乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その九十
何で凛香がドレスを着ているのかはわからなかったもののとりあえず置いておいて、優花が凛香をエスコートしながら一階に向かうと、リビングダイニングではなく別のもっと広い部屋に案内された。
「おお! ビュッフェってやつっすね!」
「どれも美味しそうだね!」
広い部屋に何個かテーブルが置かれ、そこに様々な料理が並んでいる。
一見するとパーティー会場のような感じで、ここならドレスを着ている凛香の格好の方が適している感じだった。パーティーのような立食形式での食事になることを凛香はあらかじめ知っていたということだろう。
竜二と真央が目を輝かせていると、既に料理を食べている二人組が居た。
「あー楓これ無理なので奈央先生どうぞ」
「あっ! こら! お前勝手にあたしの皿に入れんなよな! おら! 楓はブロッコリーでも食え!」
「……何してるんだ?」
「見てわかりませんか? 食事ですよ食事!」
「いや、そこはわかるけど……」
「お前らもさっさと食った方がいいぞ! なくなるぞ!」
船酔いでダウンしていたはずの楓と奈央だが、もうすっかり良くなったらしく、ひたすら料理を皿に盛っていた。
料理に入っている自分の嫌いな物を相手に押し付けているみたいだが、そもそも自分で好きな料理を持ってこれるのだから、嫌いなものを皿に入れなければ良いんじゃないだろうか?
「むっ、ようやく来たか、先に食べているぞ」
「おっ! 真央! 同士!」
深雪と翡翠も楓達同様、気分が悪そうな様子はない。めいがクルーザーの中で配っていた薬が効いてきたのか、部屋で休んでいたのが良かったのか。
ちなみに翡翠は炭水化物系を多めに取っていて、深雪は野菜ばかり食べているようだ。
優花達が合流すると、ちょうど部屋に新しい料理の盛られた皿を運んできためいがやってきた。
「あれ? もしかしてめいさんも作ったんですか?」
「ええ、料理は趣味でもありますからね」
凛香にこの旅行中は仕事をしなくても良いと言われているのに、優花と竜二が遊んでいた間料理をしていたらしい。
メイドの伊戸と仁戸によって最後の料理も運ばれてきて、料理は全部でニ十種類くらいになり優花達も好きな物を皿に取って食事を始めることにした。
竜二はここに来る前の宣言通り肉を多めに、真央と優花はバランス良く色んなものを取り、凛香は野菜と肉が多めの炭水化物が少なめ。優花としては凛香にもう少し炭水化物をちゃんと食べてもらいたかったが、何故か凛香はあまり食べてくれないという状況がこの一週間続いていたりする。
前は炭水化物を避けたりはしていなかったのに、どうして今は食べないのかが理解できず、聞いても理由を教えてくれず、説得することもできないでいた。
「どうしたんすか兄貴?」
「いや、どうやったら凛香さんがご飯とかちゃんと食べてくれるのかなって……」
家で家事をしていて、料理なんかも作っているらしい竜二なら何か良い方法を知っているかもしれないとせっかくなので相談してみると、竜二は凛香の方をちらっと見て何かを言いづらそうにしていた。
「どうしたんだ? 何かわかったのか?」
何かに気が付いたのかと期待を込めて見ると、竜二は気まずそうに横を向いた。
「あー……あれじゃないっすか?」
「あれって何だよ?」
優花が本気でわからなそうにしているのを見て、竜二もようやく腹をくくったのか、優花の方に顔を戻し、いたってまじめな顔で答えを口にした。
「だから、その……ダイエットじゃないっすか?」
「……ダイエット?」
凛香さんがダイエット? ……なんで?
「いや、凛香さんは元々痩せてるし、ダイエットなんてする必要が無いだろ?」
「女ってのは、基本的に水着を着る前は少しでも痩せようとするもんなんじゃないっすか? ほら、学校で体重測定あると飯抜くやつとかいるでしょう?」
「……たしかにそういう人はいるけどさ。んー……凛香さんがそこまで他人の目を気にするとは思えないんだけどな。……これは直接聞いてみた方が手っ取り早いか?」
いまいち本当に竜二の言う通り凛香がダイエットしていたと確信が持てず、凛香本人に聞いてみるしかないかと悩んでいると、優花達の会話を聞いていたらしい真央が会話に加わってきた。
「ゆうかくん! 女の子にダイエットしてる? とか聞いちゃだめだよ!」
「そっ、そうなのか?」
びしっと真央に顔に指を突き付けられひるむと、真央が今度は優花の耳に口を寄せてきた。
「うん。だからね……」
真央にごにょごにょと耳打ちされたアドバイスを、優花は早速凛香に実践してみることにした。
「凛香さん」
「ゆうかさん? なんですの?」
きょとんとした顔で凛香が優花の方を振り向いた。
……少し恥ずかしい気もするけど……言うしかないか!
「……凛香さん、最近少し痩せましたよね。前も綺麗でしたけど、一層綺麗になったというか」
「っ!? 優花さん! 急に何を……」
ぼっと顔を真っ赤にしている凛香を見るに驚き半分の喜び半分。どうやら真央のアドバイスは正しかったらしい。これで終わりではただ褒めただけになるので、ちゃんと優花の要望も伝えることにした。
「ただ、俺としてはもう少しちゃんと食べてもらいたいです。心配なので……」
「……わかりましたわ。もう少し食べることにいたしますわ」
今までもっと食べた方が良いとやんわり伝えていたのだが、全く首を縦に振らなかった凛香が、素直に頷いたのは、やっぱり真央のアドバイス通り一度ちゃんと褒めたからなのだろう。
心の中で真央に感謝しつつ、その後は凛香を連れてみんなで食事しつつ歓談。部屋にはいつの間にか落ち着いた曲もかかっていて、凛香と真央も良い雰囲気で話ができていた。
凛香と真央が話しをしている様子を見ながら、このまま二人がちゃんと普通の友達になれれば、凛香はバッドエンドの運命を迎えずにすむのだろうかと考えていると、いつの間にか翡翠が横に来ていた。
「何を見てるんだ?」
「いや、凛香さんと真央が仲良さそうで良かったなと思ってさ」
「アイスクイーンと真央か……」
優花の視線を追って二人を見ながら、翡翠は手に持っていたワイングラスをぐっと傾けて中身を呷った。ちなみにワイングラスの中身はお酒ではなく様々なジュースで、翡翠が今飲んだのはたぶん林檎ジュースだ。
「……ちなみになんだが、同士は真央をどう思うんだ?」
「どうって言われてもな……普通に良いやつだと思うけど?」
「いや、俺様が聞きたいのはそういうことじゃなくて、もっとこう……」
もどかしそうな表情になった後、翡翠はもう一度ワイングラスに入ったリンゴジュースを飲むと、若干赤い顔で続けた。
「真央を異性としてどう思うかってことが聞きたいわけだ俺様は! どうなんだ!」
「異性としてか……」
ようするに翡翠は優花が真央のことを好きなのか、嫌いなのかを聞きたいらしいとわかり、少し考えてみることにする。
まあ真央は笑顔が似合って可愛い系で性格も悪くない。好きか嫌いかで言われたら、それはもちろん好きな方に入るだろう。だが、だからと言って異性として好きかと言われると、それは違うと言いきれる……そんな感じだろうか。
「普通に可愛いし性格も良いとは思うけど、それだけかな」
優花の答えに一瞬ほっとしたような表情を浮かべた翡翠は、やっぱり真央が好きなのだろう。真央の翡翠攻略が順調に進んでいる証拠だ。
 




