69.酒乱疑惑
ミコトは、騎士団長室で、今日何度目かの溜息をついた。
今日は、外には護衛はいるが、騎士団長室はミコト1人である。
ロイもリントも、第3エラルダ国の謝罪会議に出席しているからだ。
2人とも、居なくてよかったような、昨日の事を聞きたかったような、モヤモヤした気持ちである。
昨夜、ロイとリントが聖女の部屋に来て、ミコトが100万倍発言をして、セイラから貰った飲み物を飲んでから、全く記憶がない。
起きたら朝で、セイラは眠っているし、マリーは特に何もなかったと曖昧な表情で言うし、もしかしたら、とんでもない事をミコトはしでかしたのかもしれない。
飲み物はお酒だったらしいので、酔っ払って、泣いたり、怒ったり、叫んだり、だろうか。
裸になったり、暴れたり、だったら、どうしよう。
もう、昨日のお茶会も、100万倍発言も、この酒乱疑惑に比べれば、ミコトにとっては、大した事はない。
お茶会といえば、と、ミコトは、昨日、カーサに言われた事を思い出した。
男性ばかりの騎士団で、浮気している、だったか。
世間から見たら、そう見えるのかもしれない。
でも、それを非難しているというよりは、だからいいのよ、という感じだった。
今考えると、自分の浮気相手と腕相撲とか、ソマイをお勧めされていたようにも感じる。
ミコトに浮気を勧めて、どうするのか。
まさか、ライラのように、ロイ狙いだろうか。
それは、かなりあり得る。
カーサは超美人だった。
メイクで顔が変わりやすい、のっぺりした顔のミコトとは、雲泥の差だ。
しかも、リントに言われたとおり、ミコトは最近太ったのだ。
原因は、怪我による運動不足と甘いものの食べ過ぎだ。
ロイは抱っこするたびに、重くなったと思っていたのかもしれない。
太った不細工妻が、酔っ払って、粗相?
やばい。
これは、離婚案件なのではないだろうか。
騎士団長室に近づいてくる2人の足音が聞こえる。
ロイとリントが帰ってきた!
ミコトは書類が殆ど進んでいないことに気づいて、こっちもやばいとペンを持ち直した。
ドアがガチャリと開く。
「お、おかえりなさい!」
ミコトは精一杯笑顔を作って2人に言った。
ロイとリントはミコトを見ると、少し驚いた顔をして、目を逸らした。
「ミコト、来れたんだ」
リントは言う。
ロイは、困った様な笑顔を返すだけで、何も言わない。
この反応は……、かなり、やらかしちゃった反応だ!
昨晩、酔って、一体何をしてしまったのだろう!?
「あ、あのさ、ミコト、アレンさんに時間取ってもらったから、今からちょっと代表室で打ち合わせいいかな?」
ロイはミコトに遠慮がちに言う。
ミコトは慌てて頷いた。
「い、今からね。了解、です」
ミコトは席を立ち、いつものように、ロイを待った。
が、ロイはスッとドアの方へ歩き出した。
ーーえ!?
と、突然の、抱っこ終了!?
確かに、そろそろ、抱っこも終わりなのかなとは思っていたけど、今、このタイミングで、終わりって、つまり、昨晩の醜態があったからってこと!?
「じゃあ、リント、後はよろしく」
「あ、はい」
リントは、昨晩のことで落ち込んでいるロイと、フラフラと歩くミコトを見送って呟いた。
「また、すれ違ってそうだな……」
中央政務棟へと続く道を、ロイとミコトは黙ったまま、歩いていた。
ロイはミコトの歩く速度に合わせてくれているが、決して距離を縮めようとはしない。
こんな空気、無理だ。
「ロ、ロイ、あの、昨夜、私、記憶がなくてね、何かあったのかなって……」
ロイはミコトを少し見ると、また目線を前に戻した。
「聖女とマリーは、何か言ってた?」
「セイラは朝寝てたから話してなくて、マリーは特に何もって……」
ロイは前を向いたまま、「そっか」と言う。
ミコトは、絶対何かやったんだ、と確信した。
もう謝った方がいいだろうか、と思った時、ロイは口を開いた。
「ミコトさ、ちょっと、大事な話があるんだけど、今夜時間あるかな?」
「う、うん。じゃあ自宅で……」
「あ、自宅じゃなくて、どこか、えーと、お店でもいい?」
せっかく自宅があるのに、お店?
