乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その三十五
財布と携帯だけ持ってすぐに家を出て、指定された公園に行くと、ガーリーな私服を着た楓が一人でブランコに乗って待っていた。優花が公園に入ると、楓はすぐに優花に気が付き頬を膨らませた。
「遅いですよ、灰島先輩」
「これでも急いで来たんだけど……」
「言い訳無用! ほら、灰島先輩も座ってください」
楓に勧められ優花は楓の隣のブランコに乗る。
「それで? なんで楓がマジで恋するハイスクールのことを知っているんだ?」
「灰島先輩はせっかちですねえ、そんなことでは女の子にはモテませんよ?」
楓は優花の問いには答えず、ただぶらぶらとブランコをこぐだけ。仕方なく優花もブランコをこいで待つこと数分、ようやく楓は口を開いた。
「……灰島先輩ってなんなんですか?」
「ん? どういう意味だ?」
「いいから答えてください」
あまりに唐突すぎるが、探りを入れてきていると考えるべきだろう。
マジハイのことを知っていることから、イケメン教師昴にそうしたように、楓にも異世界転生をしたことを話すべきかと少し迷い――――やめておくことにした。
「別に普通の男子高校生だと思うけど?」
「……」
優花の答えを聞き、楓はブランコをこぐのを止め優花の方を見た。
「嘘ですね」
「……なんでそう思うんだ?」
「だってマジで恋するハイスクールのことを知ってたじゃないですか」
……まあそう来るよな。
この世界にマジハイは当然売っていないので、普通ならばマジハイの存在を知っているはずもないのだ。
「いや、昔そんな感じのタイトルの漫画を読んでさ。また読みたいと思って」
我ながら苦しいかと思いつつ、誤魔化すと楓は視線を鋭くした。
「やっぱり誤魔化すんだ……」
「だから、誤魔化すって何がだよ? それより漫画持ってるなら見せてくれないか?」
「……そんなの持ってませんよ」
「あれ? そうなのか? それじゃあなんで楓はマジハイを知ってるんだ?」
今度は優花が楓に探りを入れると、楓は腕を組んで少し悩んだ後、ブランコから立ち上った。
「移動しながら話しましょう。灰島先輩」
「それは良いけど、どこに行くんだ?」
「だからせっかちなのはモテませんってば!」
少し小柄な楓と横に並んで歩く。
「灰島先輩、少し面白い話をしましょうか?」
「面白い話?」
「はい。この世界がゲームだ……っていう話です」
やっぱりか。
楓はマジハイの名前だけではなく、この世界がマジハイを元にしたゲームだということを知っていたようだ。
「この世界がゲームねえ……それだったら色々楽だろうな」
「楽ですか?」
「そうそう。授業はスキップできたり、セーブとロードで人生やり直し放題だろ?」
まあ当然そんなことはできないわけだけど……。
「……そうですね。やりたい放題かもしれませんね」
優花が適当に言った言葉に楓はくすりとも笑わずに頷いていた。
「ゲームの主人公は真央先輩で、ゲームの目的は、白桜学院に通うイケメン達を攻略していくことなんです」
「真央が主人公か……まあ、そんな感じだよな」
「ええ、真央先輩は明るくて誰からも好かれそうな感じですよね、楓と違って」
たしかに……と同意しそうになって、楓が少しうつむいているのに気が付いて、慌てて否定する。
「いやいや、楓も皆に好かれそうな感じだぞ? 何と言うか周囲を引っ張ってくれるって言うか……」
「あっ、今のは冗談なんで真に受けないでください。楓が好かれないわけないじゃないですか」
こっ、こいつ……!
