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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その五十

 どれくらい眠っていたのだろうか。


 優花が目を覚ましたばかりのぼんやりとした目で窓を見ると、外は少し暗くなっていた。


「ん?」


 段々意識がはっきりとしてきた優花は何故か右手が温かいことに気がついた。


 窓から目を離してゆっくりと振り返ると、凛香がベッドの横に椅子を持ってきて座っていた。眠りかけているらしく、目をつぶりこっくりこっくりと頭を前後に揺すっている。


 そして凛香の手はしっかりと優花の右手を握っていた。どうやら眠っている優花の手を握っていたらしい。


 優花がゆっくりと身を起こすと、手から振動が伝わったようで、凛香がぱちりと目を開けた。


「……あら? ようやく目を覚ましましたの?」

「はい、すいません」

「別に謝る必要はありませんわ。ただ、わたくしが看病してあげたのですから感謝はなさい」


 凛香がいつも通りすぎて逆に安心してしまい、優花は思わず笑ってしまった。 


「あはは、そうですね。ありがとうございます」


 二人だけの穏やかな時間が流れる中で、優花は一つ思い出したことがあった。

 

「あっ、そう言えば竜二が来る前に凛香さん何か言いかけてませんでした?」

「言いかけた? ……ああ、そう言えばそんなこともありましたわね」


 優花に言われて凛香も思いだしたらしく、凛香はすぐに顔を横に向けると、ぼそっとつぶやいた。


「あのですわね……もしかして、優花さんが風邪をひいたのはわたくしのせいなのかしら?」

「凛香さんのせい? ……ですか?」


 優花が聞き返すと、凛香は優花の方に向き直りぎゅっと優花の手を力強く握ってきた。


「昨日わたくしが動き回ったせいで、ゆうかさんが濡れてしまったのではないかと思ったのですわ!」


 うーん……。


 たしかに凛香を濡らさないようにした結果、優花が濡れてしまい風邪をひいたが、それを凛香のせいにするつもりはなかった。凛香を濡らさないようにしたのはあくまで自分の意思だからだ。


「いや、そっちはあんまり関係ないですね。昨日涼しかったでしょう? それなのに昨日の夜、薄着で寝ちゃったんでそれで風邪ひいたんです。凛香さんのせいじゃないですよ」


 優花が凛香が責任を感じないように、そう言って笑いかけると、凛香は一応納得してくれたらしく手を握る力を緩めてくれた。


「そろそろお夕飯の時間ですわ。めいが支度を整えているはずですけど、食べられそうですか?」

「まあ、大丈夫だと思います」


 ボードゲームで遊んでいる内に悪化した風邪は寝たらすっかり良くなったようで、喉の痛みは違和感を感じる程度に抑えられていた。眠る前に感じていた頭痛はすっかりなくなり、優花の感覚としてはほぼ治ったような感じだった。


「……ところで」

「ん? どうかしました?」

「どうして、あなたはわたくしの手を握ってるんですの?」

「…………どうしてって」


 いや、凛香さんが握ってきたんじゃないのか? 


 実際手を見ても優花はどちらかと言えば握られている方で、明らかに凛香が優花の手を握っている。


 繋がった手を見ている内に、そのことに気が付いたのか、凛香の顔が朱に染まっていった。


 ばっと勢いよく手を離した凛香は、優花からつんと顔を背けた。


「ま、まあ良いですわ、さあ行きますわよ!」


 どうして手を握っていたくらいで凛香が顔を赤くしているのかはわからないが、これ以上追及するとまた機嫌を損ねそうなので黙っておく。



「ゆうか君、調子はどうですか? 顔色はだいぶ良くなりましたけど」


 珍しくメイド服を脱いで私服を着ているめいは、どうやらお風呂に入っていたらしい。めいからお風呂上がりの良い匂いがした。少し髪の毛が湿っているのは寝ていた優花に配慮してドライヤーを使わなかったからだろうか。


