乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その九十一
「……そうか。それじゃあアイスクイーンの方はどうなんだ? 同士はよく一緒にいるだろ?」
「あー……凛香さんは……」
凛香はあくまで推しキャラで、異性として見ているわけではない……というスタンス自体は変わっていない。だが、真央の時のように、異性として好きかと言われた場合、違うとすぐには言いきれないかもしれない。
今もいつもとは違う髪型をして、ドレスを着て着飾っている凛香を見ているだけで、何故か自然と胸が高鳴ってしまっているのが自分でもわかった。
「……そんなことより翡翠、お前顔結構赤いけど大丈夫か?」
微妙な心の内を晒す気になれず、翡翠の顔の赤さを指摘して誤魔化そうとすると、翡翠はリンゴジュースを更に一口飲んだ。
「じゃあ、俺様は! 俺様のことはどう思ってるんだ? ん? どうなんだ?」
「……翡翠。お前酔ってるだろ。ほんとにこれジュースだよな?」
酔っ払いの絡み酒みたいにうざくなってきた翡翠に辟易し、翡翠が持っていたワイングラスを奪い、匂いを確かめてみたものの、酒の匂いはしなかった。
酒じゃなかったと言うことは、ワイングラスで見た目お酒っぽいものを飲んでいたから場酔いしてしまったということだろう。
酔っ払いはさっさと寝せるに限る。翡翠のうざがらみには反応せず、優花は竜二に手伝ってもらって翡翠を部屋に叩きこんでおいた。
夕食も無事終わり、優花が部屋に戻ると少しだけ部屋のドアと窓が開いていた。
特に閉めた記憶も無いので、閉め忘れたんだろうと軽く考え、この後の風呂の準備をしていると、一つ気が付いたことがあった。
「あれ? スマホどこ行った?」
机の上や、バッグの中、服のポケット、どこを探してもスマホが無い。
竜二に言ってスマホを鳴らしてもらおうかと一瞬考えたものの、電波が届かずネットが使えないからと電源を落としていたことを思い出した。
「ええと……はっきりと最後に見たのは……クルーザーか? 海に落ちて無ければいいけど……」
部屋の机の上に置いたような気がしたのだが、今ないということは置いてなかったということだろう。あとで伊戸か仁戸にでもスマホが落ちてなかったか聞いてみた方がいいかもしれない。
20時から風呂に行くと竜二には言ってあるのでまだ時間はあるため、一応部屋の中をもう一度探してみたが、やはり見つからなかった。
「……盗まれた可能性は……いや、ないな」
優花のスマホは起動時には指紋と、パターン入力の二つが必要になる二重ロック。盗ったところで中身を見れるわけもなく、せいぜい初期化して売るぐらいしかできない。
今この島にいるのは伊戸と仁戸以外は全員顔見知りだし、伊戸と仁戸は虚空院家のメイドで、人の物を盗ったりする必要はないくらいお金はもらっているはずだ。
残る可能性としては優花が誰かの恨みを買っていて、嫌がらせとして盗まれたというものだが、特に恨みを買った記憶も無い。
「いや、楓からは敵視されてたっけ……」
ただ、さすがにスマホを盗むような真似はしないだろうと、疑うのを止めとりあえずスマホのことは誰にも言わずにおくことにした。
楽しい旅行の雰囲気を壊したくなかったからだ。
「兄貴! そろそろ時間っすよ! 風呂行きましょうか!」
部屋を探している内に意外と時間が経っていたらしい、竜二の声がして時計を見てみると既に20時になりそうだった。
「ああ、今行く!」
「なんかでかい風呂らしいっすよ! 早く行きましょう!」
窓とドアをしっかりと閉めたのを確認してから、優花は竜二に急かされるように部屋を後にした。
