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10/1スケール勇者  作者: 分子
小人の世界パリトット編
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1/20

鼻水と責任をなすりつけあう女王と魔導士

女王アメリアは城のテラスから街を見下ろし、眼下に広がる光景に絶望した。


人間の国、パリトットの王都デリベスは、魔王配下四魔将の一人、魔獣将デスベロス率いる魔獣軍による侵略を受けていた。

魔獣によって道は落ち、家は焼かれ、作物は荒らされ、川は汚染され、財宝は奪われ、男は殺され、女は犯され、子供は食われた。

それはまるで地獄絵図のようだった。

無残に殺され、壊されゆく己が民と国を見て、女王アメリアは恐怖に駆られ、走った。

宮廷魔導士ソニアの元へ。


「ソニア!ソニアよ!!どこにおるのじゃ?!」

ソニアを捜して走る女王アメリアの眼前の床に、魔法陣が現れる。

その中からゆっくりとローブを羽織った女が現れた。

「こちらでございます。アメリア女王陛下。」

この国の宰相を務める宮廷魔導士ソニアである。

「勇者は、異世界の勇者の召喚はまだなのか?!!魔獣どもはもうそこまで来ておるぞ!!」

アメリアはソニアの姿を認めると、肩を掴み、大きく揺さぶって問うた。

ソニアの身体が前後にガクガク揺れる。

「「申し訳ございません。まだ何の反応も…」」

「そんな…このままではもう……」

フラフラと倒れこむ女王をソニアが支えた。

「もう駄目じゃ…おしまいじゃあ……。うう、妾がお主の戯言に乗せられたばかりに…亡き父上よりいただいたこの国を滅ぼしてしまう…」

女王アメリアは後悔と自責の念にかられ、泣きだした。



女王アメリアはまだ13歳の少女である。

先王の死後、宮廷魔導士ソニアによって、若くして傀儡として担ぎ上げられた。


父である先王は魔族との争いを避け、服従する方針の政治を行っていた。

毎年毎年魔王に数多くの貢物を送り、魔王の世界征服の協力をする事で、かろうじて生存と独立を認めてもらっていたのだ。

しかしそれはもはや魔族の属国も同然の扱いで、その事実はアメリアの幼いプライドを傷つけた。

特に豚ともコウモリとも魚とも言えぬ醜い容姿の魔族の王子の許嫁にされた時などは三日ほど泣き通した。

そんなアメリアにとって、脱魔族を掲げるソニアの言葉は非常に耳に心地良かったのだ。

先王が死に、王位継承してから少しの間は大臣達の忠告に従っていたが、ソニアが宰相の座についてからは急速に脱魔族主義に染まっていった。


召喚魔法によって異世界より勇者を召喚する。

その勇者の力で魔族軍と戦い、魔族の支配より真の独立を勝ち取る。

それがソニアの提唱した脱魔族戦略であった。

召喚できるかどうかすらも判らない異世界の勇者頼みの、計画性も作戦も何もあったものではない、穴だらけの酷い戦略であった。

だがアメリアにはそれを却下できるだけの知恵も人生経験も無く、そして夢のような話に全てを賭けてしまうほど若かった。

大臣や貴族達は猛反発したが、ソニアによって反対意見は粛清され、女王アメリアはソニアの促すがままに、この計画にゴーサインを出した。


そしてその日の内に勇者召喚の儀式が行われたが、待てど暮らせど一向に勇者が現れる気配はない。

しかもソニアによって粛清された大臣や貴族達が魔族側に寝返り、女王アメリアが異世界から勇者を召喚し、魔族に対して反旗を翻そうとしているとチクったせいで、魔族軍まで攻め入ってきた。

魔族と戦争になるや否や、残っていた貴族や大臣や将軍達さえも、国と女王を捨て、次々と魔族側に投降してしまった。

今城内に残されているのは女王アメリアと血縁の近い王族とその直属の使用人や騎士達や兵のみである。

元々魔族軍とパリトットの間では圧倒的な戦力差があったというのに、そんな状態ではとても魔族の猛攻に持ちこたえられるわけがない。

陥落は時間の問題であった。



「うぅ…大臣や貴族達の言っていた事が正しかったのじゃ…魔族に逆らうべきではなかったのじゃああ…」

アメリアはソニアのローブを掴むと、ずびびと鼻をかんだ。

「そんな事はありません。アメリア陛下は正しく、そして勇気あるご決断をなされたのです。貴族や大臣どもはヘタレでチキンな臆病者です。彼らこそこの国と陛下を裏切ったのです。」

