道にいる全員が、ルビアを注目していた。
「今すぐ進軍を止めよ! ここから先は誰一人として通さない!」
ルビアは自分に注がれる視線を物ともせず、鞘から剣を引き抜いた。
イノ達が調整したその武器を、大隊に向けて掲げる。
ルビアは軍を睨みつけながら、その声を張り上げた。
「うわあああああああっ!」
「しゅ、襲撃だあああ!」
中央街『アルディア』の大通りは、大混乱に見舞われた。
突然の襲撃者に逃げ惑う人々により、沿道の人混みはうねるように形を変えていく。
ルビアはニューロリフト家に伝わる剣、『ヒート・ブレード』を構え、目の前の一個大隊に睨みを効かせていた。
軍の方も、このまま彼女を放っておくわけにはいかない。
無礼を承知で、隊の一部を仕切る指揮官が命令を下す。
「取り押さえろ!」
小隊ほどの人数の兵士がルビアを抑えにかかる。
兵士は全員、屈強な男達だ。
体格だけで言えば、細身のルビアが敵うはずもない。
しかし、ルビアは動じることなく、その剣を思い切り横に振り切った。
すると、何かが爆発したかのように地面から火が噴き出し、向かってきていた兵士達を吹き飛ばす。
兵士達はその熱風で宙高く舞い上がり、地面に転がっていった。
「なんという魔力だ……!」
「あれが、『赫星』!」
ルビアの剣には、メラメラと燃え上がる炎が纏わりついていた。
サラメリア人が得意とする炎魔法、その中でも、魔法適性『A』、そして魔力も全魔法士の中でトップクラスを誇るルビアは、たった一人で一個大隊に匹敵する戦力を持っていた。
その魔法の前では、並の兵士達じゃ歯が立たない。
「すごいですね……」
オスカーが息を呑む。
ルビアの鬼のようなその様子を、イノ達は沿道から見ていた。
「でも、このままじゃまずいんじゃないの!?」
セシリアが不安そうな声をあげる。
列の先頭は既に大騒ぎだ。
ルビアのあの強さならば、彼女を止められる魔法士は少ない。
騒動はどんどん大きくなるだろう。
いくら公爵令嬢であろうと、彼女は『准尉』だ。
わがままで帝国の最重要作戦を止められる権限はない。
すぐにでも、彼女に匹敵する魔法士が動員されて、怪我をさせてでも止めることになる。
「イノ! ルビアを止めて!」
アイナはイノの元へ駆けつけ、涙目で懇願した。
どうして俺に言うんだ。
イノは拒否しようとしたが、彼女の必死そうな目に引き込まれる。
「早くしないと! 怪我とかしたらやだよ! 取り返しのつかないことになっちゃうよ!」
このままではルビアは、捕らえられ、罰せられる。
どんな罰則が待っているか、イノ達には想像がつかなかった。
少なくとも、もう家の外に出られなくなるのは確かだろう。
そうすれば、ルビアが会いたいと言っていた人、ウラにも会えなくなる。
しかしだ。
俺がしゃしゃりでてもいいのだろうか。
ただでさえ、イノ達の評判は良くない。
ルビアと関係があることを知られるのは、彼女にとっても、イノ達にとっても、立場が悪くなる一方ではないか。
むしろ、ルビアがこんな行動に出たのは、イノ達が原因であると糾弾されるかもしれない。
このまま、のこのこと出ていくのはリスクが大きかった。
だが、そんなイノの危機管理能力を、目に映るルビアの姿とアイナの目が邪魔をする。
「……ああくそっ!」
もういい。
理屈で考えるのはやめだ。
彼女を止めたいか止めたくないか。
答えは決まっていた。
「……分かった。俺が行って話をしてみる」
イノは流れてくる人混みに逆行し、沿道から大通りに出ようとする。
「お前らはそこで待っていろ!」
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたが、イノは無視して走り出した。