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柊一真・三日目・03「姫宮とデート」

 家に向かって道を歩いていると姫宮を見つけた。

 姫宮は一人で公園のベンチに座っている。

 何をするでもなく、ただ地面を見つめていた。

 落ち込んでいるのか、いつもと雰囲気が違い別人のように感じる。


「姫宮どうした? さっき言っていた用事とやらは、ひとりぼっちでベンチに座ることなのか?」


 俺は姫宮の前まで近づいて、からかうように声を掛けた。

 

「…………」姫宮は顔を上げて俺の顔をじーっと見つめてくる。

「おいおい、何か言えよ。財布でも落としたか? そんなに落ち込むなって、明日はきっと良いことある、だから元気だせよ」

「……誰ですか?」

「誰ってひどいなー。相変わらず姫宮のボケはきついって。少し前に会ったばかりじゃないか。記憶喪失じゃあるまし、俺はお前の学校の先輩の柊一真。そしてお前は姫宮衣千子だろ? 思い出したか?」

「……ああ、思い出しました。柊先輩」


 しばらく考えた後、姫宮はパンと手を叩いて納得した。


「そうか良かった。頭でも打って記憶喪失にでもなってるのかと思ったぜ。そしたら病院につれていかなくちゃいけないから大変だな。ははは、良かった良かった」

「…………」


 場を和ませるために軽い冗談を言ったつもりだったのだが、なぜか姫宮は逆に落ち込んだ様子だった。

 なにがあったのかは分からないが、そうとうツライ出来事でもあったのだろう。

 ここは一つ先輩として励ますことにしよう。


「そうだ。姫宮、腹減ってるだろう。ちょっと待ってろ」


 俺は近くのクレープ屋の屋台に走り、適当にクレープを二つ注文して戻ってきた。


「ほら、俺の奢りだ。お前苺好きだろ? 苺のクレープだぞ」

「あ、ありがとうございます」


 姫宮は恐る恐る俺からクレープを受け取ると、じーっとそれを見つめた。


「どうした食べないのか? まさか俺が毒でも入れたなんて思ってるわけじゃないだろうな?」


 俺がそう言うと、姫宮はフルフルと頭を振って否定した。

 そして恐る恐るクレープに口を付ける。

 最初はゆっくりだったが、途中から食べるスピードがあがり無我夢中で食べ始める。

 その姿は小動物がエサを食べいるようで、微笑ましい気持ちななった。


「美味しいか?」

「とーっても美味しいです!」


 姫宮は満面の笑みで俺に答えた。

 その素直な笑顔に俺は少しだけドキリとした。

 少しは元気になったようで、安心して俺もクレープを食べ始めた。

 俺がクレープを二、三口食べてる間に、姫宮はクレープを完食していた。

 姫宮は俺のクレープを食べたそうに凝視している。


「俺にはちょっと甘すぎるな。少し口付けちゃったんだが、良かったらこれも食うか?」

「ほんとですか? 食べます食べます」


 姫宮は俺からクレープを受け取ると、一気にクレープを食べてしまった。

 小さい体なのに良く食べるなあと関心した。


「先輩! これから時間ありますか?」


 クレープを食べ終えた姫宮が俺に訊ねてきた。

 姫宮は腹が膨れて満足したのか、すっかり元気になっていた。

 どうやらクレープを食べさせて正解だったようだ。


「家に帰ろうと思ってたところだし、暇だけど?」

「そ、それじゃこれから私とデートしませんか?」


 姫宮が少し恥ずかしそうに訊いてくる。

 いつもの姫宮とキャラが違うので少しだけ驚くが、その仕草はすごく可愛いかった。


「お、お前がどうしても言うなら、付き合ってやらないでもないぞ」


 俺は頬を掻きながら答えた。


「どうしてもです!」姫宮が顔を近づけて元気よく答えた。

「わ、分かったよ。付き合うよ」


 そう言うと姫宮は嬉しそう笑い俺の手を取って走り出した。


「おい、引っ張るなって」

「あはは、早く先輩。早く行きましょうよー!」


 子共のような姫宮の姿を見て、俺は父親になった気分だ。

 可愛い娘に手を引かれて急かされるって、いいもんだなと思った。


「で、どこいくんだ?」


 公園の外まで引っ張ってくると、姫宮は周りをキョロキョロと見渡して立ち止まってしまった。


「んーと、んーと。どこがいいかなー」


 姫宮はまるで目の前にたくさんのオモチャがあり、どれを手に取っていいか分からない子共のようになっていた。


「先輩はどこがいいですか?」


 姫宮は結局自分で決められないようで、俺に選択権を委ねる。


「ゲーセンが良いんじゃないか」


 ハイテンションモードの姫宮は落ち着いてショッピングって感じでもない。

 とにかくキラキラして賑やかな場所が良いと思った。


「ゲイセン?」


 姫宮は首を傾げていた。発音がとっても怪しい。


「ゲームセンター。色々なゲームで遊べる所。略してゲーセン。どうだ?」

「……ゲーセン。ゲーセン! ゲーセン! ゲーセン!」


 姫宮は初めて言葉を覚えた赤ちゃんのようにゲーセンを連呼した。

 どうやらゲーセンに行くことに決定したようだ。

 俺と姫宮は駅前のゲームセンターに向かった。


