ダンジョンの異変と運命を変えられた冒険者
死に損ないの彼がダンジョンに与えた異変は、多くの人に影響を与えた。
認定冒険者・トグリ・グレイシアスもそのひとりだ。
トグリは死ぬつもりだった。パーティメンバーを見殺しにした罪を償うためだった。
そのパーティメンバーはかけがえのないものだった。10歳にも満たない頃に村が燃え、居場所を失っていた時に拾ってくれたパーティメンバー達。トグリは彼らの死を自分のせいだと思っていた。
トグリには死を感じ取る力があった。そして、それに対処できるだけのスキルも持ってしまっていた。
いくら頭で死にたいと思っていても、死を感じ取った途端に体は勝手に動いてしまう。
だからトグリは、Sランクダンジョンにやってきた。そこにはたくさんの死にポイントがあると聞いていたからだ。
第5階層までたどりつけたパーティは数えられるほど。しかもダンジョンは、その先も続いている。きっとそこには、1人では対処できないほどの強大な死もあるはずだとトグリは考えた。
(Sランクダンジョンなら、生き残ってしまった俺を殺してくれるはずだ)
しかも幸運なことに、第5階層では9階層で出るはずのボスがいるという噂があった。死にたいトグリにとっては大チャンスだ。
(何を喜んでいるんだ俺は……)
死にたいだけなら、無理して5階層まで行く必要なんてない。早く死ねるならそれでいい。
ここはSランクダンジョン。危険なのは第5階層だけではない。
第2階層には巨大な湖があり、その中央にはリヴァイアサンと呼ばれる危険な魔獣がいる。
(まずはこいつで確かめてみよう。 このダンジョンにある死がどの程度のものなのか)
そのはずだったのに、トグリを待っていたのはとんでもない光景だった。
「湖どころか水がねえぞ……」
目の前にあるのは、明らかに液体があった跡のある巨大なくぼみ。だがそこには、水を失った魚が跳ねているだけ。
トグリの嗅覚は、死のにおいを微塵も感じ取れない。
深いくぼみをトグリはに下まで降りてみる。だがやはり、死のにおいはしなかった。
そのまま進んでいくと魚型の魔獣が飛び跳ねていた。巨大な体にタコよのうな触手が生えている魔獣。
まともに戦ったら危険なはずだが、水のない地面の上では身動きを取れずにいる。
「ほんとに何があったんだ?」
トグリはわけの分からないまま進んでいった。
第4階層はジャングルだった。だが植物の一部が死んだように地面に落ち、道ができている。その周囲には、魔獣の死骸もある。
なら本命は第5階層だ。ここはマグマがあるはずだった。飛び込みでもすれば、簡単に死ねるだろう。
だが、そのマグマですら干上がって跡形もない。第2階層と同じように液体の流れた跡があるだけで、マグマのあったはずの場所を進んでいくと、あっさりすぎるほどにボス部屋にたどり着いてしまった。
5階層に出るという噂の9階層のボスはドラゴンだ。体は硬い鱗で覆われて簡単に攻撃は通らない。空を飛んで炎を吐いてくる。どう考えてもひとりで戦うべき相手ではない。
「死ぬには最高の相手だな」
扉を開き、中に入ると巨大な甲羅が目に入った。
「こいつがドラゴンか?」
だが羽はない。とても空を飛ぶとは思えない。トグリがそう思っていた時だった。
甲羅の隙間から炎が噴射され、回転しながら突っ込んできた。食らったら即死の5本のマグマのビーム。トグリはそれを、あっさりと避けてしまった。そして甲羅の上に乗ると持っていたナイフを突き刺した。
甲羅は硬かった。だが彼の持っていたナイフは、どんな硬いものも突き刺す宝具。それは、ボス相手にも有効だった。
ナイフは確実に刺さった。だが、致命傷を与えるには至らなかった。甲羅は回転したまま壁を登り、俺は甲羅の上から振り落とされた。
「こりゃ、絶対絶命だな」
地面の一部は放たれたマグマで赤く染まり、触れたら致命傷を負うだろう。壁の一部も同じだ。
そして残された攻撃手段は、持っている弓矢のみ。果たして、硬い甲羅に対してどれぐらい通用するのだろうか。
「戦って死ぬなら本望だ」
死のにおいがして、トグリは飛び跳ねた。さっきまでいた場所には甲羅が突っ込んできていて、地面がえぐられていた。一瞬でも動くのが遅かったら、きっと粉々になっていただろう。
トグリは戦いながら気がついた。マグマの噴射には規則性がある。多分チャージタイムが必要なのだろう。だからそのタイミングを狙って攻撃を仕掛けた。
「矢よ。 かの者に氷の癒やしを与えよ。 アイスングブロー!!」
氷属性を付与した矢を、マグマの噴射口に向かって放った。
