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注文してない料理がでてくるレストラン  作者: 牛熊


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2. ジャガイモのクリームチーズ和え

「プハーッ」


岡中瑞希(おかなか みずき)はグラスに注がれた黄金色のビールを2口で飲み干し、大きく息を吐いた。


つくづく思う。


やはり冷えたビールは良い。


特に仕事帰りの最初の1杯目はキンキンに冷えたビール以外考えられないし、それ以外の酒を飲むのは神に対する冒涜だろう。



賢しげに「本場だと常温で飲むんですよ」などという輩は、そのまま墓へと叩き込んで地獄の底で贖罪させねばならない。


他の酒を勘案してみても、日本酒だと爽快感が足りないし、ウォッカやウイスキーは流石に最初に飲むものではない。


妥協するならハイボール、カクテルにしてもジンフィズなどのソーダ系であることは譲れなかった。



「さて、何にしようかしら…」


岡中は今更になってようやくメニューを手にする。


Seven Wonders入店と同時に「ビール、ピルスナーのやつ」と言い放ち、カウンター席についておしぼりで手を拭いていたらビールが出てきたのだ。



差し出されたビールを前にメニューを眺めるなど許される行為ではない。


注文が後回しになるのもやむを得なかった。


席に案内されるよりも早く酒を注文するのは27歳の女としてどうなのかと思わないでもないが、人は追い詰められると世間体など気にしては居られないのである。



ところで、Seven Wondersにはビールサーバーがない。


瓶か缶のビールをグラスに注いで出してくる。


店の客層的に居酒屋のようにビールばかり頼む客は多くない上、様々な酒を用意するとビールの回転が悪くなるからだろう。


下手な店でビールを頼むと、鮮度が悪い上にサーバーの掃除をサボって不味いことが多い。


その点、この店ではそういった心配がないので、安心して頼めるところも気に入っている。



「すいません、IPAください」


手を上げてウェイトレスを呼ぶ。


頼んだのはまたしてもビールである。


言い訳をさせてもらうとすれば、今回頼んだのは先程飲み干したものとは違う。


あれはピルスナーと呼ばれる日本で最も普及している飲みやすい種類であり、今回頼んだIPAはホップを多く利用し、香りと苦味を強くしたのが特徴的な種類である。



ホップとは多年生のつる植物で、ビールでは主に雌花を使う。


ビール特有の香りと苦味はホップに由来する。


ビールに使われる以前はほとんど利用されてこなかったハーブらしく、まさにビールを祝福するために生まれてきたような存在である。


素晴らしい。


そんなホップを惜しげもなく使ったIPAは、まさにビールの神に捧げるに相応しい1杯だ。



「さて、何にしようかしら…」


先程と同じ言葉を吐きながら、今回こそは真面目に食べ物のメニューに目を通す。


常連客なのでこれまで様々な料理を食べてきたが、この店は料理の入れ替えが激しいため、新鮮な気持ちでメニューを眺められるのは密かな楽しみだった。



セットメニューには肉も魚も野菜もあるが、今日は酒がメインなので少々重い。


まずは前菜2皿ほど頼んで、後は腹加減を見つつ判断しよう。


そう考えて前菜の欄に目を向けると注意を引くものがあった。



「生麩の煮物?……和風居酒屋でもそうそう見ない料理がなぜこんな店で?」


この店の内装は洋風なのでフレンチとかイタリアン中心かと思うが、実際は多国籍レストランである。


何度も通って慣れてきたが、たまに純和風の料理や聞いたことも無い国の料理が並ぶと面食らってしまう。


もう何度か通えば気にならなくなるのだろうか。



なお、この店は少し高めだが、味のコストパフォーマンスは非常に良い。


仕事の関係で高いレストランに行ったことは何度かあるが、飾り付けばかりに気を取られている印象が強く、味だけで見れば正直この店の方が満足できる。


そうこうしているうちにウェイトレスがビールを運んできた。



「どうぞ、IPAです。空いたグラスはお下げしますね」


「すいません、ついでに注文をお願いします。シュリンプアボカドカクテルと、フライドピクルスください」


