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2.



「ロンダル様、なんか俺のところに変なもの届いたんですけど」


 第二王子ロンダルの乳兄弟である子爵家三男フードリッヒが、ロンダルの私室に入りながら声をかける。毒を盛られて以降、ロンダルは安全のため自分宛のものを自分で受け取ることをしなくなった。そのため、ロンダル宛の荷物はすべてフードリッヒの元へと届くようになっている。


「変なもの?」


「ええ、ミルファ様から、鳥籠となぜかその中に卵。手紙付きなんですけど『フードリッヒ様から第二王子殿下へお渡しください』って、殴り書きみたいに書いてあるんですよ」


 なんですかコレ、と言いながらフードがかぶせられた大型のもの――手紙の通りなら鳥籠ということなのだろう――を片手に抱えたまま軽く揺する。


 はぁ、とわざとらしいほど大きく溜息をついて、ロンダルは座っていたまま机に肘をついて頭を押さえた。


「まだ茶番を続ける気か、あいつは!」


 茶番って何ですかね? とのんびりと聞いてくる乳兄弟に、ロンダルはきっと睨みつけるように言った。


「あいつは守護鳥を取ってきた、とでも言うつもりなんだろうよ」


 驚いた顔をするフードリッヒに、ロンダルは先日の茶会のことを伝えた。


「よほど俺の傍に侍りたいらしい。馬鹿らしい」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 フードリッヒが大声でロンダルの話を遮る。


「まさかロンダル様、ミルファ様に守護鳥を取って来いと命令されたんですか?」


 それがどうした、と意に介さずに答えるロンダルに、フードリッヒは大声で怒鳴った。


「なんてことをしたんですか、あなたは!」


 普段温厚でのんびりしたフードリッヒが、声を荒げることなど滅多にない。それこそロンダルが毒にやられた時に、見えざる相手に向かって泣き喚き、そして自分はロンダルに絶対的な忠誠を誓っているから決して疑うなと縋った時くらいだ。必要ならばこれから毒見はすべて自分が行うから、と。

 なのに何故、今声を荒げる必要がある?


 訝しんでいるロンダルの様子を見て、ロンダルが本当に何もわかっていなかったことに気付き、フードリッヒは泣きそうな顔になった。


「ロンダル様、王妃様のお話をきちんと聞いていらっしゃいませんでしたね。ミルファ様は『死神の足音』を聞かれた方です。その方が隷属の首輪を差し出した。それは主従の証。主であるあなたの命令は絶対なのですよ」


 まさかと笑おうとしたロンダルだが、ある意味怒りをも感じさせる真剣そのもののフードリッヒの表情が、ロンダルに笑うことを許さなかった。では、フードリッヒの手にあるものは何だというのだ。


 フードリッヒは、「ロンダル様が隷属の首輪のお話をされた時に、茶番じゃないですよってお伝えしたと思ったんですけどね。それも聞いてませんでした?」と呆れたように聞いた。


 確かに、言われた気がした。ロンダルは以前ミルファが隷属の首輪と称するチョーカーを渡してきた態度に腹を立てて、フードリッヒに愚痴を言っていたことを思い出した。確かにその時フードリッヒは、茶番じゃないですよ、と言ったはずだ。だが、と思う。それは、ミルファの気持ちが冗談ではなく、本気で隷属するつもりがあるという意思表示だと信じろ、という意味で茶番じゃないと言ったのだとばかり…。


 フードリッヒは右手に抱えていたものを机の上に乗せ、覆っていたフードを外した。中からは上部が半円形で綺麗な装飾を施された黒いアイアンの鳥籠が現れ、内部には枯れ枝や枯れ葉、藁と思われるものが一面に敷かれ、その真ん中に人間の拳大よりも大きめの卵が鎮座していた。

 そして、ロンダルが覗き込んだ途端に、あっという間に卵が割れて中から小鳥が現れた。小さくはあるものの明らかに雛ではないその体つきは、完全に成体であるのがわかった。本来であれば、殻を割るにも時間がかかるだろうそれをあっという間に成し遂げて、瑠璃色の羽を広げ毛繕いして見せたその姿は、確かに通常の鳥ではあり得なかった。


