乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十七
「兄貴……これ絶対あれっすよね……」
「あれってなんだ? ……って言うか竜二、お前本当に大丈夫か?」
部屋への移動中、隣を歩く気分が悪そうな竜二の背を撫でながら聞くと、竜二はにやっと笑った。
「これが推理小説とかなら、絶対殺人事件が起きるやつっすよ……そんで、双子のトリックが使われてですね……」
淀の影響なのか、意外にも推理小説好きだったらしい竜二が、トリックがどうとか話し始めるのをびしっとチョップを入れて止めた。
「縁起でもないことを言うんじゃねえ……」
ただでさえ凛香さんは何かあったら死んでしまいそうなバッドエンドだらけの運命が持っているのだ。どうしてマジハイとは無関係な楽しい旅でまでフラグを立てないといけないのか。
「それでは獅道様はこちらの部屋になります」
「あっ、それじゃあ、失礼します兄貴……また後で……」
「ああ、無理せず部屋で休んどけよ?」
部屋に竜二が入っていくと残っているのは優花と凛香と真央だけ。ちなみに楓と奈央は一階にある二人部屋で、翡翠と深雪、竜二はそれぞれ二階の個室だ。
めいは一人で別行動中、凛香の世話は伊戸と仁戸に任せるということみたいだ。よほど二人を信頼しているのだろう。
二階のベッドルームはあと一つ。男子組は全員この階なのだろうと案内される前に竜二の隣の空いている部屋に入ろうとしたところ、凛香にぺちんと手を叩かれた。
「ゆうかさんの部屋はここではありませんわ」
「あっ、そうなんですか?」
優花が手を引っ込めると、凛香がふふっと笑った。
「ええ、わたくしとめい、それに真央さんと同じ三階ですわ。一番眺めが良くて良い部屋ですわよ?」
眺めかあ……部屋からの眺めはどうでもいいかな……。
「俺はここで大丈夫ですよ、凛香さん。それじゃあまた後で……」
眺めよりも、一階から近い方が重要なので、優花がもう一度竜二の隣の部屋のドアノブをつかむとまた凛香にぺちんと叩かれた。
「だめですわ! 空気を読みなさい! あなたはまったく!」
……凛香さんに空気を読めと言われる日が来るとは。
結局怒った凛香に背を押され無理やり三階に連行される。
三階のベッドルームは二階のベッドルームよりも一部屋一部屋が大きいらしく、ベッドルームは四部屋。
階段に近い部屋に優花と真央、奥の部屋が凛香とめいになるらしい。ちなみに優花と凛香が隣の部屋で、その向かいが真央とめいの部屋だ。
与えられた部屋に入ると、すぐに凛香がやってきて、二人で窓から外を見てみると、青い空に、綺麗な白い砂浜、どこまでも続いてそうな海。
あまりにも景色が良すぎてなんだか絵画の世界にいるような不思議な気分になってしまう。
「たしかに、これは良い眺めですね……」
「ふふ、そうでしょう? ゆうかさんには是非ここの景色を見て欲しかったのですわ!」
にっこりと相好を崩した凛香に、優花も顔が自然と綻んだ。
凛香と笑みを交わし合っていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。 凛香の許可で入ってきたのは右から流したサイドテールに青い髪留めをしたメイドの仁戸。
「失礼します。凛香お嬢様、伊戸から準備ができたと無線機で連絡がありました」
無線機……ってそうか、電波が届いて無いから無線機じゃないとだめなのか。
「そう、わかりましたわ! ゆうかさん、水着に着替えてくださる? ビーチに行きますわよ!」
ビーチって……早速行くのか!