「えっと、喉に少し違和感があるくらいで、体のだるさとかはないですね……って」


 自身の体調を報告していた優花は思わず目を見開いた。

 リビングがありえない位綺麗になっていたのだ。


 床はつやを取り戻し、壁は新品のような白さになり、当然のように埃一つ落ちていない。

 眠る前に居た場所と同じ場所とは思えないレベルだった。


「つい張り切っちゃいました」


 そういえばめいは優花達がゲームを遊んでいる間も一人黙々と掃除をしていたので、その成果だろう。


「はは、もはや違う家みたいですね、ありがとうございました」


 ぺろっと可愛らしく舌を出しためいに、優花が苦笑しながらお礼を言っていると、キッチンから花恋が出てきた。


「おっ! お兄ちゃん起きた?」

「ああ、花恋も帰って来てたのか、お帰り」

「にははっ! ただいま!」


 手に持った料理を食卓に置いた花恋はぱたぱたと歩いて優花の前に立ち、優花のおでこに手を伸ばした。


「んー……熱はないみたいだね。凛香お姉ちゃんとめいさんにお礼を言わないといけないね!」


 凛香やめいだけではなく、どうやら花恋も心配していてくれたらしい。

 

 ……この世界に転生する前に、こんなに心配してくれる人がいただろうか?


 別に友達がまったくいなかったわけでもないが、さすがに風邪を引いたからって一々心配して家に来てくれる程ではなかった優花は、今たしかに幸せを感じていた。


 元の世界に戻りたいという気持ちは、まだあるにはあるが、それも……今だけは忘れてしまいそうだった。


 その後はめいの料理に舌鼓を打ち、凛香達は帰ることに。


「今日は本当にありがとうございました、凛香さん。今度お礼させてください」

「……結構ですわ! わたくしはわたくしがしたいようにしただけですので!」


 そう言って颯爽と去っていく凛香にもう一度お礼を言って手を振る。



「さて……お兄ちゃん」

「ん? どうした花恋?」


 凛香たちが行ってしまい、家の中に戻ると、花恋がずいっと詰め寄ってきた。


「お兄ちゃん、真央先輩達と何かしてたんでしょ?」

「んー、まあ遊んではいたな」


 割とクソゲーだったけど。


「その話をじっくり聞かせてもらおうかな! それと凛香お姉ちゃんに看病してもらってた件も詳しくね!」

「……め、めんどくせえ」


 面白がっているのか、にやにやと笑いながら言う花恋に、優花が思わず本音をぽろっとこぼすと、花恋が目を細めた。


「お兄ちゃん今何か言った?」

「……言ってません」


 結局、今日あったことを優花から根掘り葉掘り聞き出すと、花恋は満足して自分の部屋に戻っていった。


 優花も部屋に戻ろうとすると、花恋がすぐに自分の部屋から取って返してきた。


「これ見てお兄ちゃん!」

「ん? ゲーム機? 花恋もゲームなんてするのか?」

「そりゃあするよ! というかこれお兄ちゃんのおさがりじゃん!」

「そっ、そうだっけ?」


 優花が知らないということは、優花が転生する前の『ゆうか』のおさがりということか。


「それで? そのゲーム機がどうかしたのか?」

「にははっ! マジ恋やってたんでしょ? 久しぶりにこのゲーム機版やろうよ!」


 花恋が何を言っているか理解するのを脳が拒否していたが、無情にも花恋がゲーム機と同時に持っていたゲームのパッケージが見えてしまった。


 『EXマジ恋』と書かれたパッケージに優花はばっと踵を返した。


「お兄ちゃんまた風邪が悪化したからもう寝るな!」

「にははっ! さっき良くなったって言ってたじゃん! 花恋だけ仲間外れなんてずるいよ!」

「いや、花恋は友達と遊んできたんだろうが!」

「それはそれ! これはこれ!」


 でたよ、その便利な言葉!


 その後まもなく、花恋に付き合わされてEXマジ恋をするはめになったのは言うまでもないだろう。


 ちなみにゲームの内容は――――当然のごとくクソゲーだった。

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