「わー、人形だー! 可愛いー!」


 姫宮は入り口付近にあるクレーンゲームに飛びついて、中のぬいぐるみを見つめている。

「よし、俺が取ってやるぜ」


 初孫の願いを叶えてやりたいおじいちゃんの如く俺は意気込んだ。

 しかし、俺は生まれてこのかたクレーゲームで商品をゲットしたことがない。

 そして当然の如くぬいぐるみは取れない。俺にはクレーゲームの才能はなかった。


「駄目だ、俺には無理っぽい」俺はがっくりと項垂れた。

「もう少しで取れそうですよ! 私に一回やらせてください」


 姫宮は財布を持っていないようなので、百円玉を渡して場所を交換した。

 何度もぬいぐるみの位置を確認すると、姫宮は慎重にクレーンを操作する。

 そして一発でぬいぐるみをゲットしてしまった。


「やりました、先輩! 取れましたぁ! 見てください! 見てください!」


 わーいわーいと宝くじで一等でも当たったかの如く喜んでいる。


「良かったな姫宮。こういう時に能力があると便利だよな」


 姫宮の透視能力を使えば、見づらいぬいぐるみやクレーンの位置を正確に捉えられるのでとても役に立つ。


「能力? なんのことです?」姫宮はぬいぐるみを抱きしめたまま首を傾げた。

「だから、透視能力だよ? いまさら何惚けてるんだ?」

「透視能力? 先輩何言ってるんですか? 私にそんな能力あるわけないですよ、あはは。私にもし能力があるとしたら、たまに幽体離脱するぐらいですよ」

「……えっ? 幽体離脱?」


 なんだか姫宮と話がかみ合っていないようだ。

 頭でも打って、記憶が混乱でもしているのだろうか?


「寝てるとたまーに、ふわっと自分の体から抜け出して、魂だけで散歩が出来るんです。自由に空も飛べちゃうんですよ? すごでしょ先輩」

「え、ああ、そりゃすごいな」

「私、いっつもベットで寝てるから、こうやって外で遊ぶの楽しいです。先輩、あれなんです? あれやってみたいです! あれやりましょう」


 姫宮はレースゲームの方に走っていってしまった。

 俺は違和感を覚えつつも、姫宮の後を追った。

 その後、エアホッケーやらメダルゲームやらで遊んだ。

 姫宮は終始楽しそうにしていたので、ゲームセンターに連れてきたのは正解だったようだ。


「先輩、あれ買いませんか?」


 ゲームセンターを出たところで、姫宮が宝くじ売場を指さした。


「宝くじか。あんまり金ないから一枚だけな」

「はいっ」


 俺と姫宮は番号を選べるクジを一枚ずつ購入した。

 もし一等なら十万円ぐらいの当選額になる。

 姫宮は買ったクジをじーっと見つめた後、口を開く。

 

「先輩、あのっ! 先輩の買ったのと私の交換しませんか?」

「せっかく自分で番号を選んだのに良いのか?」

「はいっ! なんだか先輩の選んだ番号の方が当たる気がするんです。駄目ですか?」

「別に構わないぞ」

「じゃあ、交換です」俺と姫宮はお互いの宝くじを交換した。

「先輩、今日はすごく楽しかったです! ありがとうございました!」


 ぬいぐるみと宝くじを大事そうに抱きしめながら姫宮が御礼を言った。

 こんなに素直に御礼を言われるとなんだか照れくさい。


「そっか、そりゃ良かった。それじゃ暗くなってきたしそろそろ帰ろうぜ」

「楽しい日もこれでお終いです。……あの先輩、また私と遊んでくれますか?」


 姫宮はまるでもう二度と会えないと思うほど、寂しい顔で俺を見上げてきた。


「いつでも遊んでやるよ。どうせ嫌でも部活で毎日、顔を合わせるだろうしな」

「……そうですね。私も……」姫宮がぼそぼそと小さい声で呟いた。

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないです! それじゃ先輩、またいつか会いましょう!」


 そう言うと姫宮はパタパタと走り去っていってしまった。

 暗くなってきたから家まで送ってやろうと思っていたが、それは出来なかった。

 姫宮の別れ際の無理に明るく振る舞ったような態度が、俺の胸に不安を残した。

 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから走ってきた少年に肩を思い切りぶつけられた。

 俺はバランスを崩して、転びそうになった。

 ぶつかって来た少年は派手に転んでいた。


「おい、大丈夫か?」


 俺は転んだ少年に声を掛けた。

 しかし、少年は俺の方を振り向きもしないでそのまま走って行ってしまった。

 誰かに追われているのかと思い、少年が走ってきた方向に視線を向けるが、少年を追いかけてくる人影は見あたらなかった。


「なんだよまったく。ああ、肩が痛てー」


 と、肩をさすっていると歩道橋の上に神崎の姿を見つけた。


「あいつ、彼女とデートか……」


 神崎の腕に女性が抱きついて、二人は仲良さそうに歩いていた。

 俺も彼女欲しいなーと、見上げた空に一番星を見つける。

 俺は星にお願いをしながら家に帰った。


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