「はい、シュリンプアボカドカクテルと、フライドピクルスですね。オーナー!フライドピクルスってまだありますか?」


ウェイトレスがキッチンに声をかけると、オーナーである寺田が片手を振りながら答えた。



「あるよ〜」


「では、少々お待ちください」


ウェイトレスが立ち去るのを眺めながらIPAを一口啜る。


苦い、実に苦い、だが美味い。


すっきりとしたビールも良いが、2杯目はパンチのあるビールを楽しむとバランスが良いとつくづく思う。



今頼んだシュリンプアボカドカクテルは酒のカクテルではない。


茹でた海老をカクテルグラスに引っ掛けて出したのが名前の由来だが、「食べにくいでしょ」という主張によりこの店では小鉢に入れて出す。


今日のソースは潰したアボカド、これがビールに合わないはずがない。



そして今日は幸運にもフライドピクルスがあった。


やはり神は私を見捨てていなかったようだ。


フライドピクルスとは文字通りピクルスに衣をつけて、揚げ焼きにした料理である。


「そのままかよ」と馬鹿にすることなかれ。


これが意外と癖になる美味しさなのだ。



程よい酸味と歯ごたえは1度食べ始めると後を引く。


日本で言えば紅生姜の天ぷらに近い。


これがビールに合わないはずがない。



しばらくして料理が運ばれてくる。


シュリンプアボカドカクテルはガラスの小鉢に盛り付けられ、鮮やかな緑色のソースの上に塩ゆでにされた小海老が並んでいる。


フライドピクルスは黒い平皿に盛られ、カットレモンが添えられている。



海老を一匹咥えてビールを一口、フライドピクルスを一かじりしてビールを一口。


「これが幸福というものか…」


思わず言葉が漏れた。


そして、気の緩みからか、心の奥底に閉じ込めておいた怒りもまた漏れ出してきた。



「今日はいつにも増して馬鹿の相手で疲れたわ...」


岡中は投資ファンドで働いている。


投資ファンドと一口にいっても種類は様々だが、一般的に株やら債券やらに金を投じて一儲けしようと企む会社のようなものである。



得することもあれば損することもある。


運用のパフォーマンスが悪ければ潰れることなど珍しくもない。


確かなことは1つ。


そこで働く人間の給料は良い。



ファンドマネージャーやアナリストであれば、成績や評価が良ければ若くして億単位の給料を貰うことができる。


大手上場企業の50代の社長よりも、20代半ばの若造の方が給料が高いとなれば、一攫千金に憧れる者が後を絶たないのも当然である。


とはいえ、岡中はそのような夢のある立場ではない。


バックオフィスと呼ばれる日々の損益を計算したり報告する部署、一般的な企業で言えば経理部に近い部署に勤めている。



そこまでの給料は期待できないが、代わりにクビになる可能性が低いのが最大の魅力である。


それでも給料は同年代よりも高いのだから、文句を言うべきではないと理解している。


どうせ自分には彼らのような仕事は務まらないのだから、不公平などと言うつもりもない。


ただ、それでも言いたいことがある。



「あの間抜け共ときたら!」


小声だが思わず声が漏れ、慌てて口を塞いだ。


しかし、口を塞いでも怒りはとめどなく溢れてくる。



ファンドマネージャーたちはバックオフィスの人間をただのコストセンターだと認識している事が多い。


その結果、バックオフィスが確認依頼を出しても無視されたり、期限が迫っているというのに平気で後回しにされたりする。


逆にバックオフィスの人間は、ファンドマネージャーたちを基本的なことすらできない子供だと見なして、更に関係が悪化するという悪循環が生まれている。



損益計算や運用の報告書を作成するに際しては、日々の売買や損益、取引に伴う手続きを円滑に処理する必要がある。


そして、それらの処理に必要なデータが間違っていることもある。


ファンドマネージャーや証券会社、資産を管理している会社の間で、認識している売買の量や価格が異なったりするわけだ。


だからこそバックオフィスの人間は何が正しいのかを、まるでパズルを解くように地道に1つずつ調べ上げなければならない。



岡中は今日も数字が合わない取引についてファンドマネージャーの1人に確認を依頼したが、「こんな株、買ったかな?」とかとぼけた顔で言い出したのだった。


寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ!


