乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十六
「報酬に見合う正当な仕事ですか……それでは最初にゆうか君から隠れていたのはどう説明するんですか?」
「それは……その……」
言葉に詰まってしまった凛香にめいが更に畳み掛ける。
「そもそもゆうか君は、終業式の日まで執事の仕事の話を聞いていなかったと言っていましたよ? ちゃんとお礼は言ったんですか?」
「い……言ってないですわ」
凛香がそう答えると、今度はめいのため息が聞こえてきた。
「はあ……お嬢様、感謝も好意も口に出さなければ伝わらないものです。そろそろ素直になられてはいかがですか?」
なんだかめいから凛香へのお説教タイムになってきた感がある。
めいは普段は優しくて包容力のある大人の女性という印象だが、怒らせると誰よりも怖い。さすがの凛香もめいには頭が上がらないようで、反論の言葉はぎりぎり聞こえるぐらいの小声だった。
「素直にと言われても……わたくしは素直なつもりですけれど……」
「私から見れば全然素直になれてはいませんね」
凛香の弱々しい否定の言葉を一蹴しためいに、凛香は口をつぐんでしまったようで、反論の言葉もなくなり、少しの間厨房から聞こえてくる音がなくなった。
「……お嬢様。ゆうか君本人に直接感謝を言えないのなら、今この場ではっきりと言葉にしておいた方が良いかと思います」
めいに促された凛香が、吹っ切れたように大きな声でその心の内を言葉にした。
「ああもう! わたくしは、ゆうかさんがすぐに来てくれなくてたしかに面白くありませんでしたわ! それと、また執事の仕事をしに来てくれたことに感謝しています! これで良いんですの!」
めいの本当の狙いは、この言葉を優花に聞かせることだったのだろう。
ああ、良かった……。
なんだかちゃんと凛香に必要とされていたと実感できて胸が温かくなった優花は、部屋を出ると厨房に戻った。
優花の姿を見て凛香が目を丸くし、めいも少し驚いたように目を見開いていた。
「えっ? ゆうかさん? 買い出しに行ったのではなかったのかしら?」
「ええと……買い出しには行ってませんね」
盗み聞きしてしまったことを謝ろうと思ってでてきたのだが、どう切り出したものか迷っていると、凛香は目を細めくるりとめいの方を振り向いた。
「……どういうことかしら? ゆうかさんに買い出しに行くように指示を出したのはめいですわよね?」
凛香に睨まれためいは、にっこりと笑うと何も言わず調理に戻ってしまった。
これ以上口出しをするつもりはないと言うことだろうか。……やっぱり優花が自分で言うしかないらしい。
「ええと……さっきの話なんですけど、実は聞いてたんです」
「さっきの話……今の会話を聞いてたんですの? え? え? ど、どうやって?」
混乱する凛香を連れ、優花が盗み聞きをしていた隣の部屋に行くと、めいが「聞こえますかお嬢様?」と声を出した。その声はばっちり届いていて、全てをようやく理解したらしい凛香の顔が真っ赤に染まった。きっととてつもなく怒っているのだろう。
「ええと、めいさんは俺のためにやってくれただけなので、お嬢様、どうかお叱りはこのゆうかだけに……」
「別に怒っているわけではありません!」
……そうなの?
