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エカルラトゥ編 本当の最終話 スカーレットの子供

「エカルラトゥ様、スカーレット様とその一行は使節団の船に乗ったとの事です」


「……もう出航したのか?」


「はい……ジェレミー様が何とか止めようと粘っていたらしいですが、【じゃあ燃やす】の一言で折れたそうです」


 側近が何とも言えない顔で言う。

 エカルラトゥは溜息をしながら無表情で労う。


「わかった……忙しい時にすまなかったな」


「いえ……」


 側近が一礼して執務室から出ていく。

 当然エカルラトゥの部屋だが、見た目はスカーレットなので内装と見た目がちぐはぐだ。


 しばらく執務をこなしていると、侍女のマリーがノックをしていつものと同じように部屋に入ってくる。

 マリーの入室を気にせず無言のまま机に向かっていると、いつもの紅茶と軽食を机の端に用意してくれる。


「ありがとう、マリー」


 そう言われたマリーがにっこりと笑う。


「フラムお嬢様が会いたいと仰っていますが、どうされますか?」

 

「そうか……母親が旅に出た事をなんて説明したものか……」


 悩んでいると、マリーが申し訳なさそうに言う。


「あ~、それがですね……エカルラトゥ様が旅に出る、とスカーレット様が説明したみたいで……ですので、スカーレット様に会いたいそうです」


 マリーの言っている内容が掴めないのか、エカルラトゥが動きを止める。

 やがて悲しそうな顔をしながらマリーに愚痴る。


「……あいつ酷くないか? 俺に責任押し付けて自分だけ新天地を見に行くなんて……」


「でも入れ替わりは、ある程度自由に出来るようになったのですよね? なら新天地も見られますし、スカーレット様もフラムお嬢様に会えるのでは?」


「だとしても、フラムに顔を忘れられるのがな……」


 頭を抱えながら机に突っ伏す。

 そんなエカルラトゥを見たマリーが、苦笑いをしながらなんとかフォローの言葉をかける。


「お嬢様は賢いですから、大丈夫ですよ」


「そうだよな、そう考えるしかないよな」


 エカルラトゥは自分に言い聞かせるように何度も何度も呟きながら起き上がる。

 そんな光景を仕方が無いなという顔をしながらマリーが見つめている。

 やがて良い事を思いついたかのように、手を打って提案する。


「今すぐフラムお嬢様にお会いにいかれては? あまり気になさると執務も進まないでしょうし……」


「そうだな! ちょっと休憩がてらフラムと遊ぶか!」


 元気を取り戻したエカルラトゥが、フラムの部屋に足早に向かう。

 そんなエカルラトゥを母親の様に見送るマリー。



 エカルラトゥがフラムの遊び部屋の中に入ると、ナタリーの母親であるニーナがフラムと、ナタリーの息子であるヴァンと一緒に積み木で遊んでいた。


 ニーナが部屋に入ってくるスカーレットの姿を見つけ、中身が分かっているのか、エカルラトゥの名を言う。


「あら、エカルラトゥ様、お早いですね」


 微笑みながらそんな事を言うニーナを見つめ、エカルラトゥが小さな声で呟く。


「やっぱりナタリーに似ているな……いや、すまない、何でもない。ちょっと色々神経がすり減ってね、癒されに来たんだ」


 最初の呟きが聞えていないのか、気にせずニーナが会話を続ける。


「そうですか、丁度いい所に来てくださいました。ちょっとだけの間二人を見ていてくださいな。私は所要がありますので、少しだけ席を外しますね」


「わかりました」


 ニーナが部屋の外に出ていき、エカルラトゥの他にはフラムとヴァンしかいなくなる。


「フラム~こっちへおいで」


 呼ばれたフラムがヴァンとの積み木遊びをやめて、エカルラトゥとヴァンを交互に見る。

 ヴァンが頷くと、フラムがエカルラトゥに飛び込んでくる。


「かあさま~」


「あ~俺の可愛い天使ちゃんは今日も元気だな」


「かあさま、今日はことばがへんですよ?」


「いまはとうさまなんだ。すまないなぁ。フラムとは入れ替わり時に会うのを禁止していたけど、今日からは当分見た目はスカーレットのままなんだよ」


「ん~意味がよくわからないです」


 フラムが首を傾げながら、言う。


「くぅ……そうだね~変なこと言っちゃったね。かあさまはかあさまだよ……」


 半泣きになりながらエカルラトゥがフラムに言う姿を、ヴァンも首を傾げなが見ていた。

 そんなスカーレットの姿をしたエカルラトゥに抱き着くフラムの顔は満面の笑みだ。

 部屋の中がほんわかな雰囲気を醸し出している時に、部屋の扉が急に開く。


