乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六十二
「髪型変えても良いですか? たぶんそれですごく似合うようになると思うので」
試着室は決して狭くはない、いやむしろ二人で入ってもまだスペースがあるくらいには広いのだが、それでも個室。
ゆうかとの近すぎる距離に硬直している凛香が黙っているのを了承だと思ったらしく、ゆうかは凛香のハーフアップの髪型を一度解くと、全ての髪の毛を束ねたポニーテールに結いなおした。
ゆうかは折れた指の骨をまだギプスで固定しているため、多少時間はかかったものの、綺麗に凛香の髪を整えると後ろから鏡を覗き込んできた。
「んー……ロールした髪が残って可愛い印象は少し残っちゃいますね」
「か、かわ……」
あまり言われたことのない褒め言葉をもらい、凛香が赤くなってうつむくと、ゆうかは更に追撃をかけてきた。
「でも、すごく似合ってますよ。いつもとは違った魅力があると言うか」
「そ、そうですか……」
口元が自然に緩みそうになるのを慌てて頬を手で抑えることでふせぐ。
ゆうかに軽くメイクもしてもらうと、男装の違和感はなくなった。自分が本当に男性になってしまったみたいで、なんだかとても変な感じがする。
「せっかくですしそのまま歩いてみませんか?」
「ええ、良いですわ……」
少し恥ずかしいものの、褒められて浮かれていた凛香が試着室を出て、外を歩くと……早速声をかけられた。
「わあ! すっごくクオリティ高いですね! 写真良いですか?」
「クオリティ? ええと……」
ぐいぐい来る女性に気圧されて凛香が助けを求めるように隣のゆうかを見ると、ゆうかは微笑みを返してきた。
「凛香さんのことを写真に撮りたいみたいです。どうします?」
「……構いませんわ」
写真に撮られるのは別に苦手ではないため、凛香が了承すると早速パシャパシャと写真を撮り始めた。
ゆうかは少し離れたところで見ていて、写真に撮られていることよりも、写真に撮られているのをゆうかに見られている方が無性に恥ずかしくなった。
「最後に一緒に記念写真も撮っても大丈夫ですか? 最後はポラロイドカメラで撮りたいんですけど!」
「あっ、じゃあ私が撮りますよ、良いですよね凛香さん?」
「……まあ、良いですわ」
仕方なく凛香が了承すると、女性は「やった!」とガッツポーズをすると、手に持っていた変わった形のカメラをゆうかに手渡してきた。
「……ポラロイドカメラなんてまだ売ってたんですね」
「ゆうかさん?」
「ああ、すいません。なんでもないです」
何かをつぶやいたゆうかに凛香が首を傾げると、ゆうかは慌ててカメラを構えた。
「二枚撮ってください! 一枚さしあげますので!」
「はーい、凛香さん笑ってくださーい」
急に笑えと言われましても……。
笑うことを意識した途端、なんだかどうやって笑えば良いのかがわからなくなり、結局中途半端に頬を上げただけで写真を二枚撮られてしまった。
「あっ、お二人の写真もどうですか?」
「良いんですか?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
そしてその後今度は凛香とゆうかを写真に撮ってくれることになり、ゆうかと二人並ぶ。
「はーい、撮りますよー! 笑ってくださーい!」
ゆうかと並んですぐに撮った写真をもらい見てみると、いつもとは男女が逆転していて、なんだか面白い写真になっていた。
……そう言えばちゃんと笑えてますわね。
写真の中で凛香が自然と笑うことができているのは……ゆうかが隣にいたからかもしれない。
写真を撮るとすぐに、カメラを持った女性は礼を言ってどこかに行ってしまった。
「良い写真が撮れましたね」
「ええ、でも一枚しかありませんわね……」
もらった写真は一枚だけ。
あとでスマホで画像を送ってくれれば良いと、結局凛香が写真をもらうことになった。
その後も男装した凛香と、女装したゆうかは二人でコスプレ会場内を巡り、何度か写真を撮られている内にようやく写真を求める人の集団から解放された翡翠と合流をすることができた。
「……優花さんこいつは?」
合流した翡翠はゆうかを一人にしていたことを謝りもせずに、凛香をじろじろと見たあと、すっと目を細め凛香を睨みだした。
さすがに頭に来た凛香も視線を鋭くして睨み合っていると、ゆうかが頬に手を当てて苦笑していた。
……いつにもまして攻撃的ですわねこの男! ……そう言えばわたくし今男装してるんでしたっけ。
このまま睨み合っていても仕方がないので、凛香が正体を明かすために、束ねていた髪を解いて髪型をストレートにすると、翡翠は目を白黒させた。
「えっ? あ、アイスクイーンか?」
「……その名で呼ぶなと何度も言ったはずですが? まだわからないようですわね……」
一年生の時についた不名誉なあだ名を口にする翡翠に眦をつり上げると、翡翠が気圧されたように一歩後ずさった。
ふふん! 勝ちましたわ!
