死に損ないとダンジョン
あの日、彼は冒険者認定試験を受けた。
冒険者には2種類いる。ダンジョンに入る権利がある冒険者かない冒険者か。
ダンジョンは危険な場所で、立ち入りが制限されていて、認定試験に合格した冒険者しか入ることができない。
この認定試験に合格した冒険者は認定冒険者と呼ばれ、冒険者の中でも特別な立場になる。
そしてこの日は認定試験で、10人以上の冒険者が集まっていた。
「それではこれより、冒険者認定試験を始める」
試験を担当するのも認定冒険者だ。試験官に連れられて、受験者たちはダンジョンの第1階層に入った。
試験のスタートは第1階層の中間地点。ここから2階層にたどり着くことができれば合格だ。
「よっしゃ、任せとけ!」
中間地点にたどりつくと、ひとりの受験者が声を上げ、先頭を進んでいく。
第1階層は洞窟になっていて、道が細かく分岐している。そして曲がった先には、魔獣が待ち受けている。
「うわーーーー」
どこかから悲鳴が聞こえた。それは先頭を歩いていた受験者ではなかった。
真ん中あたりを歩いていた受験者だったが、すでにその姿はなかった。
「何が起きたんだ?」
受験者たちは顔を見合わせた。それでも彼らは進むしかない。
試験官はすでに立ち去り、助けてくれる相手はいない。自分たちの力でどうにかするしかないのだ。
だがダンジョンは無情だ。ひとり、またひとりと死んでいく。
「バカな……たかが第1階層でこんなに死ぬなんて……」
このダンジョンはただのダンジョンではない。クリアしたパーティがひとつしかないSランクダンジョンだ。
9階層まであり、5階層に到達した冒険者ですら数えられるほど。一番危険の少ない第1階層であっても、このダンジョンしては危険が少ないという程度で、低ランクダンジョンの深い階層と比べて危険は大きい。
「俺は……死にたくないっ! うわーーー」
ひとりの受験者が声をあげながら走り出した、数秒後には声が聞こえなくなった。死んだのだ。
誰かが死ぬたびに、受験者の表情は曇っていく――たったひとりの男を除いては。
その男は、誰かが死ぬのを冷静に見ていた。当然だ。彼が試験を受けた目的は合格することではない――死ぬことだ。
目の前で死んでいくのを見て、なぜ自分じゃないのかと羨ましく思っていた。
試験中、彼が死ねる機会はこれまでもあった。その証拠に、彼の進んできた道には魔獣の死体が転がっている。
ただ彼は――死ねなかったのだ。ある時は魔獣同士がぶつかり、ある時は発動したトラップで魔獣が死に、彼の死ぬ機会は奪われた。
そうしているうちに、生き残りは彼ひとりになった。
そんな彼に、決定的なチャンスが訪れた。目の前から魔獣の群れがやってきたのだ。
彼には冒険者としての才はない。ダンジョンを攻略するための準備もない。
さっきまでは他の受験者が持っていたランプで明るかった洞窟も今は薄暗く、見通しは全く効かない。
「ようやく俺の番か」
彼は目を閉じるとその時を待った。死ぬその瞬間を。
だがどれだけ待っても痛みはやってこない。もしかしたら痛みもなく死ねたのだろうか。
そんな期待を持って目を開くと、足元には木の棒が転がっていた。
死んだのだ――魔獣の方が。
彼は動かなくなったそいつを無視して進んでいく。
「なんでだよ……」
進めば進むほど、彼は絶望する。死ぬのは無防備な彼ではなく、魔獣の方なのだ。
何かが襲ってきては、その何かは消滅していく。彼は何もしていない。ただ進んでいるだけだ。
それなのに、生きるために襲ってきたそいつらではなく、死ぬために進んでいる彼の方だった。
「理不尽すぎるだろ」
生き残る側の彼はそう呟いた。
試験前、彼は他の受験者たちに笑われた。剣やナイフといった武器をもたない彼は、ダンジョンの怖さを知らない世間知らずと思われていた。
だって受験者たちは、本気で冒険者になろうとしていたから。試験開始ギリギリまで書物を読んで情報収集をしたり、武器の整備をしていた。
だが彼も他の受験者と同じように真剣だった。真剣に死のうとしていた。
だから武器を持たなかったし、防具も普段着の服で、死ぬための本気装備だった。
それなのに、彼だけが生き残ってしまった。
気づけば階段があって、上がった先には自然が広がっていた。
「ここは本当にダンジョンなのか?」
「その通り。ここはダンジョンの第2階層。 冒険者認定試験に合格したものだけが見られる、まあなんだ、ごほうびみたいなものだ」
階段の先で待っていたのは、ギルドの職員だった。
