乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十五
結局笑っていた時、凛香が何を考えていたのかはわからないままだが、機嫌は直ったのかなと思っていたが……そんなことはなかった。
海のことは帰り際にでも言えば良いだろうと、早速凛香に言われた通りゲストルームの掃除を始めると、本を持ってきた凛香が、ちょこんとゲストルームの椅子に座った。
「ええと……お嬢様?」
綺麗な姿勢で本を読んでいる凛香に優花がおずおずと話しかけると、凛香の目が本から少しだけ離れ優花を見た。
「なんですの? 話しかけないでくださるかしら?」
さっき笑っていた人とは思えない程、冷たい凛香の対応に優花は頬を掻きながら謝るしかなかった。
「はあ……すみません……」
やっぱり凛香の機嫌は直ってはいなかったということだろう。さっきは両親の話で少しだけ自分が機嫌が悪いことを忘れていたとか、そういうことなのかもしれない。
なんでわざわざここで本を読むのか聞きたかったのだが、まあいつもみたいに優花の仕事の監視とかだろう。
話しかけるなと言われたので、凛香に話しかけるのはやめ、黙々と掃除をすること十分弱。元々掃除が行き届いてて、ゲストルームなので物もあまりないので、それほど時間はかからなかった。
「終わりました、お嬢様」
「……でしたら次は隣の部屋ですわ」
「わかりました」
本から顔を上げずに告げられた凛香の指示に素直に従い、掃除を開始すると、また数分と経たないうちに凛香がやってきて、部屋の椅子に座る。
いつもだったら掃除しつつも少しは話したりするのだが、今日は凛香が本を読んでいるためそれもなくただ黙々と掃除をする優花と、ただただ本を読む凛香が何故か同じ部屋に居るという謎の状況がそのあとも続いた。
結局ゲストルームを五個、時間にして一時間程の掃除を終えたところで、優花は掃除用具を片付けた。
そろそろ夕飯の仕込みをする時間だったからだ。
「それではお嬢様、失礼します」
「……ええ」
いつもより素っ気ない凛香の返事に、まだ機嫌が悪いことを察しながら優花が厨房に行くとそこにはめいがいた。
「ゆうか君、お疲れ様です」
「お疲れ様です、めいさん」
今日のメニューはシチューにパン、そして二種類のサラダ料理。優花はめいと作業を分担しながら料理を始めると、めいが料理をする手を止めずに話しかけてきた。
「お嬢様の様子はどうでしたか?」
「どう……うーん……」
どう答えたものか答えに窮していると、めいがぴたりと料理の手を止め優花の方を振り向いた。
「その様子では、どうやらまだお嬢様のご機嫌は回復できていないようですね」
「……すいません」
優花も手を止めて謝ると、めいはやんわりと首を横に振った。
「いえいえ、謝る必要はありません。それより状況を教えてもらえますか? お話はできたんですよね?」
「ええまあ……少しは……」
それから、凛香が何故か優花から隠れるようにしていたこと、見つかってからは掃除を命じて、何故か同じ部屋で本を読んでいたこと、そして優花の両親が帰ってくる話を聞いて何故か笑っていたことをめいに伝えると、めいは「なるほど……」と一言だけ漏らし、目を閉じた。
長考する時のめいの癖だと知っているので、思考の邪魔をしないように優花は調理に戻る。
ちなみに優花の担当はサラダ作りで、野菜を適度な大きさに切り、彩りを考えて皿に盛るだけ、あとはソースをかければ出来上がり……ではあるのだが、これがまた難しい。
大きさはバラバラになってはいけないし、彩りも適当ではいけない。めいからは芸術品を作っていると思うようにと言われているが……美術の才能が無く、芸術品など作ったこともない優花にはなかなか難しい注文だ。
優花が野菜を切り終えると、ようやくめいは目を開けた。どうやら思考が終わったらしい。
「お嬢様のご機嫌を瞬時に回復する策を思いつきましたよ」
おお、さすがはめいさんだ……。
自信満々に笑うめいに感嘆していると、メイド服のポケットからメモ帳とペンを取り出しためいがさらさらと何かをメモ帳に書き始めた。メモ帳から紙を一枚剥がし、裏にも何かを書いたそれをめいにぽんと渡される。
「それでは、これより優花さんには買い出しに行ってもらいます! 近くのスーパーですのであまり時間はかからないと思いますから!」
話し相手の優花が隣にいるのに、めいは声を張ってそう言うと優花の背中を押した。
「さ、行って来て下さいね! ああ、それとちゃんと裏も見るようにお願いしますね」
「裏ですか? ……わかりました」
何がなんだかよくわからないが、とりあえずめいの指示通り買い物に行こうと、厨房を出ようとすると、いつの間にか厨房の出入り口には凛香が立っていた。
「お嬢様? どうかされました?」
厨房に何か用でもあるのだろうか?
とりあえず優花は凛香の前を塞がないように、すぐさま体を横にして凛香に道を譲ると、凛香はそれをちらっとだけ見てから歩を進め、優花の前で少しだけ足を止めた。
「めいに少し話があっただけですわ、それより買い出しに行くのでしょう? 早く行った方がよろしいのではなくて?」
それだけ言ってから、凛香は調理を続けるめいの元へ行ってしまった。
凛香が優花がこれから買い出しに行く件を知っているのは、めいの声が聞こえていたからだろう。元々出入り口に立っていたのなら声は聞こえてもおかしくはない。
……いや、めいさんが声を張ってたのは凛香さんにわざと聞かせるためだったからか?
たぶんそれで正解だと思えた。
何故優花が買いだしに行くと凛香にこんな形で伝えたのかは気になるが、凛香の言う通りさっさと買い出しを済ませるべきだろう。
「……そうですね。それではお嬢様、失礼いたします」
礼と共に凛香の背に声をかけ、今度こそ厨房を出る。
「それにしても、何で急に買い出しなんだ?」
今日のメニューに不足している材料もなかったので、買い出しに行く必要はなかったはずだ。
それなら話の流れから考えて、凛香のご機嫌を取る為の何かの買い出しという可能性が出てくるが、そんなものあるだろうか?
もしかしたら凛香が好きな食べ物や、おやつでも書いてあるのかもしれないと優花が渡されたメモを見てみると、書いてあるのは何故かカレーの材料だった。
「……夕ご飯はカレーにするのか?」
もしかして凛香はカレーが好きなのかと思いつつ、メモをポケットにしまおうとして、裏も見るように言われたことを思い出した。
「っと、裏はっと……」
メモ帳を裏返して確認してみると、そこに書かれていたのは……。
「『買い出しは嘘です。隣の部屋で待機していてください、物音は立てないように』ってなんだこれ?」
めいからの謎の指示に困惑しつつも、とりあえず指示通り、音を立てないように厨房の隣の部屋に入り静かにしていると。
――――声が聞こえてきた。
「お嬢様、せっかくゆうか君が来てくれたのに、どうして意地悪をしているんですか?」
「べっ、別に意地悪などしてませんわ! 報酬に見合う正当な仕事をしてもらっただけですわ!」
どうやら聞こえてきているのは厨房のめいと凛香の会話のようだった。
「あー……そういうことか……」
つまりめいの思いついた作戦とは、優花に二人の会話を聞かせることだったのだろう。
なんだか盗み聞きをしているようで(実際に盗み聞きしている)凛香に悪い気はしたものの、何を話すのか気になったのでそのまま二人の会話に耳を傾けた。




