柊一真・二日目・01「カオス部」
天音が新しい部活を設立すると言い出した翌日の昼休み。
購買にパンでも買いに行こうかと考えている俺の元に、ニヤニヤしながら天音が近づいてきた。
「黒兎おに──」
俺は天音が言い終わる前に、天音の口を手で塞いだ。
そしてそのまま廊下まで引きずり出す。
「天音いいか。真名は人前で軽々しく言うもんじゃない。〝機関〟の人間がどこにいるかもわからないんだ。それと部活についてもあまり大々的には言わないように。なるべく秘密裏に行動することを心がけろ。そうすれば俺は手伝ってやる。いいな?」
俺は天音にしっかりと言い聞かせる。
天音は黙ったままこくこくと頷く。
俺が天音の口を押さえているので声が出せないのだ。
天音が頷くのを確認してから俺は天音を解放した。
「ぷはー。分かったよ。秘密裏にやるね」
大きく息を吸い込んで、にこりと笑う天音。
とりあえずこちらの要求を飲んでくれたようで助かった。
「今後の話はあの部室で話そうぜ。俺は購買でパン買ってくから行く」
「待って。一真くんのお弁当あるから、パンは買わなくていいよ。お弁当取ってくるから先に部屋に行ってて」
そう言い残すと天音は教室に戻って行った。
俺は一人で三階の元文芸部部室に向かった。
部屋に入り、椅子に座って天音が来るのを待つ。
さっき天音は俺のことを一真くんと下の名前で呼んでいた。
最初が柊くんで、次が黒兎お兄ちゃんで、最後が一真くんか。
まあ、真名で呼ばれるよりはマシだから良しとしよう。
名前もそうだが、俺の分の弁当を作ってくるのもやめさせないといけない。
クラスで良からぬ噂が立って目立つのは良くない。
そんなことを考えいると、部屋の扉が開いた。
「え、え? ……なんで?」
天音が入ってきたのだと思って振り返る。
だが部屋に入ってきたのは天音ではなく桜木さんだった。
俺は予想外の出来事に困惑した。
「こんにちわ、黒兎お兄ちゃん」
桜木さんは素敵な笑顔を俺に向けてくる。
「…………」
俺は言葉を失った。そして時間にして十秒ぐらい固まる。
桜木さんにお兄ちゃんって呼ばれて、正直嬉しかった。
物凄く嬉しかったさ。もう一度呼ばれたいと思うぐらいに。
だが、まずは色々と訊かなければいけないと思い直し口を開く。
「ちょ、ちょっと! なんで桜木さんがここに! あとなぜその名前を知っているんですか!」
「私も〝カノッサ機関〟に狙われているんです。だから、私も入部しようと思いまして」
桜木さんはノリノリだった。
中二病に理解があるかもと予想はしていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。
桜木さんと一緒の部活になれることは嬉しい。
だが桜木さんを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「桜木さん何言ってるんですか? こんな部活に入ると大やけどしますよ。天音のことは俺に任せてください。たしか桜木さんは園芸部に入ってるんじゃなかったですか?」
「特に忙しい部活じゃないし、掛け持ちは十分可能ですから」
なんでこんなに桜木さんはやる気なんだ。
天音のことが心配なのか。それとも俺と同じ部活に入りたいということなのか。
もしそうなら、それはつまり……。
俺が淡い期待を抱いていると、バンっと扉が勢いよく開かれ天音がやってきた。
「どうビックリした一真くん? ひなたも部活に入ってくれることになったのよ」
天音がドヤ顔で俺に視線を向ける。
せっかく良い気分になっていたのに、白けてしまった。
「まあ、桜木さんが入りたいっていうなら、俺は駄目とは言わないけど」
天音から弁当を受け取り、俺達は昼食を取り始める。
こんな変な部活に桜木さんを巻き込むのは、あまり良いとは思えない。
だが本人が入りたいのに、俺が駄目だとは言えないだろう。
「それはそうと部活として認定されるには、最低五人が必要なのよ」
どうやら天音は本気で部活を作るらしい。
「あと二人か。まあ、何をする部活か分からないのに人は来ないだろうな」