この間抜け共に対して、「スクワットしながら自分たちの仕事内容を大声で絶叫させてやろうか!?」と言い出しそうになった。



その後も話が噛み合わない。


結局、今日だけで3回殺してやろうかと思った。


この怒りを鎮めるためには6杯の酒が必要だ。



1度の殺意につき2杯の酒を飲んでもよい。


これは法で定められている労働者の権利だ。


既に2杯飲んだが、まだ2杯しか飲んでないとも言える。



ドリンクメニューを手に取り思案する。


何の酒を飲もうか。


注文した前菜はまだ残っている。


気分も盛り上がってきたことだし、アルコール度数も上げていってもよいだろう。


メニューを眺めていると、いつの間にかオーナーが目の前にスーっと寄ってきて、カウンター越しに話しかけてきた。



「『変わり種』があるんだけど、試してみないかい?」


顔は良いが相変わらずどことなく胡散臭い雰囲気を醸し出していた。


若い頃は世界を旅しながら料理人をしていたと聞いたが、失礼ながらなんのかんの上手くやってきたのだろうなという印象がある。


オーナーは客の注文状況を踏まえた上で料理を勧める。


声をかけてきたということは前菜とは違った料理なのだろう。



「今日は何の料理ですか?」


「それはですね~、ジャガイモのクリームチーズ和えです!」


そう言って出されたのは珍しい見た目をした料理だった。


中央が少し窪んだ平皿に、2つに割った小玉ジャガイモがいくつか盛り付けられているが、そのジャガイモは言葉通り白いクリームチーズに和えられていた。


ほうれん草の白和えを思い出す見た目だが、しっかりと焼き目のついたジャガイモにローズマリーが載っているし、どう見ても洋風の料理だ。



それにしても、注文する前から料理が出来上がっている店はここくらいだろう。


とはいえ注文ミスの料理を回してきたわけではなく、オーナーが勝手に料理を作って勝手に勧めてきただけだ。


この自由さは我が社のファンドマネージャーたちを思い出させるが、こちらの方は怒りが湧いてこないから日頃の行いというものの重要性が身にしみる。



「クリームチーズ?ジャガイモにですか?」


「普通ならチェダーチーズやラクレットチーズだよね~。でも、今回は違うんです」


「ジャガイモとチーズって言うと、大抵は上からチーズがかけられてますよね」


「そうだね~。でも、それだとつまらないよね?」



同意を求められても困る。


安心して食べられるというのも料理に必要ではないか?


揚げ焼きにされたジャガイモに白い塊がまとわりついてるわけで、なんとなくカビまみれのチーズを思い起こさせる。


若干不安を感じるのも致し方ないだろう。



それにしてもジャガイモか...。


メイン料理をまだ頼んでいないからボリューム的にはちょうどいい。


そのあたりを勘案して料理を勧めてきたのだろうが、ちょっと二の足を踏む見た目をしている。


だが、この店ならハズレ料理は出さないだろう。


その言葉を胸に抱いて今日も『変わり種』へと手を伸ばす。



「じゃあ、これください」


「ご注文ありがとうございます!」


テーブルに置かれたジャガイモにフォークを突き刺し、目をつぶって一口放り込み、モグモグと咀嚼する。



「.........ポテトサラダ?」


「見た目に反して意外と取っつきやすい味でしょ?」


そう、意外とクセがない味をしていた。


油で揚げ焼きにされたジャガイモはパリッとしているが、中はホクホクしていて食感の違いが楽しい。


チーズにジャガイモと来れば舌を火傷しそうな熱い料理かと思いきやそうでもなく、適度な温度でパクパクと食べ進めることができる。



それよりもクリームチーズだ。


チーズ特有のコクはあるが、物によっては鼻につくあの匂いがしないこともあって、下手なチーズよりも遥かに食べやすい。


爽やかな酸味も良いアクセントになっている。


チーズの香りがない分だけニンニクとローズマリーの香りが引き立っているし、マヨネーズと合わせたことでまろやかな味わいになっていた。



「ジャガイモにニンニク、ローズマリーをオリーブオイルで炒めて、粗熱を取るために少し休ませる。食べる前にクリームチーズにマヨネーズ、塩、胡椒、ブイヨンパウダーを混ぜたものと和えて完成。ポテトサラダに似てるけど、歯ごたえやジャガイモを食べている感じが楽しめる料理にしてみました」


「なんというか、その、鮮烈な味がしますね。具材の特徴が際立ってると言えばいいのかな?」


「そうそう。ポテトサラダって混ぜて潰しちゃうから、良く言えばマイルドだけど、特徴がぼやけやすいんだよね。これはインドカレーと日本カレーみたいに違うでしょ?」



その話を聞いて思わず頷く。


日本カレーは甘くクリーミーでスパイスの香りが弱いが、インドカレーはオイリーでスパイスの香りが際立つ。


この料理もインドカレーのスパイスのように、ジャガイモの味や食感がはっきりしていた。


野菜やハムなどが全部省かれているのだから当然か。



ポテトサラダは宗派が分かれる料理だ。


2人の間にポテトサラダを置けば戦争が始まると言われている。


ジャガイモの大きさや潰し具合、ハムやキュウリといった具材の妥協点を見出すことは難しい。


だが、結局ある程度似たような味に落ち着いてしまうのも事実だ。



その観点から言えば、この料理は普通のポテトサラダとは大きく違っていた。


そもそもこれをポテトサラダと呼んでいいのかという問題もあるが、そんなことを言い出したら日本のカレーもカレーと呼べなくなる。


ポテトサラダを思い起こさせる味なのだから、それをポテトサラダと呼んで何が悪いのか。



私はジャガイモがゴロゴロしているポテトサラダが好きなので、この料理のように形が完全に残って歯ごたえもしっかりしているのは実に好みだった。


一瞬、「そこまで予想して勧めてきたのか?」と疑ったが、流石にそれは深読みし過ぎだろう。



「美味しかったです。これって定番メニューに入りますか?」


「ん〜、どうだろう?」


オーナーの返事は曖昧だが、恐らくその気はなさそうだ。


『変わり種』が定番メニューになることはほとんど無いと聞いている。


あくまでも「オーナーがその日作りたい料理」であって、「毎日作りたい料理」ではないからだ。



気がつけばIPAが注がれていたグラスは空になっていた。


ジャガイモはボリュームがあるし、前菜も残っている。


これだけあれば残りの4杯に十分間に合うだろう。


次の酒を求めてメニューを眺めながら、今日3度目になる言葉を呟いた。



「さて、何にしようかしら…」

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