狙い通りだった。マグマに邪魔されることなく、矢は甲羅の隙間に突き刺さる。
「ウガァアアアアアア」
甲羅の中から悲鳴が聞こえ、中に隠れていた本体が姿を現した。そいつは――ドラゴンではなかった。どっからどう見ても亀だ。
「そりゃ、ドラゴンなわけないよな……」
確かに炎のようにマグマを吐いてはいたが、空からではない。それに見ていている体は、甲羅に比べれば柔らかそうだ。
「なんだよ、拍子抜けじゃねえか」
トグリはひどく落胆していることに自分でも分かった。何もかもがどうでもよくなった。
「死ね!」
そして気づけば、目の前の相手に倒していた。
「帰るか……」
それ以上先に進もうという気にはならなかった。6階層には進まず、5階層に戻ると豚の魔獣が襲ってきた。
「うぜえよ!」
トグリはその豚を生け捕りにして、そのままギルドに戻った。
ベテランぽい受付嬢に起こったことを話した。
「なるほど、ダンジョン内はそうなっているんだね。報告ありがとう」
正直、かなり突拍子のないことを言っている自覚はあった。だが一切疑われることなくて、トグリは拍子抜けしてしまった。
「あの……ダンジョンにはなにかあったのでしょうか?」
「なにかあったといいうか、ダンジョンがなにかされたというか」
受付嬢の言葉は要領を得なかった。だからトグリは、ギルドにいた冒険者から話を聞いた。
だが、知りたいことは何も分からなかった。
分かったことと言えば、試験に合格したばかりの認定冒険者がダンジョンに行き、戻ってきたらこうなっていたということだけ。
状況は分かっても、ますます意味が分からなくなるだけだった。
それから数日後、ダンジョンの階層と階層をつなぐ扉が開かなくなった。これは他のダンジョンでも見られる現象で、クールタイムと呼ばれている。しばらくすると再び扉が開くようになり、ダンジョン内は元に戻っている。
トグリはダンジョンの本来の姿を見るために、街にしばらく滞在した。
「トグリ、ちょっといいかい?」
ギルドにいるとベテラン受付嬢に呼ばれた。
「あんたの持ってきた豚の魔獣だけどね、手術で使われることになったよ」
「手術ですか?」
「ああ、ありがとうと伝言を預かっているから伝えておくよ」
「はあ……?」
ありがとうとか言われても全く実感がなかった。
トグリが魔獣を生け捕りにしたのは、死ねなかった腹いせだったからだ。自分が死ねないのに魔獣は簡単に死ぬのはズルいと思っただけだ。
「まあせめて、生きたいと思う相手のところにいってくれよな。 死にたがって死ねないのはつらいからな」
それはトグリ自身のことだった。途中から自暴自棄だったとは言え、無傷でダンジョンから戻ってきてしまうとは。
(どうせ自暴自棄なら、もっと先の階層に行って死ねばいいものを、なんでわざわざ戻ってきてしまうんだろうな俺は……)
ギルドにひとりでいるトグリに冒険者が話しかけてくる。
「お、ロストゼロがいるぞ」
「ほんとだ。 おーい、トグリー」
トグリはあの日から、ギルドで依頼をこなした。成り行きではあったが、パーティを組むこともあった。
「どうも」
「今日はなんか予定あるのか?」
「いえ特には」
「だったらよ、今日も手伝ってくれよ」
「まあ、いいですよ」
パーティを組めば、全員無事に帰ってこられる。そんな敬意を込めて、トグリはロストゼロと呼ばれるようになった。
(パーティメンバーを犠牲にして生き残ったってのに、なんとも皮肉な呼ばれ方だな……)
トグリは自嘲気味になりながら、今日も依頼に同行した。
行き先はダンジョン近くの森。その森に出る魔獣は、ダンジョンから流れ出す魔力の影響を受けてほかよりも少し強い。
(まあ、でもなんとかなるだろう。 だってこれまでもなんとかなってきたから)
そう油断していたのがいけなかった。
「くそ、なんて数だ!」
トグリ達は、魔獣の群れに囲まれていた。
「グランドゴブリンがこんなにいるなんて聞いてねえぞ!」
グランドゴブリン――知能が高く、子供や年寄り・武器を持たない相手など弱点を見極めて襲ってくる魔獣だ。
「クエストには書いてなかったんですかっ?」
「書いてあったさ。 けどよ、こんなにいるなんて思わねえじゃねえか!」
何をふざけたことを言っているんだ。書いてあったなら完全に自己責任だ。トグリはそう思ったが口には出せない。
だってトグリが言ったところで、それも他責になるからだ。結局は、しっかり確認せずに着いてきたトグリにも問題があった。
(俺が死ぬのは別にいい。 元々死にたいと思っていたんだ)
だが、パーティメンバーがいるとなると話が変わってくる。
