乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その三十四
「お嬢様、ゆうかです。入ってもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
家に着いて、お風呂に入り少し時間が経った後、もしかしたら凛香はもう寝てるかもしれないなと危惧していたが、執事服に着替えた優花が凛香の部屋を訪ねると、凛香はまだ起きていて扉の向こうから返事が返ってきた。
「失礼します、お嬢様本日はお疲れ様でした」
凛香の前に立ち、ぬいぐるみを背に隠し――――きれてはいないが、隠しながらそう言うと、凛香はふいっと横を向いて「……ええ」とだけ答えた。
もしかしたら凛香がもう寝ようとした時に来たので機嫌が悪いのかもしれない。
焦った優花は一歩凛香に近づき跪くと巨大ディスミー君ぬいぐるみを凛香の方に差し出した。
「お嬢様、この執事ゆうかからのプレゼントを受け取ってもらえないでしょうか?」
めいのアドバイス通り、執事服を着て執事として凛香にプレゼントを申し出ると、凛香は横を向いたまま、優花と視線を合わせずただ手を伸ばしてきた。
凛香の伸ばした手に優花がすっとディスミー君ぬいぐるみを渡すと、凛香は巨大ディスミー君ぬいぐるみをゆっくりと抱きしめた。
「……礼を言っておきますわ。わたくしはもう寝るので下がりなさい」
「はい、それでは失礼します。……お休みなさい凛香さん」
執事としてではなく、最後に友人としてそう言うと凛香はぼそっと「……おやすみなさい」と返してくれた。
「……ふう、なんとか渡せたか」
これで優花の空になった財布も報われるというものだろう。
あまり反応は良くは無かったが、これで凛香は楽しかった今日という日を覚えていてくれるんじゃないだろうか。
優花は最後に凛香の部屋を振り返ってもう一度「おやすみ」と言うと自分の部屋へと戻った。
*****
翌朝、優花達が帰った後の凛香の家で、めいは一人ため息を吐いていた。
「まったく、ゆうか君には困ったものです……」
めいの視線の先には、食卓にまで大きすぎるディスミー君ぬいぐるみを持ってくる凛香の姿。ぎゅっと抱っこしたその顔はいつになく緩んでいる。
帰る前にゆうかから無事に渡せたと礼を言われた時は、あまり反応が良くなかったと聞いていたが、やっぱり凛香はゆうかの前では見栄を張っていたらしい。
きっと昨日の夜は一人になった後でこっそり嬉しがっていたのだろう。
「うふふ……」
「お嬢様、食事の時間ですので、ぬいぐるみは置いてください」
「ふふ、うふふ……」
「やっぱり聞いてないですね……」
とろけそうな幸せそうな顔でぬいぐるみを抱きしめる凛香を見て、めいはまた深くため息を吐くのだった。
*****
みんなでディスミーパークに行った日の翌日。
早朝からめいに車で家に送ってもらうと、花恋は早速友達の所に行ってお土産を配り歩いてくると言って出掛けていった。
学校で渡せば良いのにと思いつつ、花恋を見送った後優花は一人部屋でぼーっとしていた。
「このまま寝ようかな……」
今日は特にすることもないし二度寝をするのも良いだろう。
段々と重くなるまぶたに、もう少しで眠れそうだと思っていると優花のスマホが鳴りだした。
「ん? 誰だ?」
仕方なく手を伸ばし、スマホを操作すると表示されたのは『黒岩』。
「黒岩さん、おはよう」
「……おはようございます……せんぱい」
電話の相手は淀。
ディスミーパークに行く前に連絡先を交換しているので、電話が来てもおかしくはない。
「……昨日は……ありがとうございました」
「昨日も言ったけど、俺も楽しかったから気にしないで」
それから二言三言、ありがとう合戦をした後、淀は本題に入った。
「……昨日帰ってから……占いをしたんです」
「あー……そうなのか。それで? どうだった?」
また占えなくて落ち込んでいなければ良いなと思いつつ、淀の返事を待つと、淀は一度咳払いした後饒舌な占いモードになった。
「相変わらず、せんぱいが探している白い桜の話を広めている犯人のことは、残念ですが占えませんでした」
「……そっか」
結局気分転換してもダメだったらしい。
こうなると優花にはもうできそうなアドバイスが無いなと思っていると、淀の言葉には続きがあった。
