柊一真・一日目・05「彼女は中二病」
「……ノートのことなんだけど」
天音がぼそりと言う。
やはりノートか。
ここでノートの話題を出すと言うことは、天音はノートを見ているのだ。
もしかして見ていないかも知れないという淡い期待が水泡に帰す。
「今朝のノート。中身見たんだね?」
俺は意を決して確認する。
これだけははっきりさせなければならない。
天音がこくりと首肯する。俺はそれを見てがっくりと頭を抱えた。
「……月詠黒兎」
天音が小さい声で呟く。
瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。
月詠黒兎は俺の数ある真名のうちの一つ。
真名は通常、一つだけだが俺は特別なので複数持っている。
柊一真は肉体の名前。そして真名は魂の名前。
真名を知っているということは、間違いなく中身を見ている。
「……時を駆ける魂<ジグソウ>」
月詠黒兎の持つ能力名だ。
時をさかのぼる能力だが、それ単体では不安定でとても危険という設定。
「何が望みだ!」
俺は居ても立ってもいられず、椅子から立ち上がり怒鳴った。
「俺をバカにして笑いものにするのか? クラスの連中に言いふらすのか?」
「…………」
天音が驚いた様子で俺を見上げる。
「なんか言えよ!」
俺は乱暴に机を叩いた。
天音から無言の眼差しを向けられて、惨めな気持ちになり泣きそうになっていた。
無言は一番辛い、罵倒される方がまだ楽だ。
「……カッコイイ」
しーんと静まり返った部屋で天音が呟いた。
「そうか、カッコイイか。普通の人はそう思うよな。分かってる、分かってるさ! 俺はカッコイイ奴なんだ。……って、おい?」
俺は罵倒の言葉を待っていたのに、予想外の言葉が聞こえて困惑した。
「……今、なんて言ったんだ?」
俺の聞き間違いではないかと、天音に確認する。
「カッコイイって言ったんだよ」
目をキラキラと輝かせて天音は俺を見上げていた。
……なん……だと? 俺の聞き違いではなかったのか!?
「そこは、キモイっていうところじゃないの?」
「……なんで?」
天音が不思議そうに訊ねてくる。
なぜそこまで純粋な瞳を俺に向けるんだ? わけがわからないよ!?
「なんでって……。普通の人はキモイって思うんだよ」
「それじゃ私は普通じゃないんだ! ということは、特別な力があるってことだね。やったー」
天音が両手を挙げて喜んでいる。普通じゃないことに喜んでいる。
いったいこれはどういうことだろう? 俺の思っていた天音の反応と真逆だ。
天音はお嬢様でお淑やかで、ガキ臭いことには一切興味無いとばかり思っていた。
しかし、それは違っていた。
まあ、好意的に捉えてくれてるみたいだから、少しは良かったのだろう。
「ねえねえ黒兎、私の真名は何かな?」
天音の雰囲気が一変し、いきなり馴れ馴れしくなった。
「何って、自分の能力を俺に訊くなよ。俺が知るわけないだろう。つーか、黒兎って呼ぶな!」
「そっか、そうだよね。それじゃあね。私の真名は月詠愛莉栖にする。それで能力は時の番人<クロノス>だよね? どうかな?」
笑顔で俺に訊いてくる。
天音が言った真名と能力は、俺がノートに書いた月詠一族の設定そのものだ。
月詠一族は十三人の異能力集団ということになっている。
ちなみに月詠黒兎も月詠一族の一人だ。
「なんで俺が考えた月詠一族なんだ? 自分で別のを考えればいいだろ? 設定は自分で考えるのが楽しいんじゃないか」
「……それは黒兎お兄ちゃんの妹になりたかったからだよ」
「お、お兄ちゃん!?」
俺の声は裏返っていた。
天音にお兄ちゃんと呼ばれるのは、正直とても嬉しい。
だが同時に、とてつもない罪悪感を覚える。
「愛莉栖が妹で黒兎が兄なんだから、お兄ちゃんだよね?」
「それは設定では、そうだが……」
あくまで中二病設定の中での話だ。
リアルな俺たちは単なるクラスメイトに過ぎない。
「それはそうと、こうして時空を超えて兄妹で再開できて嬉しいわ」
「あ、ああ。そうだな」
俺は完全に中二病的な思考ができなくなっていた。
天音とこの部屋に来るまでは、色々と中二病的な妄想していた。
だが中二病の人を目の当たりにすると、逆に冷静になってしまう。
「私達は〝カノッサ機関〟に追われて、この時代にタイムリープして逃げて来たんだよ。覚えてないの黒兎お兄ちゃん?」
「ああ、そうだな。〝カノッサ機関〟な。うん、覚えているぞ」
俺は適当に話を合わせることにした。そうしないと話が進まない。
ちなみに〝カノッサ機関〟は能力者を管理する秘密結社の組織という設定だ。
イタリアにカノッサという地名があるが、まったく関係はない。