もしかして、2人きりが嫌とか?
ていうか、大事な話って、別れ話?
ミコトの頭の中で、悪い想像がぐるぐると渦巻いた。
「ミコト?」
ロイの呼びかけに、ミコトはハッとなる。
「わ、分かった。お店ね」
ミコトはロイの顔を見ずに何とか答えた。
中央政務棟のアレンのいる代表室に到着し、ロイとミコトは先日も座った黒いソファに腰掛けた。
先日は膝の上だったが、今日はロイの隣りだ。
向かい側にアレンも腰掛ける。
「ミコト、昨日はご苦労様。どうだった? お茶会は?」
アレンはにこやかにミコトに話しかけてきた。
ミコトは、正直、もうお茶会のことなんて頭になかったが、うーんと考えるフリをした。
「変な、2人、でした」
アレンとロイは顔を見合わせている。
ミコトは続けた。
「カーサさんとソマイさんは、恋人同士かなと思ったんですけど、なんか、ソマイさんを私に勧めてたような……?」
アレンとロイは目配せをして頷いている。
やっぱり、リントやキダンからの報告をきいて、2人ともそう思っているということか。
でもその後の攻撃は意味不明だが。
「ミコトは、どう見てる?」
アレンの問いに、ミコトは下を向いた。
ロイ狙いと思ってる、と言うのは、さすがに恥ずかしい。
「ソマイ……さんから、攻撃されたし、よく分からないです」
ミコトの言葉に、アレンとロイは納得したように頷いた。
「よく、頑張ったな、ミコト」
アレンが褒めてくれたので、ミコトはホッとして頷いた。
「それで、ロイは何の話なんだ?」
アレンはロイを見る。
「俺、セタ兄に会いに行こうと思ってるんです」
アレンは目を見開いた。
「そ、そうか」
ロイはチラッとミコトを見る。
「ミコトと2人で行こうかと思ってるんですが……」
ロイはミコトと2人でセタに会いに行こうとしているようだ。
という事は、別れ話ではない?
ミコトは少しホッとした。
「あ、ああ。いや、ちょっと待て……」
アレンは少し考えて、口を開いた。
「セタの実家は、第4だったろう? 実は次の聖女の巡礼も第4でな。いろいろありすぎて、かなり遅れているんだ」
そういえば、そうだ。
前の聖女の地方巡礼は、ロイが北の大地から帰国する2週間ほど前だった。
いろいろというのは、ロイとミコトの結婚式とその後のことだろう。
「お前は2人がいいだろうが、聖女もミコトがいないと機嫌が悪くなるし、どうだろう、一緒に行ってはくれないか?」
アレンの提案に、ロイはホッと安心した表情を浮かべた。
「それなら、そうします」
ミコトは、ロイの表情を見て、心臓に何か杭を打たれたような、そんな衝撃を受けた。
明らかに、ホッとしていた!
ミコトと2人きりが、明らかに、嫌なんだ!
一体何を、してしまったんだろう。
昨夜の酒乱? もっと前?
「できれば、キダンも連れて行ってくれ」
「また、そうやって押し付けようとして……」
アレンとロイの談笑が遠くに聞こえる。
キダンの話?
そういえば、キダンは、5人の女性に手を出してポイ捨てをしたって……。
あれ、男の人って、1回手を出したら、もう、いいんだっけ?
もしかしたら、ミコトが太っていて、イマイチだったとか……
ミコトの顔が、かぁっと赤くなった。
「あ、あの、私、用事があって、帰ります!」
ミコトは、2人の返事を聞かずに、ソファから立ち上がると、代表室の窓から、ひらりと飛び降りた。
代表室は2階だから、この方が早い!
「ミコトっ!?」
「ええっ!? 何で窓からっ!?」
アレンは驚いて叫ぶ。
と、同時に、ロイも窓から飛び降りた。
「な、何なんだ、お前たち……」
アレンは一瞬にして誰もいなくなった代表室で呆然としていた。




