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9:I-2

I

かなり確率の低い賭だった。賭というよりは無謀といった方がいいかもしれない。

アンセムの出現ポイントが正確に探知できるとはいえ、その場所までこのデバイスを運べたのは奇跡といってもいいくらいだ。

そして目指すべき相手に対して「Bird Cage」を発動できたのも、さらに奇跡といって良かった。

そして今、アヤトの身体に潜んでいたエゴをデバイスの中に閉じこめ、今こうして私がこの身体に入り込んでいる。

身体もそのエゴに対応したものから、私に対応したものへの変化が完了していた。

目の前には、今の私と同じくらいの年齢の男子の呆然とした顔があった。彼の名前は高橋くんと言ったっけ。人間の外見が別様に変化する光景を見せつけられたのだから、当然の反応だろう。

本当なら彼にはいろいろとお礼をするべきなんだろうが、説明や何やらを考えると面倒だったので

「あとでチアキを通してお礼はするから。このことは内緒でね」

私がそれだけ言うと、名前しか知らない男子はぶんぶんと頷いて、逃げるように去っていった。


アヤトの反応が途絶えてから数時間。

あれから私は、デバイスの中からメッセージを送り続けた。インストールアイコンとメッセージをひたすら表示させ続けた。

どれくらい経った頃だろうか。そのメッセージに対する反応があったのだ。

[すごく必死みたいなので、代わりに返事をします]

[私はこのデバイスの持ち主である白石くんのクラスメイト、黒川チアキです]

[白石くんの姿は、朝から見あたりません。どこへ行っちゃったのか私にも分かりません]

[急ぎの用だったら、私が何とかしてみますが]

しめた!チアキが反応してくれたのだ。これだけデバイスが着信を知らせれば必ず誰かが反応するとは思ったが、まさかチアキが、私の友達の一人が反応してくれるとは。

ここで私は迷った。チアキに対してどう反応すればよいのか。イチカという一人物として、ひたすらアヤトにメッセージを送り続けてきた人間として接するべきか。

あるいは、このデバイスにとある特殊な事情の元でメッセージを送り続けている匿名の人間を演じるべきか。

一分ほど迷ったあげく、私は前者の道を選んだ。チアキなら、きっとそっちの方が信じてくれる。

[チアキなの?私、イチカ。赤坂イチカ]

[ちょっとある事情で、白石アヤトに連絡を取らなきゃいけないの]

と、ここまでメッセージを送ったとき、私の感覚に触れる物があった。

アンセムの感覚だ。アンセムが現実世界に表出した。

その場所はかなり詳しく特定できた。現在は「Bird Cage」の機能を使って、地図の上でそれを表示することもできる。

アンセムの出現目的は何か。可能性として一つ考えられるのは、エゴの排除だ。自らから切り離され、独立した自我を持つ存在となったエゴを、アンセムは許しはしない。再び我が物にするために動く。

あるいはこの前のペテロのように、私たちの排除とはまた別の目的、それが何なのかは分からないが、そのために現れた可能性もある。しかしこの場合でも、もし今アヤトの身体にあるエゴがプロメテウスによって生み出されたものなら、そのアンセムを倒すべく動き出すはずだ。

いずれにせよ、今アヤトの身体がある場所として、アンセムの出現したポイントは可能性の高い場所として考慮してよい。

私は画面に地図を表示させた。

[チアキ、お願いがあるんだけど、聞いてもらっていいかな]

[今地図を出したこの場所に、このデバイスを運んでくれないかな]

[理由は聞かないで!無茶なお願いなのは分かってるけど・・・とにかくお願い!]

その場所にこのデバイスを運び、そこで「Bird Cage」の(私がアヤトの身体に入ったときに用いられた機能)

これはかなり失敗のリスクを伴う賭けでもあった。

まず第一に、その場所にアヤトの身体が無かったら。アンセムが出現しただけだったら、彼女の努力は無駄になってしまう。

第二に、その場所にはアンセムが、アンセムによって支配され、その兵器と化した人間がいるのだ。そこにチアキを巻き込むことになる。

第三に、もしその場所にアヤトの身体があって、そこにデバイスを届けることができたとしても、それはチアキに私の出現ーアヤトの身体が変化し、私に対応した身体へと代わる瞬間ーを見せてしまうことになる。

伴う危険の数が多すぎた。他の道があるならばそちらを選びたかった。

しかし、それしか思いつかなかった。(ちなみにチアキの身体に私をインストールするという手段も考え実行してみたが、効果はなかった)

しばしの間の後、チアキからの返信がきた。

[分かった!何とかしてみるよ]

[私は予定があるから出来ないけど、こっちの方に行く人を探して頼んでみる]

[ちょっと待っててね]

どうやら引き受けてくれそうだ。しかも、チアキ本人がそこに向かわないということで、私自身の心の負担はかなり減った(もちろんその代わりの人物がリスクを追うことに変わりはないのだが)


チアキが選んだのは、高橋ユウタという人物だった。名前から察するに男子だろう。詳細は話してくれなかったが、チアキには何かの貸しがあったらしい。

なるべく丁寧な対応を心がけながら、彼にいろいろ指示を出した。こちらから彼の態度を見ることは出来ないが、かなりの好意の元でこんなお願いを引き受けてくれているのだ。心から頭が下がる。

