乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六十
花恋さんが変な道に走らないよう、しっかり教育をしてさしあげなくてはと使命感に燃えている内に、凛香はゆうか達を既に見失っていたことに気が付いた。
「ゆうかさんは……いませんわね。花恋さんを置いて帰るわけにもいきませんし……」
ちらっとイベント会場を見ると、なんだかとてもエネルギッシュに買い物をしている人達が多かった。中には本を買って大喜びで握手までしている人もいる。
「……ふう。仕方ありませんわね、ゆうかさんと花恋さんを見つけて早々に帰りましょう」
このままここで待っているくらいならと凛香はゆうか達を探しに行くことにする。
「まあ、奥間さんは目立ちますからすぐに見つかるでしょうけれどね……」
イベント会場を一人で見て回ることにしたものの、なるべく人がいない所を選んで歩く。
まさかゆうかさんと奥間さんが来た場所がこんな場所だったとは思いませんでしたわ……。
見て回るうちに、ここがどういう場所なのかより理解が深まっていく気がした。
「どうしてゆうかさんが女装をしたのかわかる気がしますわね……」
男性同士の恋愛を描く作品を売っている場所に、男性二人で行くのはさすがに嫌というのはわかる。
それなら断ればよろしいのにとも思いますけれど……まあゆうかさんはお優しいですから、断り切れなかったのでしょうね……。
誰に対してもなんだかんだ言って優しいのはゆうかの良いところでもあり、悪いところでもある。
「わたくしだけに優しくしてくれれば良いのに……」
自分でつぶやいた言葉にはっとして凛香はぶんぶんと頭を振った。
「いえいえ、これは決してわたくしがゆうかさんを慕っているとかそういうわけではなくてですわね!」
誰に言い訳をしているのか、一人で悶々としている凛香の前に――――――――何故かゆうかが一人で現れた。
「……凛香さん? どうしてこちらに?」
一瞬驚いた顔をしたゆうかだが、すぐににっこりと笑顔になる。
本当に女の子に見える綺麗な笑顔ではあるものの……眼が笑っていない。
「ええと……これは……その……」
たまたま、同じ方に来てしまっただけという言い訳もできず、あたふたしていると、ゆうかは、はあとため息をついて、凛香の手を取った。
「凛香さんはここに居ちゃだめですよ。ほら、出口まで行きますよ」
ゆうかに手を引かれ、凛香が危うくそのまま会場を出ていきそうになったが、まだ花恋と合流してなかったことを思い出して、慌ててゆうかの手を引いて止めた。
「あっ、ちょっとお待ちになって! ええと、ここには一人できたわけではなくてですわね……」
「一人じゃない? あっ、もしかして師匠ですか?」
師匠というのはもしかしなくてもめいのことだろう。
女性らしい仕草を習得している内に、女装中のゆうかはめいのことを師匠と呼ぶようになっていた。
「いえ、めいでは無くてですわね……」
はたして、花恋と来たことをゆうかに言っても良いものかどうか迷っている内に、凛香が迷っているその様子を見てゆうかは察してしまったらしい。
「……その反応……花恋ですね?」
「う……は、はい……」
上手く誤魔化せず、正直に認めると、ゆうかは再び深いため息をついていた。
「もう、仕方ない妹ですね。仕方ありません。花恋を見つけたら二人で帰ってくださいね」
「えっ、いや、それは……その……」
花恋と二人で帰らされては、ゆうかが翡翠と完全に二人っきりになってしまう。今のゆうかを別人の女性だと思っている翡翠と二人にしておくわけにはいかなかった。
「せっかくですし、一緒に回りませんこと?」
苦し紛れにそう言うと、ゆうかは目をぱちくりとさせ、びっくりしていた。
「えっ? 凛香さん? このイベントがどういうものかはさすがにもうわかっているんですよね?」
「ええ、BLがどういうものかは花恋さんに教えていただきましたわ?」
「それなのにまだ見たいんですか? ……もしかして凛香さんも…………花恋同様腐女子になったんじゃ」
