柊一真・一日目・04「弁当」
「ここだよ」
そう言って、天音は音楽室の少し手前の部屋へ入った。
俺は命拾いした。
どうやら天音は交渉術の心得があるようだ。
相手に死という恐怖を与え、その後の交渉を自分の有利に運ぶ。
なんて恐ろしい奴だ。
目的地は空き部屋のようで、モノがあまりなくガランとしている。
長テーブルとパイプ椅子、そして隅には空の本棚がある程度だった。
「この部屋は昔、文芸部だったんだけど人が集まらなくて。それで廃部になってからは空き部屋になったんだ」
天音が説明してくれた。
若者の活字離れが進んでいると聞いたことがあるので、妙に納得した。
インターネットで文字自体は読むが、小説のような長文を読む機会が減っているのだろう。
長文を読むのは疲れるから、もっと気楽で簡単なものに流れて行った。
今は気楽に楽しめる動画サイトが人気だし、時代の流れだなーとしみじみ思う。
天音と俺は向かい合ってパイプ椅子に座った。
「さあ、お弁当食べよう。はいこれ、柊くんのっ!」
天音から水色の弁当箱を渡される。
天音の声が妙に弾んでいる気がするのは、勝利を確信している高揚感からだろう。
「ありがとう。じゃあ、遠慮無く頂きます」
俺は水色の包みを解き、弁当箱の蓋をオープンする。
まず中身が傾いていなことに俺は驚いた。
通常、鞄に入れた弁当は傾いて変な風に寄ってしまうのだが、天音の弁当はそんなことにはなっていない。
そして半分は白いご飯で、半分はおかずが敷き詰められている。
1:1ではなく。1:1.618の比率。
つまり黄金比だ。
黄金比とは人間が最も美しいと感じる比率のこと。
さらに俺は気づく。
弁当箱の縦と横の比率も黄金比。
だが、そこは驚くことではない。
黄金比は商品のデザインに良く取り入れられている。
卵焼き、ミートボール、唐揚げ、ブロッコリー、プチトマト、コーン、かぼちゃ。
色合いと栄養のバランスも良い。
外見と中身の黄金比。そして黄金色の三つの食べ物。
三つの黄金が重なり合い最強の弁当になる。
まさしくそれは黄金三重弁当<ゴールデントライランチ>だった。
俺の口内から、ヨダレがどばどばと溢れてくる。
「……どうしたの? 食べないの? 美味しくなさそうかな?」
弁当の衝撃に受けて固まっていると、向かいから天音が心配そうな表情を見せた。
「いや、すごく綺麗な弁当だったから驚いただけだよ。それじゃ、頂きます」
俺はそう言って天音の弁当を食べ始めた。
見た目同様に味の方も最高に美味しかった。
久々に食べたうまい弁当に、箸が止まらない!
飢えた狼の如く弁当を食べながら視線をあげると、天音がじっと俺のことを見つめたいた。
天音はまだ自分の弁当に箸を付けていない。
「すごく美味しいよ」
ごっくんと口に含んだモノを飲み込んでから天音に弁当の感想を言った。
「そう、良かった」
天音はほっとしたように笑うと、自分の弁当を食べ始めた。
なんだかその仕草がすごく可愛く見えた。
しかし、油断してはいけない。
天音は俺が油断したところをきっと責めてくるに違いない。
その後、俺と天音は無言で弁当を食べた。
今までほとんど会話もしたことないし、話題がないのでしかたないこと。
だが、それで良い。戦いは、弁当を食べ終えてから。
戦いの前に無用な体力消費はお互いに避けるべきなのだ。
「ところで、なんで俺の分の弁当を持ってたの?」
先に食べ終えた俺は天音が弁当を食べ終えるのを待ってから、ずっと気になっていたことを訊ねた。
さあ、ここからが本当の戦いだ!
「柊くんいつもパンだし。……それに柊くんと話がしたくて。早起きして作ったんだ」
天音が恥ずかしそうに頬を赤らめる。
なんだこれは! 俺がいつもパンを食べていることを知っているし、俺のために手作り弁当を作ってきただと!
これではまるで……。
いや、これは俺を油断させるための作戦に違いない。
気をゆるしたところで俺の黒歴史をバカにするつもりだ。
奴はカウンターを狙っているに違いない!
「そ、そう、……それでなんの話がしたいの?」
俺は平静を装って訊ねる。
ここからが運命の時<ディスティニータイム>だ。




