乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十三
「……ゲームに無い展開になる時って、大体俺が関係しているような」
思い返してみれば、大体いつも優花の行動や言葉が影響して、ゲームには無かったイベントが起こっている。
優花の気のせいというわけでもなさそうだった。
これを意識的に上手く利用することができれば、もしかして凛香さんのバッドエンドの運命を変えることができるのか?
「灰島? 何をぶつぶつと言っているんだ?」
「あっ、いや、何でもないです。それより海に行くって何人くらいで行くんですか?」
そうえば海に行かないか? という話だったと思いだし、とりあえず今思いついたことは、心の片隅にメモしておくことにした。
「ああ、生徒会のメンバーからは自分を含めて五人と八雲と奥間そして八手で現在八名だな」
「結構いますね……」
真央と翡翠、あと楓が参加するのか……。
正直、また楓が何か企んでそうで嫌な予感しかしないが、海には行きたかった。それも漠然と海に行きたいのではなく、明確な理由があった。
凛香さん来てくれるかな……。
終業式の日、優花が補習の鬼の補習を受けると知った後、凛香から「補習と追試に集中しなさい」と言われ、追試が終わるまで一切の連絡を禁じられていたため、本当に全く連絡を取っていなかった。
追試も終わりせっかくの夏休み、優花としては凛香と夏らしいことをしたかった。
海に行くなんていうのは、夏らしいことの代表的なイベントなので是非凛香と行きたかったが、凛香が来てくれるとは限らない……と言うか十中八九来てくれないだろうと予想できたので、深雪の海への誘いは保留にしてもらい、深雪とは少しだけ奈央の話をしながら歩いた後別れた。
「さて……どうするか……」
ようやく家に帰ってきた優花が思いついた取れる選択肢は、四つ。
一つ目は疲れたのでこのまま寝てしまうという選択肢だが、もちろん却下。
二つ目は今すぐに凛香の家に行くというもの。追試が終わったらまた執事のアルバイトをするとは言ってあるので、別に今日から行っても良いわけだが……問題は一つ、花恋によれば三日後にこの世界のゆうかの両親が家に帰ってくることだ。
「まだ全然掃除してないな……」
掃除をしておくように言われたらしい花恋に押し付けられた家の掃除を、優花はまだまったく手をつけていなかった。
補習と追試でそれどころじゃなかった……わけでもない。単純に面倒くさかったのでやらなかっただけだ。
『凛香の家にすぐに行く』という二つ目の選択肢をあきらめると、優花は三つ目の選択肢である『さっさと家の掃除を済ませる』をしようとして、ぴたりと動きを止めた。
「いや、先にメールはしておいた方が良いか……」
優花が思いついた四つ目の選択肢は『凛香に先に連絡を入れておくこと』であり、それは別に掃除の前に済ませてしまえば良かったことに今更気が付いた。
こんな簡単なことにも気が付かなかったなんて、やっぱり少し疲れているのかもしれない。
「さて……文面はどうするか……」
まずは補習と追試が終わったことを報告し、次に海へと誘うのか、あるいは先に両親が帰ってくるので、泊まり込みでの執事の仕事は難しいということを説明するか。
それとも、大事なことなので直接伝えるためにメールではとりあえず補習と追試が終わった件だけ報告するか。
しばらく悩んだ末、結局メールでは補習と追試が終わったことだけ伝え、後で家に行くことをメールしておいた。
「これでよしっと……」
メールをし終わり、とりあえず軽く掃除をしてから凛香の家に行こうと思い、家の掃除用品を確認する。凛香の家では多種多様な洗剤や掃除用具が何でもあるが、優花の自宅ではそうはいかない。
「んー……やっぱり色々買わなきゃだめそうだな……」
家にあったのは使い古した雑巾が一つと、残り少ないお風呂用の洗剤が少しだけ。これではちゃんとした掃除は不可能だ。
掃除できないので優花はこのまま凛香の家に行くことにした。凛香の家から帰ってくる時にでも商店街に寄って掃除用品を買えばいいだろう。
必要なもののリストアップが終わり、全てをスマホにメモしてから優花は凛香の家に行くために着替えた。
「あっ、そう言えば花恋はいるのか?」
色々と考えていたので、すっかり頭から花恋の存在が抜け落ちていたが、そう言えば帰って来てからまだ顔を見ていない。
花恋がいつも使っている靴は玄関にあったので、一応家にはいるはずだが、いつもなら飛んでくるのに今日はそれがなかった。
凛香の家に行く前に一応一緒に行くかどうか聞こうと、優花が自室を出て、花恋の部屋のドアを叩こうとしたところで、聞こえてきた音に動きを止めた。
「……はあはあ……ふう……」
花恋の部屋の中からなんだか荒い息が聞こえてきていた。中で何をしているのか想像した優花は、ぎこちない動きでドアを叩こうと上げていた手を下ろし、くるりと体を回転させ自室に戻ろうとしたところで、足がもつれてその場で盛大にこけてしまった。
「いったぁ!」
とっさに左手を地面についたので、頭をぶつけるとか、まだ折れている右手を痛めるとかはなかったものの、膝は思いっきり地面にぶつけて思わず声が出てしまった。
がたっ!
優花の声を聞いて、花恋の部屋の中で驚いたような音がして、すぐにがちゃりと花恋の部屋が開いた。
「……はあ……あれ? ……はあはあ……お兄ちゃん……はあ……帰って来てたんだ」
荒い息で途切れ途切れに話す花恋は半袖に短パンとラフな格好をして、肩で息をしていた。
「あっ……あはは、今帰ってきたところなんだ」
ひきつった笑みでずりずりと自分の部屋に戻ろうと体を引きずると、花恋は荒い息のまま小首を傾げていた。
「……はあ……お兄ちゃん? ……どうしたの?」
「いや、別に? なんでもないんだ! じゃあな!」
ばっと立ち上がり、その場を離れようとした優花だったが、花恋に腕をつかまれてしまい、逃亡はできなかった。
「何で逃げるのお兄ちゃん?」
「いや、だからその……」
焦って何と言うべきか迷っている内に、花恋の方でなんとなく状況を察したらしい、すぐに呆れたような目になり優花をじとっと見てきた。
「お兄ちゃん何か勘違いしてない?」
……勘違い?
目をぱちくりとさせ花恋を見ると、花恋の呆れはより深くなったみたいだった。
「その顔はやっぱり勘違いしてたっぽいね……」
はあと露骨にため息をついた花恋は優花の手を離し、自分の部屋の扉を開けた。
「ほら、入っていいよお兄ちゃん、わたし別に変なことしてないし」
「……えっと」
ぽりぽりと頬を掻きながら優花は、花恋の言う通り花恋の部屋に入ると、そこにあったのは女の子っぽい部屋には似つかわしくない運動用のマットと、ペットボトルを利用した四キロぐらいのダンベルがあった。
「ええと……筋トレしてたってこと?」
「にははっ! その通り! 今筋トレがブームなんだよ? 知ってた?」
ふにゃっとした力こぶを作り見せてくる花恋に優花は心の底から安堵し力が抜けた。
「なんだ、良かった……同人誌読んではあはあしてるのかと……」
花恋の部屋から荒い息が聞こえてきて、優花がしてしまった想像は、花恋が十八禁同人誌を熱中して読んでいるというもので、どうやらそれは本当に勘違いだったらしい。
「にははっ! そんなわけないじゃん!」
元気よく否定してくれた花恋だが、その目は何故か明後日の方向を向いていた。
……この様子を見るに、どうやらはあはあしていることはあるみたいなので、これからはもう少し気を付けなきゃいけないみたいだ。