悲しそうにこっちを見るゆうかに、凛香は勘違いなさらないでと、否定しておくことにした。
「腐女子というのが何かは存じませんけれど、要するにBLというのは男性同士の同性愛を描いた作品なのでしょう? 特におかしいとは思わないだけですわ。……まあ性的な描写は花恋さんにはまだ早いと思いますけれど」
「……凛香さんが特別BL好きになったわけではないんですね?」
「ええ、違いますわ。わたくしは異性が……」
そこまで言いかけて、自分は何を言いだすつもりなのかと凛香は顔が真っ赤になった。
「良かった。花恋も翡翠さんもBLがお好きと聞いて不安になってしまいまして……」
「……そ、そうですか」
赤い顔をパタパタと手で扇ぎながら、凛香ははぐれないようにゆうかと手を繋いだまま、会場を回った。
「ゆうかさんはどうしてお一人なんですの? つい先ほどまで奥間さんと一緒にいましたわよね?」
「ええ、そうなんですけど、翡翠さんったら、会場に入った瞬間からすごく興奮してしまったみたいで……私と来たことを忘れて一人で行ってしまったんですよ」
「あら、それは大変でしたわね」
「もうこのまま帰っちゃおうかなとも思ったんですけどね」
くすりと笑って凛香を見るゆうかの視線に何故か耐えられず、凛香はゆうかから視線を逸らした。
「それにしてもいませんね翡翠さんも花恋も、どこにいるんでしょうか?」
「そうですわね……」
ゆっくりと時間をかけて会場のほとんどを見て回ったものの、二人は翡翠も花恋も見つけることはできなかった。
……どういうことですの? もう帰ってしまったのかしら?
ちらりと凛香が自分のスマホを確認すると、花恋からの連絡は来ていないかった。
さすがに、わたくしに何の連絡もせずに花恋さんが一人で帰るわけはありませんわね……。それならどこに……。
花恋と翡翠は一体どこに行ってしまったのかわからず、とりあえずゆうかと凛香は一度会場の外に出てそれぞれ翡翠と花恋にどこに居るのかと聞くために電話したが、二人共出なかった。
「会場内はマナーモード必須ですし、電話は禁止ですからまあ出ませんよね」
「ですわね……」
「とりあえず、二人にはメッセージだけ送っておきましょうか」
「わかりましたわ」
スマホを手早く操作し、花恋にメッセージを送った凛香は、ゆうかがスマートフォンを操作するのに少し苦戦しているのに今更気が付いた。
操作には直接使わないとは言え、骨折している人差し指と中指には包帯が巻かれて固定されているため、動かしづらいようで、ゆうかは何度もスマートフォンを落としそうになっていた。
落とさないようにカバーにつけたストラップを付けているとは言え、このままではカバーからスマートフォンが落ちて、壊れてしまう可能性すらある。
し、仕方ありませんわね……。
「……わたくしが打ちますので貸してください」
凛香が素っ気なくそう言うと、ゆうかは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、凛香さん。凛香さんは本当に優しいですね」
「ゆうかさんが骨折したのは、わたくしを助けるためでしたから仕方なくですわ! 特別ですわよ!」
ゆうかからスマートフォンを受け取り、代わりに翡翠にメッセージを打とうと画面を見ると……翡翠との今までのメッセージの内容を見ることができた。
「…………」
翡翠がメッセージ上でも、妙に偉そうで無礼なのはまあ許しておくとして……問題はゆうかの方だ。
ゆうかのメッセージは絵文字やスタンプがふんだんに使われた、可愛らしいもので……とても男性のメッセージとは思えなかった。
「ん? ああ、それは昨日打ったものですけど……何か変ですか? 師匠の教え通りに打ったんですけど……」
「……わからないのなら良いのですわ」
このイベントが終わり、女装を解いた後に本当にゆうかが元通りになるのか心配になってきた。とりあえず翡翠にどこに居るのかとメッセージで問い掛けると、電話の時とは違い答えはすぐに返ってきた。
『今はコスプレ会場にいるぜ!』




