柊一真・一日目・03「脳内異能力バトル」
昼休み、俺は磯谷と連れだって購買に行こうと席を立った。
「柊くん、良かったら一緒にお昼食べない?」
教室を出て行く途中、弁当箱を二つ持った天音が俺を呼び止めた。
「……え?」
予想外の出来事に俺は固まる。
こちらから攻撃をしようと思っていたら、先に攻撃されてしまったようなものだ。
俺の受ける精神的ダメージは大きい。
「ほうほうなるほど。そっかそっか、じゃ、俺は一人でいくわ。柊がんばれよ」
磯谷が嫌らしい笑みを浮かべながら、教室を出て行く。
「磯谷、おい、待てよ」
磯谷は俺の呼びかけには足を止めず、そのまま軽く手を振って教室を出て行ってしまった。
「俺もパン買いにいくから、また今度な」
昼食確保のために俺も購買に行かなければならない。
だが、パンを買いに行くからといって、一緒に昼食を取れないということは理屈が通ってない。
購買に行った後で、一緒に昼食をとることは可能。
しかし、俺はその可能性をあえて見逃して誘いを断った。
とりあえず心の準備期間が必要なのだ。
これは逃げではない! 戦略的撤退なのだ!
「待って、柊くんの分もあるよ。お弁当」
歩き出そうとしたところで、天音が俺を呼び止めた。
天音の手には二つの弁当箱が握られている。
ピンクの包みと水色の包みの弁当箱だ。
きっと水色の方が俺の弁当なのだろう。
「そうなんだ。ありがとう」
俺は混乱していた。そのため反射的に御礼を言ってしまった。
なぜ俺の分の弁当があるのだ?
これでは断ることが出来ないではないか!
そうか、奴は俺が逃げるのを見込んで、退路をたったというわけか。やるな!
どうやら天音は俺の動きを完全に見破っている強者らしい。
丁度良い。
なるべく早く天音とは決着を付けなければならないと思っていたところだ。
俺は覚悟を決めて、天音と昼食を取ることにする。
「じゃあ、どこで食べる?」
「教室はどうかな?」
「いや、それは……。なるべく人が少なくて、落ち着いてる場所が良いな」
俺は即座に天音の提案を拒否する。
教室では俺の黒歴史をクラスメイト達に聞かれる恐れがあるため言動が制限される。
俺にとっては不利な戦場だ。
さすが天音だ。俺をとことん追い詰める魂胆なのだろうが、そうはさせない。
「そうだね。それじゃ良いところがあるから、そこに行こう」
天音は俺の要求を即座に受け入れた。
食い下がってくるかと思ったが、あっけなく退いた。
余裕があるということか? それとも何かの罠か?
天音は弁当箱を持って教室を出て行く。俺も天音の後をついて行った。
階段を上り、屋上にでもいくのかと思ったが、屋上への階段は上らず三階の廊下を奥に進んだ。
歩く度に天音の黒髪がふんわりと揺れて、そこから良い匂いが漂ってくる。
──まさか、これが天音の狙いか!
良い匂いで俺の理性をぶっ壊す。
精神芳香破壊<アロマブレイカー>。
すでに異能力バトルは始まっていた。
精神芳香破壊<アロマブレイカー>は、対象者の理性を無意識に侵食し破壊する。
しかし、俺は気付いてしまった。意識さえすれば恐るるにたりない能力だ。
残念だった天音! お前の能力はもう俺には効かない。
安心したところで、急激な空腹に襲われる。
食事時の教室からは、色々な食べ物の香りが漂っていた。
食欲増加<アペタイトインクリィーシィン>の範囲攻撃だ。
食欲増加<アペタイトインクリィーシィン>は、対象者の食欲を増加させ、感情を暴走させる。
だが、俺はこの攻撃にもなんとか耐えた。
まさか天音が二大欲求の扉<ツインディザイア>を使ってくるとは夢にも思わなかった。
二大欲求の扉<ツインディザイア>は、人間の三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲のうち二つに対し同時に攻撃する強力な技だ。
もしも三大欲求へのトリプル攻撃。三大欲求の扉<パーフェクトディザイア>だったら、俺は即死していた。
天音の攻撃に耐え切り、一安心する。だが、それも束の間。
俺は自分の目を疑った。
視線の先には音楽室がある。
俺の脳裏にある能力が思い浮かんだ。
天使の子守唄<スリーピングボイス>は対象者を眠らせる能力。
性欲、食欲、睡眠欲がこれで揃った。
三大欲求の扉<パーフェクトディザイア>では助かることは不可能。
俺は死を覚悟した。




