乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その四十二
かろうじて笑顔で礼を言い、大量の具の奥にあったおかゆをスプーンですくってみると、妙に粘度が高く、どろっとしている。
恐る恐る口に入れてみると、味は意外にも普通のおかゆではあったのだが、ぶちゅるぐちゅるという謎の音。スライムでも口に入れている気分がした。
上に乗った野菜はほとんどが生野菜、ドレッシングも無いので、あまり野菜が好きではない優花にはなかなかきつい。
そしてなにより、焦げ肉と卵焼きの量が多く、消化に良い料理を作るという話はどこにいったんだろうという感じだったが……凛香が作ってくれたというだけで心が温かくなってしまい、結局すぐに完食してしまった。
「どうです? 美味しかったでしょう?」
「あはは……まあ、はい」
当然という感じで言う凛香に優花が苦笑しながら頷くと、めいが微笑ましそうにこっちを見ていた。
「せっかくなのでお掃除をしておきますね?」
めいが行ってしまい二人きりになると、凛香は何故かうつむいてしまった。
「凛香さん? どうかしました?」
風邪でもうつったのかと心配していると、凛香はひどく言いづらそうに口をもごもごさせた後、ゆっくりと口を開いた。
「その……もしかして……ゆうかさん……」
凛香が何かを言おうとした瞬間、ぴんぽーんとまた玄関のインターホンが鳴った。
「また誰か来ましたね? って凛香さん?」
発言を邪魔されたのが気に障ったのか、凛香がぴくぴくと頬を引きつらせていた。
「少し失礼しますわ!」
結局凛香が何を言いたかったのかわからないまま、凛香は優花の部屋を出て、玄関へと走っていってしまった。
凛香が行ってしまってから数秒後、がちゃりと玄関の扉が開いたかと思うと、なんだか言い争う声が聞こえてきた。
「この声は……竜二か?」
聞こえてくる声は竜二のものだと気が付いた優花がベッドから起きて玄関に向かうと、凛香と竜二が言い争いをしていた。
「ゆうかさんはわたくしが看病しますから、あなたは帰りなさい!」
「いやいや、虚空院の姉御は絶対看病とかできないでしょう? おれに任せてくださいよ!」
どうやらどちらが優花を看病するかでもめていたらしい。
「いや、もう俺は寝るから二人共帰っても大丈夫……って全然聞いてない」
二人の言い争いは段々ヒートアップし、ついにはどちらが優花を看病するかで勝負しようと言いだしたところで、竜二の後ろから淀が顔を出した。
「……りゅうも……こくういんせんぱいも……落ち着いた方が良い」
二人を冷静にさせようとした淀だったが、
「淀さんはどっちの味方なんですの!」
「そうだ、どっちの味方なんだ淀!」
凛香からも竜二からも睨まれてしまっていた。このままでは淀がかわいそうなので、仕方なく優花が凛香の腕を引き、竜二から引き離した。
「なんですのゆうかさん! まさかゆうかさんまで、わたくしではなく獅道さんの味方をするつもりじゃないでしょうね!」
ぎろりと睨みつけてくる凛香を落ち着かせようと、優花は凛香の肩に手を置いた。
「いやいや、落ち着いてください凛香さん。俺は凛香さんの味方ですけど、喧嘩はしなくても良いでしょう?」
優花の言葉を聞いた凛香は、鋭くしていた目つきを次第に柔らかくしていった。
「……まあ、そうですか。わたくしの味方ですか。それならば良いのですわ」
とりあえず機嫌が良くなったらしい凛香はリビングに行っていてもらい、竜二達の所に戻ると、竜二も冷静になったらしく淀に謝っていた、二人まで喧嘩を始めなくて何よりだった。
「兄貴が風邪ひいたって聞いて看病に来たんすけど……大人しく帰った方が良さそうっすね。これ来る途中で買ったんすけど、良かったら」