アンセムの出現ポイントまであと数百メートルといったところで、反応が途切れた。

私はアンセムの出現に関して、データの送付から人間の身体を使っての現出まで、正確な場所を捉えることが出来る。

さっきまでその存在を関知していたアンセムは、既に別の場所に移動し、そしてその反応を消していた。

もしアヤトの中にいるエゴがアンセムではなく、アンセムと戦いを繰り広げた方だとすれば、アンセムが出現から長く滞在したこの場所に存在していると考えていいだろう。

[ここから出てくる人間(多分一人で)に、このアイコンを押して出てくる画面を見せて]

と高橋くんにメッセージを送った。

[え、でもここは……]

なんだ、なにか問題がある場所なんだろうか。地図情報と照合すると、宿泊施設のようだ。

そして待つこと十数分。ようやく目指すべき対象が見つかり、私はその身体に入り込むことが出来た、というわけだ。


制服はだいぶしわくちゃだった。特にシャツや下着が酷く、引っ張られたかのように伸びきっているのが分かった。

とりあえずは学校に戻るべきか。アヤトの荷物もそこに置きっぱなしだし、何より靴が上履きのままだった。

時計を見ると既に15時を過ぎていた。今戻れば、誰かに目を留められることもないだろう。というわけで、私は学校への道を進んだ。

デバイスが着信を知らせている。さっき吸収したエゴからのメッセージだろう。こいつには聞かなければならないことが山ほどあるが、今は応えている余裕はない。一旦無視することにした。


帰宅する生徒の流れに逆らう形で、学校に向かう形になった。

アヤトの教室は確か3組だったことを思い出し、そこに辿り着いた。念には念を入れて、そっと中を確かめながら中に入る。

中には誰もいない。私は安心して中に入った。そしてアヤトの机を探す。机の場所は分からなかったが、荷物には見覚えがあったので、無事にたどり着くことが出来た。

「イチカ!」

その声に、私は固まってしまった。ゆっくりと顔を上げて声の聞こえた方を見ると、そこにいたのは

「チアキ……」

忘れもしない、現実世界における、私の存在を知る数少ない人物。黒川チアキ。

何故彼女がと思ったが、ここは彼女のクラスなのだから当然か。

「昼間はどうしたの!いっぱい白石くんのデバイスに連絡してたみたいだけど……!」

「あ、うん……そのことは本当にありがとう。高橋くんにもしっかりお礼言っといて」

「お礼の言葉だけじゃ済まないかもよ?彼、かなり無理して出かけてくれたみたいだから……ちゃんと払うべきもので払わないとねぇ」チアキはうっすらと怪しげな笑みを浮かべた。

「払うものって……お金とか?」

「いやぁ、もっと違うものだよぉ。たとえば……」

そう言いながらチアキは、私の胸に指を近づけた。そんなチアキの動作に対して、私は狐につままれたような表情を浮かべるしかなかった。

「……え?どういうこと」

私が不思議に包まれていると、チアキは一気に笑顔を取り戻し

「なーんてね。無事ならいいんだ。私も些細なことだけど、イチカの役に立てて嬉しいし。あ、でも高橋君にはちゃんとお礼しなきゃダメなのは本当だからね!今度欲しいもの聞いとくから」

……できれば彼とは、もう顔を合わせたくないのだが。身体が変化する瞬間を見られてしまっているわけだし。

「それでイチカ、今はどうしたの?そこは白石くんの席だけど……ていうか、白石くんはどこにいったか知ってるの?」

「あ、ああ。そうね……えぇと……」私は必死に言いわけを模索した。

「アヤト、体調崩しちゃって、あのまま帰っちゃったんだ。しかもデバイスまで忘れちゃって。でも家にもいないもんだから、場所だけは突き止めたんだけど、私が出られる状況じゃなくって……それで仕方なく、デバイスだけ運んでもらったってわけ」適度の事実に作り事を織り交ぜることで、それっぽい嘘を作り上げることが出来る、みたいな名言を思い出しながら、私は一生懸命説明を作り上げた。。

「ふーん……」こちらをじっと見るチアキ。その穢れの無い目の輝きを見てると胸が痛む。しかもその透き通るような瞳に心を見透かされるような、そんな感触さえした。

「……それで、白石くんは無事なのね?」

「うん、だからこうして、私が荷物を取りに来たんだ」

「そうなんだ、じゃあ、早く届けてあげないとだね」

「うん、それじゃ……」話の切り上げ時が見えたので、その流れに乗じてこの場を去った。もっとチアキと話していたいが、今はそんな時ではない。

「バイバイ、イチカ」「うん、また今度遊ぼうね」

チアキは笑顔で見送ってくれた。それだけで、何か幸せな気分になれた。


……帰り道の途中で、チアキが言った言葉の意味に気付いた。

身体で払う=身体を差し出す=女の身体を男に差し出す=・・・

だめだ、これ以上考えられない。身体が熱くなり、顔が赤くなるのを止められない。

これは知らなくてもいい知識だし、知らなくていい感情だったと思う。

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