俺としてはこのまま人が集まらず、部活として認定されない方が良いと思っている。
その方が目立たずこっそり出来るので、被害を抑えられる。
「〝カノッサ機関〟は大組織よ。対抗するにはこちらの戦力も増強しなければならないわ。あとこの部活は〝機関〟の情報を集めて、〝機関〟を潰すのが目的だからね」
天音が訊いてもいないことを力説してくれた。
俺は天音の熱を冷まし現実を見るように説得を試みる。
「天音、良いか良く訊け。そもそも〝カノッサ機関〟なんてものは存在しない。ただの妄想だ。もし仮にあったとしても、そんな大組織をたかだか数人で潰すなんて不可能だ。戦うような危険なマネはせずに、誰にも見つからず静かに暮らしていこう」
「……静かに暮らす。とても良いわね。前の世界でも私達はそうしていたわ。でも、駄目なのよ。〝機関〟からは絶対に逃れられない。どうやっても見つかってしまう。私達が静かに暮らすためには〝機関〟を潰すしか方法は残されていないのよ」
天音は悲しそうに顔を背けた。
「さっきも言ったが〝カノッサ機関〟は存在しない。だから、大丈夫だ」
「……黒兎お兄ちゃんは時空転移の影響で、記憶の混乱を起こしているみたいね」
「いや俺は至って正常だ。おかしいのは天音の方だ」
「……どうしてそんなヒドイことを言うの?」
天音の目には涙が浮かんでいた。
「ヒドイとか、そうことじゃなくて、事実だ」
「…………」
天音は顔を下に向けて、黙ってしまった。
三人とも言葉を発さず、部屋の雰囲気が悪くなる。
どうやら俺は急ぎすぎてしまったみたいだ。
頭ごなしに否定するのではなく、徐々に中二病を治療していく必要がある。
「すまん俺が悪かった。カノッサ機関〟に恐怖して、現実から目を逸らしていたのは、俺の方だ。許してくれ」
俺は天音に向かって頭を下げた。
「……頭を上げてお兄ちゃん。私信じてたから、お兄ちゃんは恐怖に負けないって。逃げずに戦うって信じてた。勇気を取り戻してくれてありがとう」
涙で目を赤らめた天音は、そう言って微笑んでいた。
そしてパンっと手を鳴らして話を仕切り直す。
「それじゃあ〝機関〟に対抗するために、戦力を増強するってことで決まりね。戦力増強って言っても能力が使えない普通の人を仲間にしても意味ないわね。仲間に入れるのは能力者限定。選りすぐりの能力者ならば、数名でも機関に対抗できる。
あと能力者なら、この部活の存在を感知して、自らやってきてくれるはず。能力者同士は自然と惹かれあるから一石二鳥ね」
「ああ、そうだ。俺達は何もしないで、ただ待っていればいいだけだな」
天音の言葉が、俺に都合が良かったので素早く同意した。
部員集めて称して動き回られると困る。
何もしないで、静かに過ごすことが何よりも大事だ。
「それで部活の名前はどうするんだ? やっぱり文芸部か?」
「カノッサ機関対抗秘密結社。Kanossa Opposition Secretsociety。略してKOS。カオス部よ」
俺の何気ない問いに対して、自信満々に天音が答えた。
「……お、おう。すごくカッコイイな」
「でしょ? 頑張って考えたんだよ」
「だが、少し目立ちすぎる。それじゃ機関にすぐ見つかってしまう」
「うーん? ……そうかな」
天音は納得していないようだ。
だがここで認めるわけにはいかない。
カオス部なんて、頭のおかしい名前をつけたりしたら、悪目立ちしてしまう。
「カオス部は真名で良いと思う。だが真名は俺達以外に知られてはいけない。だから、表向きの名前が必要だな」
「確かにそうね。それじゃ表向きは文芸部にしましょ」
「ああ、それで良い」
俺はとりあずの危機を回避し、ほっと胸を撫で下ろす。
ちらりと、桜木さんの様子を伺う。
桜木さんは会話に入らず、ただ微笑んで俺たちの様子を眺めているだけだ。
「桜木さんほんと良いんですか? こんな良く分からない部活に関わって?」
俺と天音の頭が痛くなるような会話を聞き、心変わりしたのではないかと確認する。
「とっても楽しそうです」
桜木さんは笑っていた。
うん、良い笑顔だ。桜木さんが楽しいのなら、俺も嬉しいです。
放課後にまた集合することになり、俺達は解散した。




