乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十八
「ええと……伊戸さん達ってやっぱり双子なんですよね?」
「ええ、そうですが? 何か?」
「いや……似てるなあと……」
「双子など珍しくもないと思いますが?」
ビーチまでの道中、三日も世話をしてもらうので、少しでも仲良くなれればと思い声をかけてみたものの、伊戸に表情もあまり変えないまま淡々と返事をされてしまい、会話は弾まない。
「いや、たしかに似ている双子ってたまに見ますけど、伊戸さん達みたいな美人の双子はなかなかいないんじゃないですか?」
本心だが、半分冗談みたいな感じで言うと、今まできびきび動いていた伊戸の動きが、なんだかぎこちないものになった。
「……美人ですか? 私達が?」
「ええ、はい。すごく綺麗だと思いますけど?」
言われ慣れてるだろうと思ったのだが、そうでもなかったようだ。優花に綺麗と言われて、伊戸の耳が赤く染まり、それっきり伊戸は黙ったままになってしまった。
そろそろビーチにつく。これ以上伊戸との会話は無理そうだなと思っていると、竜二が優花に小声で話しかけてきた。
「兄貴……今の素でやってるんすよね?」
「ん? 何がだ?」
「……兄貴、その悪癖は直した方が良いと思うっすよ? いつか虚空院の姉御に刺されないように……」
「何でお前はそう不吉なことばっかり言うんだ!」
わしゃわしゃといつも通り竜二の頭を乱暴に撫でているうちにビーチに到着した。
ビーチにはまだ誰も来ていなかったらしく、優花達が一番乗りみたいだった。
「……すぐに凛香お嬢様が来られますので、こちらでお待ちください。海にはまだ入らないようにお願いします」
口早にそう言うと、ぺこりとお辞儀をして伊戸は別荘の方へと戻っていってしまった。
「……なんか怒ってたか?」
「どうなんすかね? 表情があんま変わってないんでわかんないっすよね」
優花に綺麗だと言われた時は恥ずかしがっているのかと思ったが、その後の素っ気ない対応は怒っている時のものに思えた。
「ま、わかんないことは気にしても仕方ないっすよ。それより海に来たんすから遊びましょう兄貴!」
「あっ! ばか! まだ海に入るなって言われただろうが!」
早速海に入ろうと走り出そうとした馬鹿の手を慌ててつかんで止める。
「大丈夫っすよ兄貴、兄貴は心配性っすねえ……」
「大丈夫って言ってるやつが一番危ないんだ! いいから大人しくしとけ!」
やれやれみたいな感じで言った竜二に本気でキレると、竜二は何故か嬉しそうに頬を染めた。
「わ、わかったっす! 兄貴がおれのことをそんなに心配してくれてるなんて……」
「……一応説教してるんだけど、何で嬉しそうなんだお前は?」
とりあえず海に入るのは止めたものの、じゃあ何をするのかと言われれば……。
「あっ、こっちに綺麗な貝殻あるっすよ」
「お、ほんとだ!」
およそ高校生男子が海ですることとは思えない綺麗な貝集めという地味な遊び? を優花と竜二の二人でしていると、砂浜に新たに人がやって来た。
「二人共何してるの?」
新しくやって来たのは三人。
フリルの付いた可愛らしい白とピンクの水着を着た真央とパレオの付いた青いビキニが大人っぽいめい、そして……何故かバスタオルで体を隠した若干顔が赤い凛香だった。
「おお……やべえ……」
真央とめいの水着を見た竜二が思わずと言った感じでぽろっと口から零したが、優花はそれどころではなかった。
り、凛香さんの水着がついに……!