「…まさか、本当に守護鳥だというのか」


 開けろ、というように、小鳥は鳥籠の鍵の部分を内側から嘴で何度も突いている。ロンダルは恐る恐る鍵を開けた。小鳥はそれが当然であるかのように、ロンダルの右肩の上にちょこんと乗り、迦陵頻伽な声で囀った。


「…守護鳥、ということなのでしょうね」


 泣き笑いの顔で、フードリッヒは言った。



 御伽噺に出てくる守護鳥は、ドラゴンと共生していると言われている。

 ドラゴンの寿命は千年前後、守護鳥の寿命は三百年程度と言われているが、これには守護鳥が卵である間は計算に入っていない。守護鳥は、基本ドラゴンの傍では卵のままでいると言われている。守護鳥はその名の通り、他者を守護し、寿命まで健やかに生きることを見守る鳥と言われ、殻を破った瞬間から自分が守るもののために生きるがゆえに、殻の中で既に成体になるまで育っている必要があるのだとか。

 守護鳥の親は、ドラゴンの傍で産卵し、その後ドラゴンにその卵を託すのだという。守護鳥が卵のままでドラゴンの元にいるのは、少なくともドラゴンがこの世界において一番の強者であるからと言われている。強者の元で、安心して卵の中で微睡みながらゆっくりと成長をするのだとか。卵の中で成体になるには最低でも十年以上の年月がかかると言われているが、ドラゴンによっては自らの寿命期間をずっと卵のままの守護鳥と共にいたという逸話もあるくらいなので、守護鳥が卵でいる期間がどれくらいなのか詳しいことは分かっていない。


 また、ドラゴンは世界最強と言われてはいるものの、高齢になればその力を著しく落とす種族もあるという。そのため、稀にではあるがドラゴンを倒せる者、またはドラゴン自身が認めた者に、守護鳥の卵を渡すことがあると言われている。ドラゴンと契約者が主となるものの存在を確認し、ドラゴンが守護鳥に契約印を施す。契約を受けた守護鳥は、主の前でのみ孵化するのだと言われている。それ以外の者の前では、決して卵に罅が入ることはない。投げつけられたとて傷一つつかない頑丈なものだという。そして守護鳥は、卵から孵ると主の肩に乗り、主が死ぬまでその存在を守るという。勿論、毒だけでなく物理的攻撃や病気など、あらゆるものからその身を守り、寿命を全うさせてくれる優れものだ。そして、主が亡くなると残りの年月を初めて守護鳥は自由に過ごすらしい。


 守護鳥は基本的に最初の主以外を守ることはないと言われているが、稀に自分が気に入った者を見つけた場合、二度目の主を持つこともあると噂されている。そのため、ドラゴン討伐はできなくても、既に守護鳥を肩に乗せている者が天寿を全うしたらその守護鳥を捕まえて…と目論む者は多いらしいが、そういった輩が二度目の主になることはまずないという。それほど守護鳥を得るのは難しいものなのだ。遥か昔は、王族が冒険者ギルドに守護鳥捕縛を依頼したが、依頼されたグループがドラゴン相手に壊滅したということもあったそうだ。勿論ドラゴンの種類や性格により難易度も異なるために一概には言えないが、それだけ危険な依頼であるというのは、誰もが知る事実だ。



「これが守護鳥ということは、ミルファ様はドラゴンが住むというエーデリオン山に行かれたということですよね。書かれている手紙もかなり読みづらい文字でしたし、お怪我などされていらっしゃらないのでしょうか?」


 その言葉を聞いて、ロンダルは初めてミルファのことを考えた。そして自分のしたことの恐ろしさに、今更ながら震えが止まらなくなった。


 今まで、自分にとって大切なのは乳母と乳兄弟だけで、母親でさえ話は聞き流していたし、それ以外の人間など信ずるに値しないと存在自体を軽んじてきた。誰かが自分のことを軽んじて殺そうとしている。それならば自分が他者を軽んじて何が悪い。勝手な理論だとは思ったが、特に悪いとも思っていなかった。それなりの悪意の中で生きていた自分は、自分が悪意を発する側になっても全く構わないと思っていたのだ。ミルファが自分の婚約者として宛がわれた時も、信用ならないものを傍に置く気は全くなかったので、その存在は無視すればよいとばかりに蔑ろにした。隷属の首輪を着けろと言われた時は、御伽噺でしかない話を持ち出して自分の気を引こうとする女など、おぞましいとすら思い、同時に辟易した。そして、その気持ちのまま態度に出していた。まさか本当に『死神の足音』を聞いた者であったとは!