「〝カノッサ機関〟が私達の能力を狙って、この時代にやってくるかもしれない。いや、もう来ているわ! 私達が幸せに過ごすためには、二人で協力するしかないのよ!」
天音は完全に中二病モード全開だった。
「で、具体的にどうするんだ?」
流れに身を任せて訊いてみる。
「〝カノッサ機関〟に抵抗するための組織を作るのよ。調度ここの部屋も空いていることだし」
天音の言いたいことがなんとなく分かった。
「つまり新しく部活を作るってことか?」
「そういうこと。部活にカムフラージュして活動するの。お兄ちゃんは部活何も入ってないでしょ?」
「まあ、何もやってないけど。後、お兄ちゃんって呼ぶな」
嬉しいのだが、なんだかムズムズする。
「それじゃ決まりね。愛莉栖が手続きとかやっておくから任せて」
意気揚々と宣言する天音。
「俺はやると、一言も言ってないからな。つーか、そんなあやしい部活に入りたくない」
「……お弁当食べた」
天音が上目遣いで呟く。
「弁当で買収してくるとは、こざかしい真似を! とりあえず、俺にも考える時間をくれ」
「分かった。良い返事を待ってるね、お兄ちゃん」
「だから、お兄ちゃんって呼ぶな!」
こうして天音との波乱の昼食は終わった。
天音の俺に抱く感情が、嫌悪の感情ではなかったことは喜ばしいことなのだが、よりにもよって奴も中二病を煩っていたとは驚いた。
というか、俺の黒歴史ノートによって、発病したのではないだろうか。
中学時代に親の監視が強く、習い事ばかりしていた天音に取って俺の黒歴史ノートは刺激的だった。
その反動が俺の黒歴史ノートをトリガーして中二病を発症してしまった。
十分あり得る話だ。
もしも天音の中二病が親御さんの耳に入り、俺から影響を受けたなんて言われたら、俺はかなりまずいことになるのではないか。
可愛い娘をあやしい趣味に引き込んだ悪い男として、学校に文句でも言われたら俺の立場が危うくなる。
天音の誘いを断って一人にしてしまうのは危険だ。
暴走したら、俺も巻き込まれて大惨事になる。
俺が天音のブレーキ役になれば、ヒドイことにならずに済むだろうし。
ここは天音に付き合って、徐々に中二病を治療してくのも一つの手かもしれない。
しかし天音の中二病に付き合うとなると、俺も中二病だと周りから見られてしまうことになる。
天音の誘いを受けるべきか、それとも断るべきか。
「柊君」
俺が今後の対応を考えながら、教室を出ようすると、天使のような可憐な声が俺を呼び止めた。
振り返ると、そこには桜木さんがいた。
やはり天使の声は桜木さんだったようだ。
桜木さんがその可愛らしい両目で俺を見ている。
俺はそれだけでドキドキしてしまう。
もしかして今、俺と桜木さんは見つめ合っている! このまま時が止まって永遠に桜木さんと見つめ合っていたい気持ちだ
だが、そんな思いは絶対に態度には見せず、平静を装って桜木さんに問い返す。
「桜木さん、なにかな?」
「あなた、偽者? それとも本物の柊一真なの?」
桜木さんは何かを見極めるように、ジっと俺を見つめて質問を返した。
ふざけている様子はない。物凄く真剣な表情だ。
「……質問の意図が良く分からないけど、俺は本物の柊一真だよ」
自分が偽者かどうかなんて考えたこともない。だから、素直に本物だと答えた。
桜木さんは、肩を落として落胆した。
まるで俺が偽者であって欲しいと願っていた様子だ。
だが、俺が偽者で桜木さんが嬉しいというシチュエーションがまったく思い浮かばなかった。
「あはは、変なこと訊いてごめんなさい。……ええと、そう! 綾花のこと。よろしくお願いします」
桜木さんは自分の気持ちを誤魔化すように笑うと、そそくさと自分の席に戻っていった。
俺はしばらく放心状態で動けなかった。
意味不明な質問をされたのもそうだが、なにより桜木さんから俺に話しかけてくれたことが嬉しかった。
教室を出た時には、普通の歩きではなくスキップをしていた。
桜木さんが言っていた「綾花」というのは天音綾花のことだろう。
そして桜木さんが「よろしく」と俺に言ったということは、天音と俺が新しい部活を作るを知っている。
天音と桜木さんは仲が良いみたいだし、天音が桜木さんに教えていても不思議ではない。
となると高確率で俺が元中二病だということも知っていることになる。
本物か、偽者かという質問は、俺が〝柊一真〟なのか。それとも〝月詠黒兎〟なのかを見極めるためのものだったのかもしれない。
本物も偽者もなくどちらも俺自身なのだが、桜木さんはよく理解していなかった。
本物が〝柊一真〟で、偽者が〝月詠黒兎〟だと思い込んでしまった。
俺が本物と言って桜木さんは落胆した。つまり桜木さんは俺が〝月詠黒兎〟であることを望んでいる。
桜木さんの望みならば、叶えるしかない。
俺は天音の部活設立に協力することを決心した。




