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稲垣達成の死生

「あぁ、今日も終電ギリギリかぁ」

 

オフィスを出たところで、目を向けたスマートウォッチは、23時34分を表示していた。


稲垣達成(たつなり)、26歳。大学を卒業し、今の会社に勤めて4年目。大企業に入社を目指し、就職活動を続けたが、全敗し、応募者が少なかった今の会社に何とか入社することができた。しかし、その会社は何を隠そうブラック企業である。 高校の時の同級生を見ると、大手商社で営業をしているもの、銀行で新規のプロジェクトにかかわり始めた者、会社を立ち上げ、徐々に軌道に乗り始めた者。様々であるが、達成は、そんな周りと自分との差に落ち込む日々が続いていた。

 

「俺も異世界転生して俺TUEEEをしてーよ」

 

現実社会でストレスを抱える達成の唯一の趣味が、ライトノベルを読むことである。出版されるもののほかにも、趣味で投稿しているものをはじめとして、様々な作者のライトノベルがネットで投稿されている。これまで、現世で何も残せず、何も成し遂げず。しまいには、(たつ)()らずといじられる始末。達成はそういった現実とは正反対の世界に没頭することで逃避をしていた。最近の傾向として、異世界転生ものの勢いがすごく、数々の作為品が出版、アニメ化が決定し、達成もこのジャンルを読み漁った。自分が見知らぬ土地で魔法を駆使して、周囲を圧倒し、ハーレムを謳歌するところを想像して、それだけの時間を悦に浸っただろうか。

 改札を通り、階段を上っていると、自分と同じようにスーツ姿の影がいくつかある中で、カップルが自分たちだけの時間を過ごしている様子を見ると寂しさがこみあげてきた。この歳で華のない人生を送っている自分に、明るい未来があるのだろうか。体力的にも、精神的にも今の会社では務められない、でも次はどこが拾ってくれるのだろうか。死ぬまでずっとこのまま一人なのだろうか。そんな考え事をしていると駅員の声が遠くで聞こえている気がした。

 

「ちょっと、兄ちゃん」

 

近くで誰かに直接何かを言われた気がして、ふと我に戻ったとき、達成は入り口に足をかけていた。黄色い線を越えた入り口に。一瞬止まり、これまでにないくらい過去の情景が頭の中を駆け巡る中で、足を戻しかけたが、達成は諦めた。この世界を。何をしても思い通りにならなったこの人生を。次の世界があるかなんかわからない。あったとしてもこの記憶はなくなるのだろう。それでも、達成は逃げたかった。見えない未来から。未来を切り開くことから。自分自身から。

 

体が傾いていくと同時に、まぶしい光が体を包んだ。確かに見える光は、それ以外の影を覆いかぶさった。普段全く気にならくなっていた電車のブレーキ音はいつもよりはっきり聞こえた。そして、その音はいつもより長く、ゆっくりに。とある交通事故で死地を経験した人がこういった。事故のその瞬間すべてがスローモーションに見えたと。それを聞いてもなんとも思わなかったが、あれはこういうことなのか。落ちていく中で、かすかに俺に止めてくれた人の顔が見えた。目を開き、手は確かに俺の方を向いていた。今までもいろいろなところに気が向いていたら、こうはならなかったのかな。先ほどから聞こえていた音は、それ以外の音をすべてかき消し、すでに真横まで来ていることは聞こえていた。




 ──────────あ、しんだ


 落ちていく暗闇の中で、達成が思った最後の言葉にできない言葉であった。

 


「んっ」

 

ふと意識が戻り達成は、薄ら薄ら目を開けた。白くまぶしい中徐々に視界が広がり、最初に認識できたのは、ただひたすらに白い空間であった。自分の知る限り、現実社会でそんな空間は存在せず、小説の中でよく出てくるイメージと合致し、それを認識した瞬間、自分はやはり死んだのだと理解した。あの世は存在するのか。存在したとして、自分であるとはっきりわかるのか。それは、世界中で議論されてきたが、正解を答えられる人などいなかった。そして今、死んだはずの自分に意識がある。不思議な感覚であり、本当に自分は死んだのだろうかと疑問にも思えてきたところで、それは現れた。

 

「心配せんでもお主は死んでおる。」


 後方から聞こえてきた声に反応し、自然に顔を向けた先にいたのは、杖を持った老人であった。白いひげを生やし、神も白色の長髪、白いローブをかぶった絵にかいたような「神」であった。


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