 それは、自分とは別な形で疎まれてきた者であっただろう。存在を否定されてきた者であっただろう。多くの人間は化け物としてその存在を忌避すると聞く。

 王妃である母がこの婚約を取り付けた意味を初めて知った。いや、説明はされていたはずなのだ。婚約者など持つ気の無かったロンダルがすべてを聞き流してしまっていただけで。つまりはミルファを自分の盾とするべく、母は婚約者として宛がったのだ。人間扱いではなく盾扱い。王族からの婚約者の打診は、伯爵家では断ることもできまい。母は、そして自分はどれだけミルファを傷つけてきたのだろう。



「…見舞いに、見舞いに行く」


 震える体が恨めしい。見舞いに行かなくては、と思うのに体が震えて、ロンダルは立ち上がることすらできない。


 そんなロンダルの様子を見て、フードリッヒはこれからどうするのが最善なのかを考えながら、何とか言葉を紡いだ。


「本日は、時間も遅いですし明日にしましょう。とりあえず先触れだけ出しておきましょうね。伺うのは、明日の午前中でよろしいですか?」


 震えているのか頷いているのかよくわからないロンダルを見ながら、フードリッヒは先触れのための手紙を書いた。追加で体調を気に掛ける文面を入れて、控えている侍従に伯爵家へと届けるよう依頼した。

 果たして、明日の訪問を認めてくれるだろうか。それ以上に、この手紙を読んで返事を出せるほど、ミルファは元気なのだろうか。考えれば考えるほど、フードリッヒも不安が募る。


 『死神の足音』を聞いた者は通常の人間よりはるかに高魔力と耐久性を持つとはいえ、ミルファは伯爵令嬢でしかない。体力的にも、魔力で底上げをしたとしてもかなり無理をしたはずだ。

 それでなくともエーデリオン山はここからかなり遠い。辺境の外れであり、隣国との間を遮る大きな山だ。屈強な騎士が単騎で、替え馬をしながら走ったとしても5日程度はかかるはずだし、もし護衛やメイドなどを連れて馬車で行くとしたら半月は必要だ。だが、馬車で悠長に辺境まで向かうとすれば、それこそ途中で盗賊などに遭う確率も高くなるだろう。それを避けるには、やはり単騎で駆けるしかない。だが、伯爵令嬢であるミルファが乗馬などは出来るのだろうか。

 そもそも、ミルファが守護鳥を捕まえに行ったのは、一体いつだったのか。

 前回のお茶会は、1カ月ほど前のことだ。お茶会で命令を受けて直ぐ準備をしたとして、普通の伯爵令嬢がいきなり旅支度などできるものなのか?


 考えれば考えるほど、ミルファがどうやってエーデリオン山に辿り着けたのかすら思い付かない。高魔力保持者というのは、そこまで体力の底上げは可能だというのか。

 フードリッヒは、ミルファが無事であるとはとても思えなかった。ロンダルには言えないが、いくら『死神の足音』を聞いた者であっても、ドラゴン相手にそれも一人で向かって無傷なわけがない。もしや伯爵家に戻っていないのではないか、あの手紙と鳥籠は、誰かが代理で届けただけでないのか。明日向かった伯爵家で、ミルファの亡骸とご対面ということになるのではないか、という気持ちがフードリッヒの胸の内から消えない。ロンダルの震えが、自分に移ってきたのかもしれないと思う。落ち着かせようとしても、カタカタと震える自分の手が止まらない。


 なぜもっときつくロンダルを諫めなかったのか。ロンダルが、ミルファが『死神の足音』を聞いた者であることを知らなかったとは。まさか王妃の言葉をきちんと聞いていないとは思わなかった。ロンダルがミルファを疎んじるのは、『死神の足音』を聞いた者だからだとばかり思いこんでしまった。フードリッヒは特にそういった者に対する忌避感はなかったが、世の中には一定数、『死神の足音』を聞いた者を化け物として扱う者たちがいるから、ロンダルがそういった一人なのだろうと思い込み、特に確認すらしなかった自分を恥じた。


誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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