第2階層に広がるのは、ダンジョンにいることを忘れるほどの幻想的な景色。
見たことのないぐらいに大きくて、透き通った湖。肌を包み込む爽やかな風。雲一つない青空。
その感覚のすべてが、認定試験の合格者を祝福する。
だが、死ぬためにダンジョンに来た彼にとっては、最悪の結果だった。
「おめでとうと言いたいところだが、そういう感じではなさそうだな」
「この先に行けば、俺は死ねるんですか?」
「あー、そういう系ね……はいはい。 とりあえず今回は、この帰還ポータルでギルドに戻ってくれ。 そういう決まりになっている。 この先に進むのはそれからだ」
ギルド職員は彼の返事を待たずに準備を始める。
「決まりなら仕方ないか……」
彼が案内されたのは、二本の石の柱で作られたポータルだ。足元には魔法陣が書かれていて、ダンジョンの外につながっている。
ポータルの先で待っていたのは受付嬢だった。受付嬢は祝福するつもりでいるのだが、あまり嬉しそうでない彼を見ると困ったように言った。
「お、おめでとうございます」
「どうも」
とても残念なことに、死ぬために認定試験を受けた彼は生き残り、試験にも合格してしまったのだ。
だがこれで終わりではなかった。ダンジョンにはまだ先がある。
「もっと先の階層なら、俺を殺してくれるはずだ」
しかもタイミングのいいことに、ダンジョンの5階層に9階層のボスが現れたという噂もあった。
彼は死ぬことに全力だった。第2階層では、目の前にある湖をまっすぐ進んだ。泳いで渡ろうなんてつもりはまったくない。やっていることは入水自殺。しかも湖には魔獣がいる。水の中に入れば、襲われるのは必然だった。
だが奇妙なことが起こった。彼が湖に入ろうとした瞬間、表面がぶくぶくと泡で覆われた。そして水面の高さはみるみる下がっていく。それはほんの5分ほどのできごとだった。
第2階層中央にある湖が干上がってしまった。
「おいおい嘘だろ……」
驚いた声をあげたのは、試験の時に話しかけてきたギルド職員だった。
第3階層は、崖がたくさんあった。だから彼は飛び降りた。
落下して地面に落ちて死ぬはずだった。だが――謎の強風が突然起こった。彼は飛ばされ、反対の崖にたどり着いてしまった。
第4階層は、高い木がたくさん生えていた。人間すら引っかかるほどの巨大な蜘蛛の巣があったが、突然起こった火事で蜘蛛ごと燃えてしまった。
第5階層にはマグマが流れていた。
「飛び込んだからさぞ気持ちよく死ねるだろうな」
彼が飛びこもうとした瞬間、地震が起きた。すると目の前の川は勢いよく流れ出し、赤い液体はすべてなくなってしまった。
「どうして俺は死ねないんだ」
第5階層にボスにたどり着けたのはごく僅か。行く手を阻むマグマと高温によって体力を奪われる。襲ってくるのは高温に適応した魔獣で、満足に動けない冒険者は簡単に殺される。
だが彼は、ボス部屋の前にたどり着いてしまった。
「ボスっていうんだから、期待していいんだよな?」
しかもタイミングのいいことに、今回5階層に待ち受けているのは9階層のボス。
「だったら強いはずだ。 いや、強くなくては困る――もしこいつが俺を殺せなかったら、このダンジョンは俺を殺せないということになってしまう」
死にたい彼にとって、それは絶望的な状況だった。
だがこのボスはしっかり強かった。今までの魔獣とはケタ違いの強さだった。
灼熱の炎に、少し羽ばたくだけで周囲のものを吹き飛ばす巨大な翼。体の表面を覆う硬い鱗。
そんな巨体の前に、彼はひとりで立った。武器も防具もない。かかしのように動かない彼に、攻撃は容赦なく襲ってきて、彼はただ――そのすべてを受け止めた。
肌を溶かすような熱さ、肌を傷つける石のつぶて。肌をきり裂けそうな鋭い爪。そのすべてを、あるがままに受け入れた。
それなのに――先に死んだのは攻撃していた魔獣の方だった。彼は何もしていない。ただそこに立っていただけだ。
ただ突っ立っていて、死ぬその瞬間を待っていた。だから絶望した。ボスが死んだその瞬間に。
「ダンジョンには失望だな」
多くの人が死ぬというダンジョンは、彼を死なせてくれなかった。彼にとってダンジョンは、期待だけさせておいて何も達成してくれない場所。口先だけはいいことを言って、中身は何も伴っていない詐欺師。
だから彼はそれ以降、ダンジョンに行くことを辞めた。ダンジョンに行ったのは2回だけ。冒険者認定試験と5階層のボスまで行ったこの2回だけだ。