帰ることにしたらしい竜二が優花に渡してきたのは数本のスポーツドリンクとのど飴。
どちらも正直すごく助かる品だ。さすがに竜二はよくわかっている。
「あー……助かる、ありがとな。黒岩さんも来てくれてありがとう」
「うっす、それじゃあおれ達はこれで」
「……失礼しました」
竜二と淀は帰ってしまい、ようやく静かになったと思ったら、またすぐインターホンが鳴った。
玄関の扉を開けてみると、そこには帰ろうとしていた竜二と淀の他に、真央と翡翠、そして深雪がいた。
「八雲の姉御達まで兄貴の見舞っすか?」
「うん。花恋ちゃんにゆうかくんが風邪をひいたって聞いたから」
まさか真央達まで来るとは思わなかった優花が驚いていると、翡翠が優花に気が付いた。
「おっ! 同士! 風邪をひいたって聞いたから俺様が直々に来てやったぜ?」
イケメンフェイスで爽やかに笑う翡翠の手には、中身の見えないようになっている黒いビニール袋。
……まさか中身はあれじゃないだろうな。
翡翠の持ち物に警戒心を抱いていると、翡翠をぐいっと横にどけて深雪が前に出てきた。
「今日は図書館で勉強する予定だったのだが、灰島が風邪だと聞いた八雲が見舞いに行こうと言いだしてな。これは自分からだ」
メガネをくいっと上げながら深雪が差し出してきたのはフルーツ盛り合わせ。
入院でもないのに大げさな差し入れだが、ありがたく受け取っておくことにする。
「ありがとうございます、六道生徒会長。あとで食べますね」
「……ああ、そうしてくれ」
深雪が下がると今度は真央が優花の前にやって来た。
「私からはこれだよ! はい!」
笑顔と共に優花に渡されたのは、大量のプリン。
「風邪にはプリンが一番だからね!」
「そ、そうなのか?」
プリンを渡して満足したらしい真央だったが、すぐにもう一方の手に持っていた袋も優花に渡してきた。
「こっちはさっきたまたま会った昴先生からだよ。ゆうかくんが風邪をひいたことを教えたら『お大事に』って言っておいてくれってさ」
三日月先生かららしい袋に入っていたのは、これまた大量のミニお菓子。
イメージはあまりないが、三日月先生は意外とこういう物が好きなんだろうか?
「ここがゆうかくんのお家なんだね」
物珍しそうに優花の家を見上げる真央に思わず優花は、
「ええと……中も見る?」
思わずそう言ってしまうと、真央は目を輝かせた。
「良いの? やった!」
何がそんなに嬉しいのかわからないが、真央だけ家に入れるというわけにもいかないので、竜二と淀も含めたその場の全員に家に上がるか聞いたところ、全員すぐに頷いていた。
……優花が風邪だというのを全員忘れてないだろうか?
「……一体どういうことですの? どうして真央さんがここに?」
「花恋が、俺が風邪ひいたことを教えたみたいですね」
全員が優花の家に入るとすぐに凛香に見つかり、全員凛香に睨まれることになった。凛香は真央に対しては特に視線を鋭くしていて、真央はいつもの苦笑い。
凛香がメイド服を着ていることには全員気が付いているだろうが、誰も指摘できない雰囲気だった。
「あら? 皆さんでお見舞いですか? ゆうか君は人気者みたいですね?」
タイミング良く、家中の掃除をしていたらしいめいが戻ってくると、めいと面識が無かった深雪と淀、そして翡翠がめいのメイド姿を見て目を丸くしていた。
「……メイド? 灰島の家のメイドか?」
「……メイドさん……すごく美人」
まあ一般的な反応をした深雪と淀は別にいい、問題はもう一人だ。
「……同士……姉にメイドのコスプレをさせて、王子プレイとはやるな!」
他の皆に聞こえないように優花の耳元でそう言った翡翠の頭をはたきたくなった。
BL小説を参考にするくらいなので、翡翠は意外にもオタク寄りな発想をするみたいだ。
 