「ですが、せんぱい自身のことは占えました」
「俺自身を?」
「はい。せんぱいが今日会う人物は、せんぱいのこれからを大きく左右する人になる、それだけです」
「俺のこれからを大きく左右ね……」
ふわっとしたアドバイスだなーという感想を抱いていると、淀もやはりそこを気にしているらしく、すぐに謝ってきた。
「いつもはもっと具体的に結果が出るですが、どうも灰島先輩は占いづらいみたいで、すみません」
「いや、十分だよ。今日会う人に注意ってことはわかったから」
「……それじゃあ……また」
淀が占いモードからいつもの淀に戻ると、電話が切れた。
今日会う人ねえ……。
特に予定はないが、外に出れば誰かに会うということだろうか。
「……寝よ」
淀と話して少し眠気は飛んでいたが、やっぱりまだ少し眠かったので、優花がベッドに横になると、再びスマホが鳴りだした。
スマホの画面を見ると、今度は知らない番号。心当たりも無いので、間違い電話か何かだろうと自分に言い聞かせて、そのまま寝ることにするとまたまたスマホが鳴った。
「間違い電話じゃないってことか?」
仕方なく電話に出てみると、相手は普通に知人だった。
「灰島先輩、おはようございます」
「あー……その声は楓か?」
「はい、正解ですよ。良かったですね朝から可愛い楓の声が聞けて」
……自分で言うか普通? まあたしかに楓は可愛い部類に入ると思うが、自分で言っちゃうのはどうなんだろうか?
「それで? 何か用なのか?」
「用が無きゃ電話しちゃだめなんですか?」
「だめってことはないけどな……」
ただ、用が無いのに電話してくる程には楓とはまだ打ち解けてない気がする。
そもそも楓は優花のことを敵視していなかったか?
「あっ、そうそう。灰島先輩のスマホの番号は真央先輩に聞きました」
「……だと思ったよ」
ちなみに真央とはとっくに連絡先を交換していて、たまに連絡が来る間柄だが、ゲームの攻略イベントらしいことは特に何もないままだ。
「昨日は楽しかったですね? 灰島先輩」
「んー……まあ楽しかったな」
まさかここから普通におしゃべりでもするつもりなのかと、警戒していると楓は意外にもあっさりと用件を口にした。
「それでですね灰島先輩、今から会えませんか?」
どうやら楓の用件は優花を呼び出すことだったらしい。それを理解した優花は、あくびを一つした。
んー……やっぱり眠い。
これが凛香ならともかく、楓では今の眠気には勝てなかった。それにもしも楓に会えば、楓が『優花のこれからを大きく左右する人』ということになってしまうかもしれないという思いもよぎったので、電話を切ることにした。
「悪いけど今すごく眠いから無理だな。それじゃあ」
有無を言わさず電話を切りそのまま寝ようとする優花に抗議するように、スマホがまた鳴りだした。仕方なく電話にもう一度出ると、すぐに楓の大声が聞こえてきた。
「普通切りますか! そこで!」
「いや、だって眠いし……」
「こんなに可愛い後輩の呼び出しなんですから、普通は即答でオーケーするところでしょ!」
「いや……これが凛香さんだったら即答で駆けつけるところなんだけどな……」
思わず本音を言ってしまうと、電話の向こうで楓が舌打ちしたのがわかった。
「ちっ……仕方ありませんね。それじゃあ灰島先輩が楓と会いたくなるようにしてあげますよ」
会いたくなるように?
別に何をされても会いたくなるとは思えなかったものの、何をするつもりか聞いてみると、楓は意外な言葉を口にした。
「『マジで恋するハイスクール』って知ってますか?」
……え?
あまりに予想外の単語が楓から出て、一瞬思考が止まってしまった。
……なんで楓がマジハイを知っているんだ? この世界にはマジハイは存在しないはずなのに。
「お前どこでそれを……」
「あっ、やっぱり知ってるんだ灰島先輩」
マジハイの世界の住人である楓が、マジハイのことをどこで知ったのか?
この世界にマジハイが存在しない以上、マジハイを知る為には優花がいた元の世界のことを知っている必要がある。
……いや、もしかして楓も俺と同じ異世界転生者なのか?
さすがにこの問題は放置できないと感じ、既に眠気も吹き飛んだ優花はすぐに電話でどこに行けば良いか尋ねた。
「そうですねえ……それじゃあ灰島先輩には白桜学院の近くにある公園に来てもらいましょうか」