竜二と一緒に一階にある風呂に行ってみると、この別荘は洋館なのに何故か男湯と女湯と書かれたのれんがかかっていた。のれんをくぐって中に入ると脱衣所、そこで服を脱いで腰にタオルを巻いていざお風呂場に行ってみると黒を基調とした落ち着いた空間に銭湯のような大きい風呂があった。
島にあるのにこんなに立派な風呂があるとは思わなかったため驚いていると、翡翠と深雪が脱衣所に入ってきた。
「おっ、同士達も風呂か!」
本当のお酒で酔っていたわけではないからなのか、翡翠はすっかり酔いから醒めているようで、いつもの爽やかスマイルを浮かべている。
「それは見ればわかるだろう奥間。さっさと風呂に入るぞ」
翡翠と深雪が服を脱ぎだし、優花は慌てて脱衣所を出て風呂場へと入る。
「俺あんまり大浴場で風呂入ることないんだけど、なんかマナーとかあったよな?」
「あー……あったっすね、タオルを湯につけないとかじゃなかったっすか?」
湯船にすぐに浸かりたかったものの、体を洗ってからの方が良いんだっけと少し悩んでいると、服を脱いで腰にタオルを巻いた深雪が脱衣所から出てきた。
「まずはかけ湯をして汗を流してから、頭と体を洗いそれから湯船に入るのがいいだろう。あとは他の客の迷惑にならないようにしていれば大丈夫だ。まあここには他に客もいない。あまり気にしなくても良いだろうがな」
「俺様はさっさと入りたい派なんだが……」
「極力湯を汚さないようにするためだ。我慢しろ」
ちぇーっと口を尖らせている翡翠に深雪が注意しているのを、横目に優花達は深雪の指示通りの手順で書け湯をしてから頭と体を洗い始め、その後湯船に浸かった。
「はー生き返るなあ……」
ちょうど良い温度のお湯に肩まで浸かり、幸せを味わっていると、すぐに竜二も湯船に入ってきて、優花の横に並んだ。
「生き返るっすねえ……」
ふうと二人で湯船を満喫していると、すぐに翡翠と深雪も湯船に入ってきた。翡翠は優花を挟むように竜二の反対側、深雪は一人少し離れた位置に座る。
翡翠も深雪も湯船に浸かると第一声は「生き返った」だった。
……なんで湯船に浸かると生き返るって言うんだろうな? 別に死んでたわけでもないのに。
今更ながら疑問に思っていると、そう言えばと優花は自分が一度死んでいたことを思い出した。いや、正確には『たぶん死んだ』だ。
この世界に来る前、前の世界での優花の最後の記憶はトラックに轢かれたところで、たぶんあの後死んだとは思うのだが、確証はない。最後の光景をぼんやりと思い浮かべると、あの場に居た女の子のことに思考が向かった。
そう言えばあの子の声、凛香さんに似てたけど……なんだったんだろうな?
優花がトラックから助けた女の子は、今思い返してみても凛香の声によく似ていた。
……もしかしたらマジハイで凛香さんの声を担当していた声優さん……とか?
「ん? 同士? 何か言ったか?」
「あっいや、なんでもない」
どうやら自然と考えが口から出ていたらしい。何でもないと首を振ると、翡翠は怪訝な顔になっていた。
「悩みとかあるなら俺様が聞いてやってもいいぜ?」
「いや、そういうのじゃないから……」
そう、別に悩みとかじゃない。今更あの女の子が誰だったかなんて確かめようがないんだから。
とにかくあの子が助かったならそれで良い。
「……それより翡翠、お前筋肉すごいな、竜二と良い勝負なんじゃないか?」
「ふっ、俺様は努力家だからな!」
「兄貴! おれの方が筋肉あるっすよ! ほら!」
適当に話を変えようとして、筋肉の話をチョイスしてしまったが、正直失敗だったかもしれない。翡翠と竜二の二人が湯船から立ち上がり筋肉をアピールし始め騒がしくなり、深雪に三人共怒られた。