顔を上げ、何事も無かったようにけろりとしている楓にイラッと来たが、なんとか堪える。
「攻略できるのは五人です。真央先輩の同じクラスにいるイケメンの翡翠先輩とイケメン生徒会長六道先輩、それから不良系イケメンの獅道くん、そしてイケメン教師の三日月先生」
イケメンと聞きすぎて、イケメンがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「そして――――灰島先輩です」
うんまあ……俺はたしかにイケメンではないな……。
他の全員にイケメンが付いていたのに、自分には付いていなくて、十分自覚はあったもののショックを受けていると、楓は立ち止まった。
「攻略キャラ達の行動はある程度決まっているんです。イベントが起きる時間と場所が初めから決まっているようにですね。ただ、攻略キャラ達の中で唯一イベントを完全に無視している人がいるんですよね」
ちらりと優花の方を見てくる楓に、優花は内心焦りつつも顔には出さず首を傾げた。
「それって誰のことだ?」
「灰島先輩ですよ。決まってるじゃないですかあ」
にたりと笑って楓が一歩優花の方に近づいてくる。
「灰島先輩の影響で獅道くんもイベントを無視し始めているんですが、それは少し楓には都合が悪いのでやめてもらいたいんですよ」
言われてみればたしかに竜二も優花の影響で、行動が少し変わっている。昨日竜二が優花達とディスミーパークに行ったように。ただ、それがなぜ楓の不都合に繋がるのかがわからない。
「……都合が悪いってどういうことだ? 主人公は真央なんだろ? 別にゲームがイベント通りにいかなくなっても楓には関係ないんじゃないか?」
「それが関係はあるんですよねえ」
元の位置に戻った楓が再び歩き始めたので、仕方なく優花もそれに付いていく。
数分歩いたところで、楓がまた立ち止まり、すっと腕を上げ一点を指さした。
「灰島先輩。あれを見てください」
楓の言う通り、楓が指さした方を見ると、そこにあったのはファミレス。
優花達がいる通りからでも見える窓の向こうには真央と翡翠と深雪。妙な取り合わせの三人はファミレスで何か話しているみたいだった。
「真央先輩は着々と攻略キャラ達を攻略しているんです。知ってましたか? ちなみに楓が真央先輩の場所がわかったのは、今日イベントが起きるとしたらここしかないからです」
イベントが起きるとしたらここしかない……か。
たしかにもう遠い過去のように思えるマジハイの攻略データを思い出して見れば、今日あたりに翡翠と深雪との合同イベントがあったか。CGがもらえない会話だけのイベントなのですっかり忘れていた。
楓はこの世界がマジハイが元になっている世界と知っているだけではなく、その詳細な攻略データすら把握しているということになる。
「楓は何でそんなことを知ってるんだ? この世界が楓の言う通りゲームの世界だとしても、それをゲームの中にいる楓が知ることはできないだろう?」
どうやって楓が攻略データを知ったのか。
本当に優花と同じようにマジハイを攻略した後、異世界転生したのか、あるいは別の手段が存在するのか。
一言も聞き漏らすまいと楓の顔をじっと見ると、楓は優花と目を合わせたまま可愛らしくにっこりと笑った。
「それは秘密です」
これ以上手の内を明かすつもりはないということか。
とにかく今までの楓の言動から楓には真央を応援するなんらかの理由があるのはわかったので、これ以上楓と居ても仕方がないと結論付け、優花は踵を返した。
「……そうか。もう気が済んだなら俺は帰るぞ」
優花が帰ろうとすると、楓がするりと優花の前に先回りした。両腕を後ろで組んで、少し背伸びをして優花の顔を覗き込んでくる。
「……なんだよ?」
「いえ、灰島先輩は何を隠しているのか教えてくれないのかなーと。楓だけ手札を明かすのはフェアじゃないでしょう?」
「フェアって……」
なんだか心理戦の様相を呈してきたが、ポーカーやババ抜きが苦手な優花は当然心理戦なんて得意ではないので、ぼろを出さないためにはそもそも戦わないという選択肢しかない。
「別に隠し事なんか無いから俺は帰る。それじゃあまたな」
今度こそ行こうとすると、楓は優花を止めなかった。ただ、代わりに楓は優花の背に一言だけ言葉を投げかけてきた。
「……最後に勝つのはこの八手楓ですからね」
最後に勝つ? どういう意味だ?
気にはなったが、振り返って足を止めるとまた面倒なことになりそうなので、振り返らずにひらひらと手を振って優花は楓に別れを告げた。
 