今回の旅の目的の大半……いや、ほぼすべてはこの瞬間のためにあったと言っても良い。
優花の期待した眼差しを受けて凛香が、赤い顔のままふふっと笑った。
「そんなにわたくしの水着姿が見たかったのかしら? 仕方ありませんわねえ……」
一瞬真央を見て何故だか勝ち誇った凛香に、めいがわずかに呆れたような目になっていたが……そんなことはもうどうでもいい。
凛香の水着姿を今か今かと待っていると、ついに凛香がバスタオルに手をかけ、一気にばっとバスタオルを脱ぎ去った。
「……うわぁ」
「……あはは」
「……ほら見なさい。だからあれほどやめた方が良いと申しましたのに」
凛香の水着姿を見て、竜二がドン引きし、真央が困ったように笑い、めいは大きくため息をついていた。
凛香の水着は、ビキニよりは少し露出の少ないハイネックビキニ。バスト部分は布でしっかりガードされていて、すっきりとした印象のものだったのだが……問題は……。
でぃ……ディスミー君柄……。
いつか行ったテーマパークのマスコットキャラ、目つきの悪いネコのディスミー君の柄が、凛香の水着にふんだんに散りばめられていた。
……高校二年生にしてキャラクター系の柄物の水着を着て「おーほっほっほっ」と得意気に笑う凛香の姿がそこにはあった。
「……兄貴……さすがにこれは……ないっすよね?」
一応確認みたいな感じで聞いてきた竜二の方を一切振り向かず、凛香の水着姿を全力で脳裏に刻み込みながら優花は力いっぱい答えた。
「むしろあり! ありよりのあり!」
「いや、これはなしよりのなしってやつっすよ兄貴……」
あまりの凛香の水着の素晴らしさに、普段自分ではあまり使わない表現まで飛び出してしまった。
優花を見る竜二の目が呆れを通り越して、何か憐れな物を見る目になっている気配がしたが……まるで意味がわからなかった。
「いやいや、どこかだよ? 可愛いだろ?」
「え? あのディスミー君柄がっすか? ……ああいうのはせいぜい小学生まででしょう」
さも正論みたいな感じで竜二が言うと、めいがうんうんと頷き、真央が苦笑しながらも同意してそうな雰囲気を出し、竜二の言葉を聞いた凛香の額にはびきっと怒りのマークが形成されたのが見えた。
「……わかってない……わかってないなあ」
優花がふっと竜二と真央、めい達を鼻で笑うと、竜二達は微妙そうな顔で首を傾げ、凛香は逆に目を輝かせた。
「ほらごらんなさい! やっぱりわたくしの言う通りこの水着で良かったでしょう!」
ふふんと勝ち誇り、胸の下で腕を組んだ凛香に、優花はうんうんと頷いた。
「可愛いは正義なんだ竜二、わかるな?」
「……わかんねえっす」
ふう、これでまだわからないのか……仕方のないやつめ……。
もっと言ってやりなさいみたいな凛香の期待の目を一身に浴びながら、優花はびしっと言ってやることにした。
「よく見ろ竜二、この可愛い生き物を! 今時小学生だって恥ずかしくなるようなこの水着を選ぶセンス! そして更にそれを着て、誇らしげにしてるんだぞ? こんなに可愛い生き物はこの世界に他にいないと断言できるね!」
「ゆ、ゆうかさん? な、何を……わたくしの水着を褒めていたのではないんですの?」
裏切られたみたいな顔をしている凛香に、優花はびしっと親指を立てた。
「凛香さんの着ている水着は正直俺も『ない』とは思いますけど、その『ない』水着を着ている凛香さんは『あり』なんです!」
「な、な、な……」
「ああ、なるほど……兄貴はそういう視点なんすね……」
「あ、あはは……」
「まあゆうか君が喜んでいるなら正解だったということでしょうか……」
優花のあまりにも完璧で、突き崩す穴などみじんも無い論理に、凛香は言葉を失い、竜二は納得したように頷き、真央はもう笑うしかないみたいな感じで笑い、めいはこれで良かったのかと首をかしげているようだった。
「いやあ、ここに来て良かったです。連れてきてくれてありがとうございました凛香さん!」
にっこりと今日一番の笑顔で笑いかけると、わなわなと俯いて震えていた凛香が、熟れたトマトのように真っ赤な顔を上げると同時に、右足を大きく後ろに引いた。
「もう、知りませんわ! ゆうかさんのばかああああ!」
お待たせしました! なんとか今日中に上げられて良かったです!




