神崎仁・四日目・01「透明人間」
昼休みになり俺は屋上に向かった。
今日は柊と一緒にランチをする日だ。
別に約束はしていないが、柊が俺に超能力があるのかどうかを訊きたがっているので、それに付き合うことになっている。
「よう、神崎。ちょっと話があるから、一緒に飯でも食わないか?」
屋上に行くと、ちょうど柊が俺に気付いて話しかけてきた。
「良いですよ。柊さんが僕と話がしたいと言ってくると思ってましたから」
俺は柊の誘いを承諾して、一緒に昼食を摂ることにした。
「昨日、街にいただろ? 彼女と歩いてるの見たぞ?」
食堂の二人用の席に座って、柊はうどんを食べながらそう話を切り出した。
適当に会話をした後、俺は未来予知を実演するため、予言をした。
それは柊の家に、知らない少年が勝手に上がりこんでいるというものだ。
その少年は桜木優太。桜木ひなたの弟だ。
この頃の柊は、桜木優太のことを知らない。
桜木優太は支倉美咲にフラれてショックを受け、姫宮のマンションで一泊する。
その後、姫宮から柊のアパートに行くように指示され、勝手に上がりこむことになっている。
俺にとっては過去のことだが、俺からは未来の出来事だ。
これで俺は神崎の未来予知を再現することに成功した。
部活が終わり、今は帰宅途中だ。
俺が訳の分からない部活に入ったため、霧野と詩季は一緒に帰ろうと言い出さなくなったので、とても助かっている。
女同士の戦いは見てる方が恐怖を感じる代物だ。
なるべくなら見ないでやり過ごしたい。
それにいつも一緒にいられると、俺が神崎じゃないということがバレるかもしれないので、気が疲れる。
もし霧野か詩季のどちらかに気ずかれでもしたら、大変なことになるのは目に見えている。
というか「お兄ちゃんを返せ!」とか言って包丁を俺に向ける絵が容易に想像出来る。
まったく女って生き物は恐ろしい。
今はそんなことを気にする必要がない一人の帰宅だ。
気が休まる一時。
そんな気軽な一人の帰宅のはずなのだが、さっきから妙な視線を俺は感じていた。
誰かに後を付けられている気がする。
何度も振り返って確認するのだが、誰もいない。
尾行の達人か、透明人間のどちらかが俺を付けているとしか考えられなかった。
そんなことを思いながら歩いていると、前に霧野の姿を見つけた。
俺は影に隠れて気付かれないようにしようと思ったが、その前に霧野が振り返って俺を見つけてしまった。
俺は仕方なく手を振って霧野の元に向かった。
「やあ、霧野さんも今帰りですか?」
「神崎くん今、隠れようとしなかった?」
霧野がジト目を向けてくる。
「そ、そんなことするはずないじゃないですか。あはは、はは」
「なんだか笑いが引きつってるけど……。まあいいわ。神崎くんも今帰り?」
「はい、部活が終わったので」
「部活って、いったいなんの部活に入ったの?」
「悪の組織と戦う部活です」
「…………。嘘は付いてないみたいね」
霧野は俺をじっと見て、確認するとそう断言した。
「あれ? 信じてくれるんですか?」
悪の組織と戦う部活と聞いたら、誰だって冗談だと普通は思うはず。
だが霧野はあっさりと俺の言葉を信じてしまった。
まるで、心が読まれているようだ。
「悪の組織と戦う部活なんて、そんなふざけた部活があるはずないと思うわ。だけど、神崎くんは悪の組織と戦う部活だと本当に思ってる。事実はどうであれ、神崎くんは嘘をついてないわ」
「どうして、僕が嘘を付いていないと分かるんですか?」
「私が見つめた時、動揺しなかったから、かな?」
なんとも、あいまいな理由だった。
心が読めるとか、そういうのではない感のようなものだろう。
俺はほっとする。
もしかしたら霧野も何かの能力を持っているではと一瞬だけ思ったが、どうやら思い過ごしのようだ。
「動揺ですか。……おかしいですね。僕は霧野さんと一緒にいると、いつも心臓がドキドキして動揺してるはずなんですが」
「そうね、神崎くんはいつも何かに怯えてる。何か隠し事があるみたい。重大な隠し事が……」
俺は冗談のつもりでいったのだが、霧野は真顔で返してきた。
そして霧野の言葉にドキリとする。重大な隠し事はある。
それは俺が神崎仁ではなく柊一真だということだ。
霧野は分かっているのかいないのか、確信を突いてくる事をたまに言うので、心臓に悪い。
「僕も一応、男ですから隠し事ぐらいありますよ。……ホモだったりとか」
「まだその設定続けてたの?」
霧野はあははと、呆れたように笑い飛ばした。
俺もすっかり自分がホモだってことを忘れていたが、それは内緒にしておこう。
まあ、霧野は最初から俺がホモだってことを信じていなかったようだが。
その時、電柱の影から視線を感じて、俺は振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
「どうしたの?」
霧野が不思議そうな顔をして訊ねてきた。
「視線を感じるんです。学校を出てからずっと後を付けられている気が……。だけど振り返っても誰もいないんですよ。今もあの電柱の辺りから視線を感じて……」
俺は電柱を指さした。もちろん電柱には誰もいない。
「ふうん、そうなんだ。確かに誰かいるみたいね」
霧野はあっさりと言った。
「誰かいるって、誰もいないじゃないですか?」
俺の目には電柱の所には誰もいないように見える。
もしかしたら霧野は霊感があって、俺の後を付けていたのは幽霊なのかもしれない。
凜子がそうだったし、その可能性もあるなと納得した。
「いいから、よく見ててね」
霧野に言われて、俺は電柱の辺りをじーっと見つめた。
そして電柱の影から「痛っ」と聞いたことのある女性の声が微かに聞こえた。
その後、タッタッタッとその場を走り去るような足音が聞こえた。
「今、女の人の声と、足音が……」
俺は霧野に視線を戻した。
「びっくりして、逃げて行ったみたいね」
霧野はニコリと笑顔を向けて俺に言った。
霧野は全てを分かっている様子だ。
「いったいどういうことなんですか? びっくりしたとか、逃げて行ったとか? 良く分からないんですけど」
「私が、神崎くんを付けていた透明人間を驚かしたのよ。それで透明人間は逃げて行ったってこと」
「透明人間……ですか? それが僕の後をつけていた?」
まさか霧野の口から、そんな奇想天外な言葉が飛び出してくるとは思いもよらなかった。
「そういうことよ」
「仮に透明人間がいたとして、どうやって透明人間を驚かしたんですか? 霧野さんが何かをやったようには見えなかったですよ」
透明人間がいた電柱とは距離があった。
驚かそうとするならば、石でも投げなければ無理だろう。
しかし、霧野は俺の隣に立って腕組みをしていただけだ。
「つねったのよ」
「透明人間を……ですか?」
「ううん、自分を」
「……すみません。言っている意味が良く分からないんですが」
「ま、透明人間を追い払ったんだし、いいじゃない細かいことは、っさ」
そう言って霧野は歩き出してしまった。
俺は「はあ」と曖昧な返事を返して、霧野の後を追いかけた。