顔を赤くしてるし、優花のことをすごく睨んでいてどう見ても怒っているようにしか見えなかった。
「いいですかゆうかさん! 今のわたくしは怒っているのではなく、とても照れているのですわ!」
「あっ、はい……すいません」
こんなに堂々と照れていると宣言されたのは初めてで、いまいちどう反応して良いかわからない。
困った顔で頬を掻く優花を見て、言った本人の凛香はまた更に一段と顔を赤くしたあと、厨房から出ていってしまった。
「……うーん、最後のは怒らせちゃったってことで良いんですよね?」
たぶん今度こそ間違いなく怒っていると思ったのだが、めいは肯定も否定もしてくれなかった。
「さあ、どうでしょうか?」
くすりと笑ったあと、めいは調理に戻ってしまったので、優花も隣に並んで調理の続きに戻った。
*****
「はあ、生徒会の皆さんと奥間さんと八手さん……そして真央さんと海ですの」
「まだ行くと返事はしてないんですけどね」
晩御飯の支度を終えて、厨房を出て再び顔を合わせた凛香は、すっかりいつも通りに見えた。色々とあったので逆に吹っ切れたのかもしれない。
今日は掃除用品を買ってから帰らないといけないので、優花は早めの上がり。そろそろ帰る時間なので、海に行く話をすると、凛香は顎に手を当てて少し悩んでいた。
すぐに断られると思っていたので、意外といけるのか? と少し期待してしまったが、凛香は最終的に首を横に振った。
「だめですわね。想像もしてごらんなさい、庶民達が集まる海にわたくしや真央さんが行ったらどんなことになるか……」
どんなことになるか……か。
凛香の言う通り具体的に想像してみると――――やっぱり凛香と海に行くのは無理だとよくわかった。
「凛香さんは美人ですし目立ちますから確実に視線は集めますよね、あとナンパも多く来ますね絶対」
「あなたはそう言うことをまた平然と言って……」
頬を赤く染めている凛香は、今度こそ照れているように見えた。
「それじゃあ海の話は断っておきますね、凛香さんが行かないなら俺も行く理由はありませんし」
少し……いや、かなり残念だが仕方がない。凛香を危険な目に遭わせるわけにもいかない。
「お待ちなさい! 誰も行かないとは言っていないでしょう!」
凛香と一緒に海に行くのを諦めて、早速スマホで深雪へと連絡をしようとしたところ、凛香が阻止してきた。
「えっ? でも今『だめですわね』って言いませんでした?」
「……記憶にありませんわね!」
……追いつめられた政治家みたいなことを言いだしたぞこの人。
これ以上追及してまたへそを曲げられても困るので、とりあえずこのツッコミ所はスルーして先を促すと、凛香はこほんと一つ咳払いをした後、ピンと指を一本立てた。
「庶民が集まる海に行くのは許容できませんけれど、庶民が来ない場所なら問題はないのですわ!」
凛香の言う庶民とは、ほとんど凛香以外の人間全てを指しているので、それが来ない場所となると……。
「ええと……プライベートビーチのことですか?」
いくら家が結構な豪邸だと言えど、プライベートビーチまではないだろと思い冗談で言った優花だが、凛香は「あら?」と首を傾げていた。
「知ってたんですの?」
「え?」
まさか本当にあるのか?
「その様子だと、当てずっぽうというやつですわね。まあ良いですわ!」
ふふんと鼻を鳴らすと、凛香は自分のスマホを取り出した。
「去年わたくしの家のプライベートビーチで撮った写真を見せてあげますわ!」
……プライベートビーチで撮った写真? ……もしかして去年の凛香さんの水着姿が映ってるのか?
凛香の水着姿を想像し、期待に目を輝かせ、わくわくしながら凛香がスマホの操作を終えるのを待ったが、凛香に見せられたのは、綺麗なビーチの写真だった。
「ご覧になって! このどこまでも広がる青い海と、白い砂浜のコントラストを!」
「……ソウデスネ、キレイデスネ」
たしかに写真はどこかの写真展で飾られていてもおかしくない程綺麗だったが、優花の期待していた方向とは違ったためがっかりしたのが表情と言葉に出てしまい、凛香にばれてしまった。
「……どうしてがっかりしてらっしゃるのかしら?」
本気で首を傾げる凛香に、苦笑いを返しながら話を先に進めることにした。
「ええと、話の流れ的に、凛香さんのこのプライベートビーチなら一緒に海に行ってくれるということですかね?」
「ええ、特別にゆうかさんと真央さん、そしてその他の庶民を連れて行ってさしあげますわ!」
執事をしている優香と、友達になりたい真央が特別扱いなのはわかるが、凛香さんの中ではマジハイの攻略キャラである翡翠や深雪すらその他大勢の扱いになるらしい。
今更ながら乙女ゲームの悪役令嬢としてそれで良いのか? と思わなくもないが……まあマジハイのゲーム中でもわりとこんな感じだったのでたぶん問題はないのだろう。
 