ソニアはローブについた鼻水を、アメリアのドレスにゴシゴシとなすりつけながら彼女を諭した。

「いやいや、今にして思えば彼らの判断こそ正しかったのじゃ。こんな計画性の欠片もない、アホな魔導士の傀儡にされた女王の国など、見捨てて当然じゃ……」

アメリアはドレスになすりつけ返された鼻水を、再びソニアのローブになすりつけ直す。

「むむ。誰がアホですか。そもそも私はあくまで提案しただけです。決定権は女王陛下にあったのですから、陛下がもっとしっかり検討していれば…」

ソニアは再び鼻水をアメリアへとなすりつけ返す。

幼き女王とアホ魔導士は互いに鼻水と責任をなすりつけあっていた。


「ここにおられましたか!アメリア女王陛下!!城門が突破されました!!急いでお逃げください!!」

暗愚二人の汚い争いは女王親衛隊長の女騎士ロサナによって中断された。

鼻水はロサナのマントになすりつけられた。


ロサナは女王アメリアの母方の遠縁の親戚の娘にあたる。

騎士としてはそこそこ程度の実力だが、血筋と、アメリアの仲の良い幼馴染だったこともあり、17歳という若さにも関わらず、コネで親衛隊の隊長に抜擢された。

それでも騎士としての忠誠心だけは人一倍強く、多くの騎士や将軍達がさっさと魔族軍に寝返る中、彼女は断固としてアメリアに忠義を尽くしていた。

今もこうして、多数の兵が逃げ出した城内を必死に守っている。


ロサナに連れられて女王アメリアとソニアは城外へと通じる隠し通路に急ぐ。

だが、そこに魔族軍のオークが立ち塞がった。

オークは豚と人間の間の子のような容姿をした、ガチムチ体型の醜悪な獣人である。

右手には棍棒、左手には動物の革をなめして作られた盾を装備している。

「くっ…もうこんな所にまで魔物が…」

ロサナは剣を抜き、二人を守るように身構える。

「ここは私が食い止めます!その隙に陛下とソニア様はお逃げください!!」

「わかった。後は頼むぞ!」

「でやああああ!!」

ロサナは声をあげ、オークに斬りかかる。

が、しょせんコネで親衛隊の隊長になった騎士である。

渾身の一撃を盾で防がれると、そのまま盾で殴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「今のうちじゃ!!」

