乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その九十六
調査の報告や、仁戸の行動の確認を凛香がしている間、暇だった優花は、仁戸の顔をまじまじと見ていると、仁戸が頬を赤く染めちらっと優花に視線を飛ばしてきた。
「あの……灰島さま? 私の顔に何かついていますか?」
「あっ、いやそうじゃないんですけど。仁戸さんはやっぱり伊戸さんと同じで美人だなと……っ!」
伊戸にも言ったように仁戸にも美人だと言ってしまうと、隣に居た凛香に足を強く踏まれた。
あまりの痛みに飛び上がると、凛香が今度はじろっと睨んできた。
「ゆうかさん。女性にそのようなことを軽々しく言うのはいけませんわよ?」
「はい……すいません……」
昨日竜二にされた忠告はやっぱり正しかったらしい。
踏まれた足の痛みに泣きそうになりながら頷くと凛香はふんとそっぽを向いてしまった。
「……あれ? 仁戸さんは?」
今のわずかな凛香とのやりとりの間に、目の前にいたはずの仁戸はいなくなっていた。きょろきょろと周りを見てみてもやっぱり誰もいない。
「どこ行っちゃったんでしょうか?」
「さあ、知りませんわそんなこと!」
結局仁戸がどこに行ったのかはわからないまま、優花達がまた優花の部屋に戻ると、中には楓が待っていた。
「楓か、何してるんだ?」
「灰島先輩達を待っていたに決まってるじゃないですか! そろそろ犯人もわかりましたよね?」
にっこりと笑いながら言った楓の目は全く笑っていない。よほど髪飾りを盗まれたことが許せないのだろう。
「いや、わかってないけど……」
嘘をついても仕方がないので、正直に犯人探しがうまくいってないことを言うと、楓は露骨なため息をついていた。
「はあ~~~~。わかってはいましたけど、灰島先輩って本当に使えない人ですよね……」
「まあ、その点は認めざるをえないけどな……」
自分ではそれなりに努力はしているつもりだが、結局この世界に来る前同様普通の域を出ていない。
一つ自慢できる点があるとすれば、凛香の屋敷で執事として働いている間にめいから教わった色んな知識ぐらいか。
楓の面と向かった悪口に言い返さないでいると、それまで黙って聞いていた凛香が目を吊り上がらせずいっと楓の前に出た。
「ゆうかさんはこれでもよくやっていますわ! よく知りもしないあなたがゆうかさんを貶めるようなことを言うのは許しませんわよ!」
「うっ……」
元々アイスクイーンと呼ばれ、怖がられていたりもしていた凛香の眼差しを受け、楓がひるんだのを見て、凛香は更にたたみかけた。
「それに、この状況で一人でゆうかさんの部屋に来ているのも感心しませんわ。今この別荘では盗難事件が起きているのですわよ? 勝手に人の部屋に入っていては泥棒だと思われても仕方ないとわかっていますの!」
「あうっ……す、すいません……」
凛香の指摘が的を射ていることは、楓にもわかったのだろう。楓は青い顔になって謝り、うつむいてしまった。
「あのー凛香さん。その辺で……」
「……わかりましたわ」
一応後輩の楓に優花が助け舟を出すと、まだ説教したりないという雰囲気を醸し出しながらも、凛香はこれ以上楓を責めるのをやめてくれた。
なんとなく気まずい部屋の空気を、変えてくれたのは無事猫を捕まえてきた竜二だった。
屋内とはいえ、こんな短時間で普通に猫を捕まえることができる竜二の身体能力がうらやましい。
「兄貴! 捕まえたっす! あっ! こらっ! 暴れんな!」
竜二に捕まえられている猫はしきりに拘束から逃れようと体を動かしていたが、竜二がしっかりと捕まえているので逃げられないみたいだった。
「凛香さんの言う通り、本当にこの猫が犯人だったらもう解決なんだけどな……」
