乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十五
……まじか。
女装前と後を見比べてみても、全くわからない。明らかに一人筋肉質ででかい男子がいるのだが、その男子すら、どの女装をしているのかわからなかった。
「このレベルでないと生徒会として許可はできないからな、その卒業生の連絡先がわからない以上、もう開催は不可能と言うしかないだろうな」
まあ普通はそうだが、優花は同じくらい……いや、それ以上に女装をさせるのが上手いめいを知っている。
ただ、女装コンテストを開催することに一抹の不安を覚え、言いだすべきかどうか、少し迷った。
……なんだかんだで、参加させられそうな気がしたからだ。
「……もしかしたら不可能じゃないかもしれません。凛香さんのメイドのめいさんが、同じくらいメイク上手いんで」
結局、せっかく相談してくれた深雪の信頼を裏切ることができず、優花がめいのことを言うと、深雪は目を見開いていた。
「……すまんがにわかには信じられんな。虚空院のメイドというと、この前灰島の家に居たあの女性か?」
「ああ、そう言えば一応会ってはいるんでしたっけ。めいさんならもしかしたらもっと上手く女装させられるかもしれませんよ」
「……そうか、それならば開催はできるかもしれんが、その女性に許可を取る必要があるな。連絡は取れるか?」
優花がめいに電話をかけると、めいはすぐに出てくれた。
「ゆうか君? どうしたんですか?」
「えっと、少し話がありまして……」
何と切り出すべきか迷っていると、深雪がこほんと咳払いをして優花の注意を引き、手を差し出してきた。
どうやら電話を代われと言っているらしい。
「すいません、六道生徒会長に電話代わります」
優花が自分のスマホを渡し、深雪とめいが話すこと数分。話はまとまったらしく、深雪は礼と共に通話を切った。
「とりあえず、女装の腕を見せてもらうことになった。腕が良ければ生徒会の企画は灰島の提案通り白桜学院女装コンテストでいこうと思う」
たしかに開催前に一度深雪の目で実際に見てもらった方が早いだろう。
……というか女装の腕って地味にパワーワードだな。
「そうですか。じゃあ、俺はこれで……」
そそくさと帰ろうとすると優花の前に深雪が立ちふさがった。
「これから自分と一緒に虚空院の家に行くぞ」
「……俺もですか? というか今から? 今度で良いんじゃ……」
たしかに話は早いほうが良いが、まだ時間はあるんだし、すぐに行く必要もないはずだが……深雪はすぐにでも話を進めたいらしく、取り合ってくれなかった。
「灰島の紹介なのだから当然だろう。ほら、さっさと行くぞ、帰りが遅くなる」
「ちょっ! ちょっと待っ!」
深雪に連れられ、生徒会室を後にし、三年生の教室棟を出て、そのまま凛香の家へ。既に帰宅していた凛香にはめいから事情を話してくれていたらしく、優花達が来ても凛香は出てこなかった。
もしかしたら、風邪が後をひいているのだろうか。あとで様子を見に行った方が良いかもしれない。
挨拶もそこそこに、早速めいの女装の腕を見せてもらうことになった。
「それでは、ゆうかくん。こっちへ」
天使のような笑顔を見せながら手招きするめいに、優花は一歩後ずさった。
「いや、俺は……」
「灰島。お前の推薦だろう、最後まで責任を取ってもらおうか」
「いや、責任って……」
「大丈夫ですよゆうか君。ちゃんと可愛くしてあげますから……」
深雪には睨まれ、めいの笑顔はいつになく怖い。
……やっぱり逃げよう。
別に女装するなら優花じゃなくても、深雪が自分でやれば良い。
逃げようと二人に背を向けた優花の前に、いつの間にか部屋から出てきていた凛香が立っていた。
「あら、ゆうかさん。どこに行くつもりですの?」
「……り、凛香さん」
くすっと笑った凛香に、骨が折れていない方の手を取られた。
「せっかくですので、わたくしが衣装を選んでさしあげますわ!」
他の人はともかく、凛香には逆らえず、優花は結局そのまま女装をするはめになってしまった。
「……これは……たしかにすごいな」
「素材が良かったというのもありますが……」
「……ゆうかさん。あなたもう女性として生きた方が幸せなのでは?」
優花の女装姿を見た三人が口々に感想を言っているのを聞きながら、優花は鏡で自分の姿を確認した。
柔らかく若干透けのあるシフォン生地の袖のついた紺のワンピース。男子としては細い脚には黒のストッキングを履かされ、髪はロングの茶髪のウィッグ。
元々女っぽい顔は、メイクにより違和感なく更に女性らしくなっている。自分でも怖いくらいの変身ぶりだった。
「あの……もういいですかね……」
もう何でも良いから、さっさと終わらせてほしかったが、深雪は参考になるからとスマホで写真を撮り始めた。
「あっ! ずるいですわ!」
深雪に負けじと凛香もスマホで女装姿の優花を撮り始め、終いには……。
「私も失礼しますね」
スマホではなく本格的な一眼レフカメラを持ってきためいが撮影を始めてしまい、終わった頃には外はすっかり暗くなっていた。
「それでは、今日はありがとうございました。後日詳しく話を詰めさせていただきますので」
「はい。よろしくお願いしますね」
とりあえず文化祭の生徒会企画は女装コンテストで決まったらしい。
良かった言うべきか、そもそも発案しなきゃ良かったと言うべきか少し迷うところだ。
深雪とは帰り道の途中で別れ優花はようやく家へと帰れた。
家の前まで来ると、何故か玄関先で花恋が待っていた。
「お兄ちゃん! やっと帰ってきた!」
「ん? 花恋? どうしたんだ?」
「お友達のイケメン来てるよ!」
友達のイケメン? 誰だ?
友達と言って一番に思い浮かぶのはやはり竜二だが、花恋と竜二は既に知り合いなのでそんな呼び方はしないだろう。
となると……いや、本当に誰だ?
そもそも竜二を除けば友達なんて呼べるほど遊んでいる同性はいない。
「……不審者じゃないだろうな」
「それは大丈夫! お兄ちゃんのお見舞いに家に来てた人……らしいから!」
らしいって……まあいいか。家に来てた人で、友達と言うと……。
今の今まで一緒にいた深雪は恐らく違うので、あと残るは一人だけだ。