 入って来たのは、ヴァンの父親であるウォルトだった。


「エカルラトゥ様! ナッ、ナタリーが使節団の船に乗ったというのは本当ですか!?」


 突然あらわれたウォルトに三人が固まっている。

 そんな場の雰囲気は気にせず、エカルラトゥの両肩に両手を置き、スカーレットの体を揺さぶりながら口を開く。


「どうなんですか! 答えてください!」


「……取りあえず落ち着け! スカーレットと乗船したと報告が来ている、事実だ!」


 エカルラトゥの言葉を聞いたウォルトが、膝から崩れ落ちる。

 自分の息子であるヴァンも目に入っていないのか、かなり憔悴しているのが見て取れる。

 やがて、ぼそぼそと独り言を言い出す。


「この前話したばかりなのに……」


「何の話をしたんだ?」


「俺とスカーレット様どっちが大切か……」


「ああ……それは聞いちゃダメな事だな……」


 エカルラトゥの言葉を聞いた瞬間、ウォルトの目に涙が出てくる。

 さすがに悪いと思ったのか、ハンカチを出しウォルトに渡す。

 そんな優しいエカルラトゥに、少しだけ感激しているのか、スカーレットをウルウルした目で見つめた後、更に泣いてハンカチを濡らす。


 フラムとヴァンは泣いているウォルトを頑張って慰めようと撫でている。

 そんな二人を優しい目で見ながら、ウォルトの肩に手を乗せて言う。


「私も同じような気持ちだ、お互い伴侶には苦労させられるな」


「そ、そうですよね。エカルラトゥ様も被害者ですしね……取り乱して申し訳ございません」


 落ち着いたのか、顔を俯かせて謝ってくる。

 そんなウォルトの肩に手を回して肩を組みながら言う。


「どうだ? 酒でも飲んで忘れないか? ぱ~とやってあいつらの事を一時忘れようじゃないか」


 エカルラトゥの言葉に笑顔を取り戻して、自分自身を鼓舞しようと声を上げる。

 フラムとヴァンは二人の感情の乱高下に付いていけなくなったのか、積み木で城を作る作業に戻ったようだ。


「そうですよね! 泣いていても仕方ありません。ぱ~とやって忘れましょう!」


 二人で肩を組んで意気投合しながら笑いあっていると、部屋の扉が開きニーナが入ってくる。

 部屋の中の二人の状況を見て驚いたニーナが、肩を組んで固まっている二人を交互に見ながら言う。


「不倫?」


「違うわ!」


「違う違う! 俺はナタリー一筋だ!」


 二人は素早く離れ、動揺しながらニーナに向かって叫ぶ。

 そんな二人の行動を気にせず答える。


「あらそうなの、子供の前でどうどうとよくやるわね。まで考えたけど違うのね」


「お互い伴侶に苦労するなって意気投合していただけだ!」


「そうですか。まあほどほどになさってくださいね」


 ニーナがおほほ、と笑いながら言う。

 エカルラトゥが溜息を吐きながら、癒し成分を補給しようとフラムを抱きかかえる。


「フラムはかわいいな~」

 

 と、頬ずりしていると、フラムが不穏な言葉を口にする。


「ふりんってなに?」


 その言葉を聞いたエカルラトゥが真っ青になりながら愕然としていると、ヴァンが答える。


「結婚相手以外の人と抱き合……」


「ちょーと、ちょっと! ヴァン君? それ以上は駄目だ! ニーナさん、教育が速すぎないか?」


 ヴァンの言葉を遮りながらニーナに顔を向けて抗議する。

 ニーナは先ほどと同様に、何事も無いかの様に答える。


「変な事になってはいけませんから、そこら辺の教育はぼちぼちですが、必要です。当然自制心も鍛えていますから大丈夫です」


「ああ……そう……」


 フラムを地面に降ろし、ウォルトと顔を見合わせ頷き合う。


「……執務に戻る」


「俺も厨房に戻ります……」


 エカルラトゥの帰る宣言を聞いたフラムが悲しそうな顔を向ける。

 ヴァンは動じていないのか、もくもくと積み木の城を作っている。


「かあさま帰っちゃうの?」


「ああ、また来るからいい子にしているんだよ?」


 なんとか笑顔を向けて、優しく言う。


「はい!」


 元気な返事をするフラムに手を振りながら、部屋を出て執務室に戻る。


 中に入ると、マリーが書類を分けてくれていたのか、机で作業をしている。


「お早いですね」


「ちょっと逆に疲れてね……」


「そ、そうですか……」


 マリーは何も聞かずに、作業に戻る。



 仕事が終わり、屋敷の中にある酒場のバーカウンターでお酒を飲む。

 ここは合同会館で国外からの来客が多い。

 その為、来客が来た場合自由に飲める場所として作ったが、状況によっては使用人も飲むことが出来るようにしてある。

 