竜二の腕の中の猫を撫でながら優花がぽつりと誰にも聞こえないぐらいの音量でこぼすと、楓の方からくふっという気持ちの悪い笑い声が聞こえてきた。
「くふっ、くふふ! 虚空院先輩そんなこと言ってたんですか~灰島先輩?」
今の聞こえたのか……どんだけ地獄耳なんだ楓は……。
さっきまで青い顔で凛香にびびっていた楓が、今はすごく調子に乗った顔になっていた。
「いやまあ、言ってたけど……」
「? 何のことですの?」
竜二同様、話の流れについていけてない凛香が首を傾げると、楓が凛香との距離をずずいと縮めた。
「今灰島先輩が、虚空院先輩が猫が犯人だって言ってたって」
「っ! それはっ! 別にわたくしは可能性の一つとして言っただけで!」
「ぷぷっ! あの猫ちゃんが犯人のはずないじゃないですか! あー可笑しい!」
楓のいつも通りのうざムーブに凛香が顔を真っ赤にして怒り、優花がため息をつくと、竜二に捕まっていた猫がするりと竜二の拘束から抜け出し、竜二の足元に着地、すぐに部屋を出ていってしまった。
「ちっ……また逃げたか……」
猫が逃げて竜二は舌打ちはしたものの、今度は追おうとはしないのは、一度捕まえて満足したからだろうか。
「竜二、あの猫はどこで見つけたんだ?」
「そっすね……そろそろ兄貴達の調査も終わったかなと、部屋を出たらいたっすよ」
つまりは二階の廊下にいたわけか……。
「ちなみになんだが、何かくわえてたり、落ちてたりしてなかったか?」
「ああ、こいつが地面に落ちてましたけど……」
そう言って竜二が服のポケットから取り出したのは、何の変哲もないボールペンだった。
「ちょっと貸してくれるか?」
「うっす、どうぞっす」
竜二から慎重にボールペンを受け取りよく見てみると、端っこの部分が少し濡れていて、猫がくわえた可能性は高そうだった。
やっぱりあの猫が犯人だったのか……? いや、それなら俺のスマホは戻せないはずだし……。
ボールペンをじっと見ながら、猫が犯人なのかどうかを改めて検討していると、いつの間にか凛香と楓が言い争いに発展していた。
「だから! どうして猫が犯人じゃないと言いきれるんですの! 人じゃなくて犯猫だからとでも言うつもりですの!」
「そんなわけないじゃないですか! 単純な話です! あの猫が犯人というのはありえないからです!」
……犯人というのはありえない?
自信満々に言いきった楓は、単に猫がスマホや本、眼鏡等の小物を盗んでいくわけがないというだけでなく、何か確たる根拠がありそうだった。
「なんでそう思うんだ? 俺のスマホとか、翡翠の本とか、深雪先輩の眼鏡とかはともかく、楓の髪留めと鬼島先生の靴下は猫だって普通に持っていけるだろ?」
「猫が何を持っていけるのかなんて楓だってしりませんよ? でも確実にあの猫ちゃんが犯人じゃないのは楓にはわかるんです!」
「だからそれが何かを聞いてるんだけど……」
「え~どうしようかな~。教えようかな~教えないかな~」
くねくねと動き優花達を焦らそうとする楓に乾いた視線を送り続けると、楓が咳払いをして気持ち悪い動きをやめた。
「こほん……まあ単純な話です。灰島先輩達が今朝、朝食を食べている時間に、楓達はあの猫ちゃんと遊んでいたんですよ!」
「じゃあ、今朝は起きてはいたのか? なんで寝てたなんて言ったんだ?」
一番わからないのはそこだ。
「ええと……それはその……あのメイドの人が朝食に呼んでた時は寝てましたし……」
急にごにょごにょと言い淀んだ楓を怪訝な顔で見ると、楓がなんで言いづらそうにしたのか白状した。
「実は遊んでいるときに……猫ちゃんが高そうなシーツを破っちゃって……」
「シーツを破った? ……そんな形跡はなかったような」




