乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十五
「だから言ったでしょう? 集合時間一時間前に来たって誰もいませんよと……」
まあたしかに優花も早すぎるとは思ったのだが、凛香と二人の時間を楽しめたのでこれはこれで良かったという気にもなっていた。
「自分が一番だろうと踏んでいたのだが……まさか先を越されているとはな……」
めいの後ろから現れたのは深雪。めいが戻ってきたのは深雪が到着したからだったようだ。
「あっ、六道生徒会長。今日から三日間よろしくお願いします」
そう、今回の旅行の期間は二泊三日。移動手段はバスと船で、行く場所はプライベートビーチがあるという情報だけで、詳しい場所は秘密とのことだった。
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
軽く挨拶を済ませると、混んできたカフェから出て、バスに移動する。凛香と深雪、めいには先に中に入っていてもらい、優花は一人外で他のメンバーを待つことにした。バスだけ見ても、わからないだろうからだ。
今日は天気が良く、若干暑いが、軽く風が吹いていて気持ち良いので、集合時間までのニ十分ぐらいなら問題はないだろう。
待つこと数分、すぐに優花は知人の姿を発見することができた。
優花が見つけた人物は――――。
「兄貴----!」
だだだだだだだと連続した足音を鳴らして、高速で近づいてくるのは……竜二だった。
「よー竜二! 久しぶり!」
勢いよく走ってくる竜二に、優花も声をかけると、感極まったような顔になった竜二が更に加速した。
「兄貴------!」
勢いよく走ってくる竜二を、優花はひょいっと躱した。
「ちょっ! なんで避けるんすか!」
優花が躱したせいで、勢い余ってこけたり、バスにぶつかったりするようなこともなく、ぴたっと止まった竜二が、ショックを受けたような顔で振り向いた。
「いや、お前……俺が受け止められるわけないだろ?」
「……それもそうっすね」
優花だって男子の平均身長くらいなので決して背が低いわけではないのだが、竜二の方が背はあるし何より筋肉質なので、受け止めきれず、その場に押し倒されるか、吹っ飛ばされるかのどちらかになる……というのは竜二にもすぐにわかったらしい。
「それにしても良く来れたな? 田舎にずっといる予定だったんだろ?」
「来るに決まってるじゃないっすか! 兄貴が誘ってくれたんすから!」
今回の小旅行の話が進むにつれて、深雪以外の生徒会メンバーはそれぞれ都合が悪くなり結局来れなくなり、残ったメンバーは結局優花の知り合いばかり。
竜二だけ仲間外れにするのも可哀想なので、ダメもとで誘ったのだが、無理して来てくれたみたいだった。
「……そっか。今日から三日よろしくな!」
「うっす! よろしくお願いしますっす!」
嬉しそうに笑った竜二に、優花も笑みを返すと、竜二にも先にバスに乗って待っていてもらうことにした。
竜二が来てからは、真央と翡翠も来て軽く話したあとバスに乗り込んでいった。
「後は……二人かな……」
そろそろ集合時間だ。もしかしたら来ないのかとも思ったが、集合時間ちょうどに最後の参加者達が現れた。
「もう! 奈央先生のせいで送れちゃったじゃないですか!」
「あたしのせいにすんなよ! 楓が直前でトイレ行きたいって言ったんだろ!」
「うっ……それはありますけど……でも!」
最後のメンバーは楓と奈央。真央と翡翠と同じくどこかで二人で待ち合わせしてから来たらしい。
「あー……二人共、もう出発するから、話は中で!」
楓と奈央が言い争いを続けるのを見てられず、優花は小柄な二人の背中をずいずいと押して、バスに押し込んだ。
結局メンバーは、優花と凛香とめい、真央に翡翠に深雪に竜二、そして楓と奈央の合計九名。昴はいないものの、ほとんどがマジハイに関係するメンバーになった。
優花もバスに乗り込むと、席をどこにしようか少し悩むことになった。マイクロバスの定員は運転手込みで二十名。一番奥が四席並んでいて、後は右側に二席並び、左側が一席のものが五列。
一番奥に真央を挟むようにして翡翠と深雪が座り、そこから一列空けて楓と奈央が並んで座り、更に一列空けた窓側に竜二、そしてその前の席に凛香とめいが座っている。
ちなみに凛香が窓側で、めいが通路側だ。
席はまだまだ余っているが、とりあえず選択肢としてはめいの隣の一人席か、竜二の隣の席のどちらかで良いだろう。
せっかくなので竜二と話をしておくことにして、めいの横を通って竜二の隣に行こうとすると、
「ゆうかさん、ちょっと」
と凛香に呼び止められた。
「凛香さん? どうかしました?」
「…………」
少し戻って凛香の様子を確認すると、凛香は言いたいことがあるが、自分から言い出すのは負けを認めるようで言えない……みたいな複雑な表情でただ優花の方を見てきた。
……うーん、隣に座れってことでもないよな?
既に凛香の隣にはめいが座っているので空いていない。そしてめいは今珍しく寝ているらしく、椅子に深く座って目を閉じている。
優花が凛香の隣に座るにはめいを起こさないといけないが、そこまですることでもないだろう。
「ええと、よくわからないですけど、すぐ後ろにいるんで、何かあったら呼んでくださいね」
「……はあ……仕方ありませんわね」
じろっとめいの方を責めるように見た後、凛香はため息をついていた。
結局めいの後ろの席で、竜二の隣に座ると、竜二が目を輝かせた。
「兄貴! 隣座ってくれるんすね!」
「まあここ以外ほとんど選択肢ないからな」
後ろを振り返ってみると、楓と奈央が二人で何かしゃべっているし、翡翠と深雪は真央を挟んで何か言い合いをしていて優花が近くに座れそうな雰囲気じゃなかった。
「まあ……そうっすね」
竜二も後ろを見てそれを察したらしく、苦笑いしていた。優花が竜二の隣に座ると、いよいよバスは出発、マイクを持ち、立ち上がった凛香から軽い挨拶があったあと、海には行くが詳しい目的地は秘密にしておくとの説明をされた。
「目的地不明っすか、ミステリーツアーみたいっすね?」
「? ミステリーツアーってなんだ?」
聞きなれない単語に首を傾げると、竜二が丁寧に説明してくれた。
竜二の説明によるとミステリーツアーは、どの道でどこに行くのかがわからない状態で出発するバスツアーで、普通は各地の温泉や観光地に行ったりしながら、次はどこに行くのか予想したりして楽しむものらしい。
「へー、そんなのあるのか……、竜二はよく行くのか?」
「あー……昔は淀のとこの家族と良く行ってたっすね」
「へー、黒岩さんはたしかにそういうの好きそうだな」
ほとんど占い師見たいな淀のイメージ的にミステリーと名の付いたものは好きだろうと予想して竜二に聞いてみると、竜二は微苦笑しながら頷いた。
「そっすね、まああいつの場合は占いで次の目的地割り出して、それが当たるかどうかを楽しむっつうちょっと変わった楽しみ方でしたけど……」
「それはまたすごいな……黒岩さんも来たら楽しめたかもな? 一応誘いはしたんだよな?」
「誘いはしたんすけど、海はダメだって言われたっす。あいつインドア派っすからね」
インドア派っていう理由だけじゃないような気もするけど……まあいいか。
竜二の田舎の話を聞いたり、優花の母親が帰ってきた話や、補習の話なんかをしている内に時間がそれなりに経っていたようで、バスがどこかの港に止まった。
「さ、荷物を持って降りてくださる? 次は船で移動しますわ!」
「……船?」
 