 エカルラトゥが一人で飲んでいると、合同会館に泊っているリオンが近寄ってくる。


「エカルラトゥ?」


 何故か中身を当てるリオンに面食らいながら返事をする。


「ああ、リオンか……そういえば来ていたんだったな」


「スカーレットが船で大陸から飛び出したと聞いて、今日会談の予約をしていたんだが、明日に変えたんだよ」


 エカルラトゥはその言葉を聞き、納得した顔をする。


「それで、アロガンシア王国の内乱は完全に終わったのか?」


「ああ、君たちが抑え込んだ後に、私がブリジットの婿になった事で反発があった件は、やっと終わったよ」


「やっと落ち着けるな……」


「そうでもないよ、逆にモデスティア王国が分裂しかけているらしくてね。オリバーがヴァーミリオン家を捨てた件で、力をつけてきたアンジェリカ姫が王家を批判しているらしくて、もしかしたら分裂するかもしれない」


「今度はモデスティア王国か……俺もスカーレットと一緒に逃げたいな……」


「気持ちは分かる……」


 二人は溜息を吐きながらお酒を喉に流し込む。

 しばらく静かに飲んでいると、ブリジットも部屋を抜け出てきたのか、リオンの隣に座る。

 そんなブリジットをエカルラトゥが見ながら言う。


「元気そうだな」


「はい、お兄様も……お元気? そうで……」


 ブリジットが最初は普通だったが、段々と疑問形になっていく。


「そういばアリアが見当たりませんが……どこかに派遣されているのですか?」


「……スカーレットに付いて行った」


 エカルラトゥがぶっきらぼうに答える。

 リオンとブリジットはアリアも船に乗っていた事を知らなかったのか驚いている。


「そ、そうですね……アリアも自由人ですものね。お見合いも、カーマイン様がヴァーミリオン公国に来ないという理由で破談にしましたし……」


「あ~、カーマイン卿のあの時の驚いた顔は一生わすれませんよ。いつも飄々としていた方でしたから尚更ですね。結構満更じゃなかったみたいでしたから、笑うのは悪い気がするのですが……」


 リオンが思い出しながら、クスクスと笑う。

 エカルラトゥも思い出したのか口元が歪む。


「アリアにはいつも驚かされる、とスカーレットも言っていたな……」


「今頃海の上ですのね……相も変わらずスカーレット様がお好きなのですわね」


 ブリジットが何の気も無しに出した言葉に、エカルラトゥがグラスを口元に持っていくのを途中で止める。

 何事かと二人がエカルラトゥを見つめる。


「ま、まさかアリアに俺の体の子供が……できたりしないだろうか……」


 エカルラトゥが体と手をがたがた震わせながらぽつりとつぶやく。

 ぎょっとしたリオンとブリジットがエカルラトゥを見つめていると、後ろのテーブルでガラスが割れる音がする。

 三人が振り向くと、そこには顔面蒼白なウォルトが、手に何かを持っていたであろう体勢を維持したまま震えていた。

 やがてゆっくりと首を動かし、エカルラトゥを見据えると、目にも留まらない速さで近づく。


「エ、エカルラトゥ様! 今すぐスカーレット様に連絡を! できますよね、ね!」


 ウォルトがエカルラトゥの肩に指を食い込ませながら叫ぶ。


「お、おちつけウォルト! お前は関係ないだろ!?」


「いいえ、落ち着いていられません! ナタリーもなんだかんだでスカーレット様の事好きなんですから、今こそチャンスって……あああああ!」


 最悪な事を想像したのか、ウォルトが頭を抱えて蹲る。

 何とも言えない空気がその場に漂い、そんな空気に耐えられないリオンとブリジットがそそくさと部屋に戻る。


 その場に残ったエカルラトゥが、ウォルトをなんとか落ち着かせ慰めていると、間が悪い事にニーナが通りかかる。


「不倫?」


 ニヤニヤ笑いながら聞いてくるニーナを睨みながら、エカルラトゥが叫ぶ。


「くぅっ! 違う……違うけど! ああああ! 全部逃げたスカーレットが悪い!」

ここまで読んでくれた方には感謝しかありません。ありがとうございました。

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