アメリアとソニアは脇目もふらずに秘密の通路へ入っていった。

「良かった…これで陛下は…」

軽い脳震盪をおこしながらも、無事アメリアを逃がす事ができたと安堵するロサナ。

そこへオークがぐへへ、といやらしい笑みを浮かべて近づいて来る。

ロサナは誰よりも騎士らしくキリッとした表情を向け、オークを睨みつけて立ち上がった。

「私は女王アメリア様を守ると誓った騎士だ!絶対オークなんかに負けたりしない!!!」



「んっほぉおおおおおお!!!」

ロサナの絶叫が響き渡る。

「ロサナ…すまぬ…。お主の犠牲は無駄にはせぬぞ…。」

隠し通路を通りながら、アメリアは幼い頃から自分に仕えてくれた少女との別れに涙する。

「大丈夫です、陛下。ロサナはきっと無事です。いつか必ず、両手でピースをしながら笑顔で再会できる日が来ますとも。」

「そうじゃな…生きてさえいれば、いつか…」

だがその希望を断ち切るかのように、秘密通路の城外側の方から2匹のオークが現れた。

「ば…馬鹿な…!この通路は王族と一部の者しか知らぬはず…!!」

「はっ…!!そういえば、私が粛清した親魔族派の貴族の中に、アメリア様の叔母君の愛人殿がおられたような…」

アメリアとソニアは顔を見合わせる。

どうやらそこから情報が漏れたようだ。

一目散に来た道を引き返した。


隠し通路の入口まで戻ると、ロサナが惚けた顔で倒れていた。

アメリアはロサナを抱き起こし、身体を揺さぶる。

「しっかりしろ、ロサナ!隠し通路は使えぬ!!どこか他のところから外へ…!!」

だがロサナは上の空で、

「やっぱりオークには勝てなかったよ…」

とだけ言い残すとガクリと意識を失った。

「ロ…ロサナ……ロサナぁああ!!!!」

アメリアの脳裏にロサナとの楽しかった日々が走馬灯のように蘇る。

4歳年上のロサナは、アメリアにとって姉のような存在だった。

ロサナは勉強はもちろん、色んな楽しい遊びも教えてくれた。

馬に乗られる女騎士ごっこ、オークと女騎士ごっこ、触手に囚われた女騎士ごっこ、盗賊に捕まった女騎士ごっこ…

女騎士役はいつもロサナだった。

それほどまでに騎士に憧れていた気高い少女だったのに…


アメリアが走馬灯に浸っていると、先ほどロサナを倒したオークが再び彼女らの眼前に現れた。

「ひぃっ!!オークが…」

「くっ…!ソニアよ、魔法で何とかならぬか?!」

「む、無理です…。私、魔法は人の心を操ったりとか裏方専門で、戦闘用の魔法はからっきしで…」

「ああ…なんでこんなの信頼しとったんじゃろ」

ソニアは急いで逃げようとするが、秘密通路を通って来たオーク達がその行く手を阻む。

完全に囲まれてしまった。

「…ここまでか…」

アメリアは観念した。

全てはソニアという宮廷魔導士の甘言に踊らされた自らの招いた事だ。これはその報いである。

例えあの気持ち悪い魔族の王子の妻となろうと、この国と民の平和の為に耐え忍ぶべきだったのだ。

民の幸せより、自分自身の尊厳と自由を重んじた結果がコレだ。

「責任は全て妾にある。妾には何をしても構わぬ。いかな辱めも受けよう。だが、どうか民だけは見逃してくれ…。彼らは妾の身勝手に付き合わされただけなのじゃ。」

王としての命運が尽きるその刹那、アメリアはようやく女王の精神性を手に入れた。


一方でソニアは往生際が悪かった。

こんなハズではなかったのに。

魔法で王宮の人々に取り入り、宰相としてあの小娘を担ぎ上げ、国家権力で異世界より勇者を召喚する儀式を行い、勇者の力で魔族を蹴散らし、ゆくゆくは世界を手に入れる算段だったのに…

何故こうなった?

異世界とは間違いなく空間を繋げたハズだ。

勇者となる者を誘い出す為の文面も送ってある。

意図そのものが相手に伝わる特殊な魔法文字を使っているから、異世界だから言葉が通じないなんて事は無いハズだ。

なのに、何故勇者は現れないのだ。何故…

「こうなれば…」

アメリアを見捨てて自分だけでも逃げようと考えたソニアは転移魔法を唱える。

足元に魔法陣が浮き上がる。

「ああ!こら貴様、自分だけ逃げるつもりか!!」

「違います!これは戦略的撤退です!!勇者様を無事召喚できた暁には、必ず救出に来ます!!」

ソニアの体が転移魔法の魔法陣の中に沈んでゆく。

だが、オークに片腕をひっ掴まれ、無理やり引き上げられてしまう。

これで逃走すらできなくなってしまった。

「くっ!この、離せ!私はまだこんなところで終わるわけには…!!」

ソニアが力いっぱい暴れるが、オークはビクともしない。

ソニアは天に祈った。

(お願いです、勇者様!この声が聞こえていたら私を助けてください!!何でも言う事を聞きます!!だからどうか!!!)


その時、物凄い轟音と共に目の前の天井が崩れ去り、何か巨大な柱が落ちてきた。

ソニアの腕を掴んでいたオークはその巨大な柱によってぐしゃっと潰された。

あっけに取られるソニアとアメリアとオーク達。


崩れた天井から日の光が差し込む。

ソニアとアメリアはそこから天を見上げる。

落ちてきたのは柱ではなかった。

人の足であった。

そこには身の丈10倍はあろうかという巨大な勇者が不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。

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