(俺が死なせていいのは俺だけ。 他のメンバーは生きて帰らせなくてはいけない)
それは、かつてパーティメンバーを見殺しにしてしまった後悔から来る行動だった。
「俺が囮になります。 その間に逃げてください!」
ナイフをに取ると、ゴブリンの群れに飛び込んだ。
トグリは死のにおいを感じた。いつもよりも強く、はっきりと。そのせいだろうか。体もいつもよりキレがあった。ギリギリのところで攻撃を避け、そのまま群れの間を突っ切った。
するとゴブリンたちは、ひとりしかいないトグリを追いかけてきた。
狙い通りだった。弱い相手を襲う知能があるなら、数が少ない方に来るに決まっている。しかもトグリのメイン武器は弓矢だ。持っているナイフは宝器とは言え、長さはない。敵目線なら、絶好の獲物だ。
「いいねえ。 いいじゃねえか」
背中からビンビン感じる。強い死のにおいを。このまま走り続ければ高い崖にたどりつくはずだ。トグリはその崖を登ることはできない。逃げ場を失った獲物がそこには生まれる。
いつもよりはっきり感じる。心臓がバグバク言う音が。
(やばい、やばすぎる)
トグリは興奮していた。この先にある、約束された死に。
予定通り、立ちふさがる崖にたどり着いた。全身からは汗が流れ落ち、いつもより体全体が冷えて感じた。
「なんだこれ……」
そう思って下を向いて気がついた。震えているのだ。足が震え、膝がガタガタ言っている。そして気がついた。心臓がうるさい原因に。
「――恐怖しているのか?」
トグリがそう思った瞬間だった。感じていた死のにおいがすべて消えた。
「あーそうか、俺は死ぬのか」
痛いのだろうか。それとも熱いのだろうか。それとももっと違う感覚なのだろうか。
直接確かめるのが怖くて、目を閉じてその時を待った。
だが、いくら待っても何も感じない。
それだけじゃない。さっきまで聞こえていたゴブリンの声すらも消えた。
自分が恐怖していたことを実感しながら、トグリは恐る恐る目を開けた。そこに立っていたのは、金髪の男。体格は普通で、とても魔獣と戦えるようには見えない。その手には杖もなく、魔術師でもなさそうだ。
「どうなったんだ?」
恐る恐るで進み、男の前に広がる光景を確認する。そこにあったのは、さっきまで動いていたはずのゴブリンの姿。目立った外傷は見られない。だがなぜか地面に寝転がり、ピクリとも動かない。
「あなたがやったんですか?」
聞きながら目に入ってきたのは、無表情のままで目の前の光景を見つめる男だった。
「俺はなにもしていない」
それは嘘だとトグリは思った。だって状況からするに、男がなにかしていなかったらおかしい。どんなスキルを使ったのかまでは分からないが、少なくともゴブリンは全滅している。それは、死のにおいを全く感じないことから確信できる。
「トグリ、無事かーーー」
遠くから声がして、木々の間からパーティメンバーが姿を現した。慌てて追ってきたようで、全身に小枝や葉っぱをくっつけている。
「よかった生きてて……って、うげ、キダチじゃねえか」
「キダチ? あなたがあのキダチさんなんですか?」
トグリは死ぬためにSランクダンジョンに行った。そこで待っていたのは、湖もマグマも干上がったありえない光景。その光景を作り出したのが、キダチだと言われていた。
もしそうだとしたら、今の目の前の状況にも説明がつく。音もなく、死のにおいが消えたのも納得ができた。
(だとしたら俺は……)
気づけばトグリは口にしていた。
「キダチさん、俺をあなたのクランに入れてください!」
「おい、トグリ!? 正気か!?」
クエストに誘ってきた冒険者が声をあげた。だが関係なかった。だって彼らは、今回たまたま一緒にいただけの相手で、正式なパーティメンバーではない。
「俺と一緒にいることはおすすめしないぞ」
答えたのはキダチだった。
「お願いします!」
だが、トグリは即答した。知りたかったのだ。Sランクダンジョンで何が起きたのか。そうすればきっと、あの日死ねなかった理由が分かるから。
「――好きにしろ」
こうしてトグリは、死に損ないの男のいるクランに入った。
トグリの実力は本物だった。もしこの時、別のクランに入っていたとしたら、有名な冒険者になっていただろう。
だが、この世界はそうはならなかった。それでも結果的に……いやもしかしたら必然だったのかもしれない。
この時のトグリの選択が多くの人を救う未来を作り出した。
死に損ないの男・キダチがダンジョンに行ったことで、トグリの未来も変わったのだった。