凛香が内心で勝ち誇ると、翡翠は悔しそうに小さく舌打ちをしていたがすぐにぴたりと動きを止めた。
「……いや、そもそもなんで虚空院がここにいるんだ?」
「…………」
まあ、そうなりますわね……。
初めから凛香に来るなと言っていたゆうかはともかく、翡翠は凛香が来るなんて予想もできなかったわけで……。
凛香が答えられないでいると、翡翠は一人で勝手に納得し頷いていた。
「……そうか。まさか虚空院が腐女子だったとはな!」
「なってません! わたくしは花恋さんに付き合っているだけですわ!」
腐女子というのが相変わらず何なのかはまだ教えてもらっていなかったもののとっさに否定すると、翡翠は目をぱちくりとさせていた。
「え? 同士の妹が来てるのか?」
……そう言えば花恋さんは、翡翠さんの誘いを断っていたんでしたね。
事前に聞かされていたことを思い出し、凛香が下手なことが言えず口をつぐむと、ぱんぱんとゆうかが手を打ち鳴らした。
「はいはい、そこまで。二人共コスプレを返して花恋さんを探して帰りますよ」
「わかったぜ優花さん!」
「ええ、そうしましょう」
レンタルしていたコスプレを返し、いつのも格好に戻ると、翡翠は手に大量の荷物を持って待っていた。
「……奥間さん? その荷物は何ですの?」
「ん? 戦利品に決まってるだろ? 見るか?」
……戦利品?
なんとなく嫌な予感がしながらも、凛香が翡翠の持っていた袋を覗き込むと、そこに入っていたのは、大量のBL本。
十八禁の文字が表紙に描かれたものが多く、あまりに露出が多いその表紙を見て凛香はすぐに顔を真っ赤に染めた。
「なんてものを見せるんですの! この男!」
羞恥と怒りで手を振り上げ、翡翠の頬を叩こうとした凛香の手を、ゆうかが優しく止めた。
「凛香さん落ち着いてください。翡翠さんもあまり刺激が強いものを凛香さんに見せちゃだめですよ?」
ゆうかに制止され冷静になった凛香は手を降ろし、悪気は無かったらしい翡翠はばつが悪そうに頭を掻いた。
本当に最低ですわねこの男……。
頬を打つのは止めたものの、凛香の中で翡翠の評価が最低になったのは変わらない。
ゆうかは蔑むような目で翡翠を見る凛香と翡翠の間に立ち、花恋を探すために先を促してきた。
翡翠を待っている間にいつの間にか花恋からも連絡が来ていて、内容を確認すると二階にいるとのことだった。
三人で二階へと移動する途中、翡翠が凛香の隣に並んできた。
「ところで虚空院はいつ優花さんと知り合ったんだ? 同士に紹介されたのか?」
「……ええと」
なんと言えば良いのでしょう。
翡翠は女装したゆうかを『優花さん』として別の人だと思っているのが今の質問だけでわかった。
女装しているだけだと事実を告げても良いが、ゆうかが女装を解いた後で嫌な顔をするかもしれない。
「……花恋さんに紹介されたのですわ」
結局翡翠の勘違いを正すことはせず、適当なことを言うと、翡翠は納得顔で凛香の隣からゆうかの隣へと戻っていった。
三人で二階に移動すると、既に花恋が両手に荷物を持って待っていた。
「にははっ! 待ってたよ!」
 