ほとんどの参加者がダウン中とはいえ、たしかにまだ日は高いので、海で遊んでも良いかもしれない。 「また後で」と言って優花の部屋を出ていった凛香を見送ったあと、服を脱ぐと用意していたトランクスタイプの水着を履き、サンダルも持った。
「あとはっと……」
これで準備完了ではなく、もう一つ重要なものがある。
「あった、あった!」
優花が荷物から取り出したのは、フードがついたパーカーのような服。正確にはラッシュガードと言い、日焼け対策として最近は流行っているらしい。
ただ、優花にとっては日焼け対策はあくまでおまけ、ラッシュガードを着る本当の目的は……お腹を隠すためだった。
「……割れてないからなあ」
竜二は腹筋が割れていてはっきりわかるのに、優花はうっすらと腹筋が見える程度なのでなるべく隠しておきたかった。
ちなみにマジハイのゲーム中だと、竜二と翡翠はしっかり腹筋が割れていて、深雪は優花と同じでうっすらタイプ、昴は上半身裸になる絵が無かったため不明だ。
しっかりとラッシュガードでお腹を隠すと、優花は下の階に移動した。
竜二の部屋の前に立ち止まり、声をかけるか少し迷う。
誘ったら誘ったで無理して来そうだし、誘わなかったら誘わなかったでまた色々言われそうで悩んでいると、近くの部屋から深雪が出てきた。
「む、灰島か。どうした?」
「ああ、六道生徒会長。いや、これからビーチに行くらしいんですけど、竜二も誘おうかどうしようか迷ってまして……」
「悩むぐらいなら誘った方が良いんじゃないか? 本当に無理なら来ないだろう……それより灰島」
それもそうかと早速竜二の部屋の扉をノックしようとして、深雪に名前を呼ばれピタッと動きを止めた。
「はい? どうかしました?」
「そのだな……結局生徒会メンバーも来なかったしだな……今日の自分は生徒会長としてここにいるわけではないからだな……その……」
珍しく言いにくそうに、少しずつ言葉を切って言う深雪に優花はピンと来た。
マジハイでも深雪の攻略イベントで同様のシーンがあったのだ。
『六道生徒会長』と呼ばれることを好む深雪だが、関係が進展すると別の呼び方をして欲しいと言うようになる。
「それじゃあ……」
優花の脳裏に出てきた選択肢は二つ。無難に『六道先輩』か『深雪先輩』のどちらかだ。
ここは……。
「それじゃあ深雪先輩って呼んでも良いんですか?」
「っ! あ、ああ! それで良い」
頬を染めて一瞬嬉しそうな顔をした深雪はこほんと咳払いすると、自分はビーチに行かないから気を付けて行けと言って階段から一階に降りていった。
「さてと……それじゃあ改めて……」
優花が竜二のドアをノックすると、既に水着に着替えた竜二が立っていた。
「兄貴! ビーチに行くんすよね! おれも行くっす!」
「お、おう……よくわかったな?」
「いや、扉の前の兄貴の声が聞こえてただけっすね」
エスパーか? なんて一瞬思ったが、別に竜二が実は超能力者だったみたいな超展開ではなく、単に外の音が部屋の中からでも聞こえていただけだったらしい。
「あー……無理して来なくても良いんだぞ?」
「いえいえ、大丈夫っすよ! ほら! あと奥間先輩も誘うんすよね? ほらほら! 行きましょう兄貴!」
「わーばか! 押すな押すな!」
海に行くと聞いてテンションが上がったからか、すっかり元気な感じの竜二に背を押されながら翡翠にも一応声をかけると、げっそりとした顔で残念そうに首を横に振っていた。
「いや……行きたい……めちゃくちゃ行きたいけど……俺様は無理だぜ……」
「そっ、そうか……まあ明日もあるしな、今日は休んどいた方が良いな、うん」
船酔いにならなくて良かったと思いながら、次は下の階かなと思ったら、階段の方から伊戸が現れた。
「優花様、竜二様、ビーチに行くのはお二方でよろしいのですか?」
「ああ、はい。それで大丈夫です」
「そうですか。ではお連れしますのでついて来て下さい」
すたすたと早速歩き始めた伊戸を優花と竜二は慌てて追いかけた。




