35.感謝を伝える
ミコト、セイラ、ニア、ソルは、騎士団長室の前にいた。
ミコトはドアをノックする。
「ミコトです。失礼します」
ドアを開けると、騎士団長の席にリントが、事務席の方にカイルが座っている。
「俺たちのところにも挨拶に来るの? 聖女の事はよく知ってるけど」
リントは驚いた顔をする。
「ミコト、可愛いじゃないか! どうしたんだ? そんな格好をして」
ミコトのおじいちゃんポジションのカイルはニコニコとしている。
「あの、花嫁の授業の一環なんです」
2人は、なるほどという顔をした。
ミコトはふーっと深呼吸をする。
タメ口厳禁である。
「本日は、日頃の感謝をお伝えしようと思い、お忙しい中申し訳ありませんが、お時間少しよろしいでしょうか?」
リントとカイルは顔を見合わせる。
「いいけど…」
ミコトは頭を下げる。
セイラも慌てて頭を下げる。
「日頃から、お二人には、お世話になっておりますが、先日の襲撃、その後の対応、何から何まで、本当にありがとうございます」
ミコトは、何とか言えたと安堵したが、騎士団長室はしんとなった。
「聖女もミコトも、どうしたのさ。いつもと違いすぎて気持ち悪い」
リントは苦笑する。
リントは、本当にマリー以外には、冷たいというか意地悪というか…。
「ミコちゃんの心意気が通じないの!? ありがとうって言ってんの!」
セイラは元に戻るの早いし。
「いつもタメ口で偉そうだから、改めたんです」
ミコトはしゅんとなった。
「ミコトがタメ口なのは、ロイとリントだけだろう?」
カイルは笑う。
「ロイさんが、ミコトに敬語なしの呼び捨てでいいって5年前に言ったからですよ。ロイさん呼び捨てなのに、俺がリントさんって言われるのもおかしいから、俺にもそうしろってミコトに言ったんです」
リントはカイルに説明する。
「そう、でしたっけ?」
ミコトは顔をあげた。
「忘れてたの? 記憶力、ロイさん並みだね」
リントは冷ややかに笑う。
「ロイ並みの記憶力…。私、そこまで…」
ミコトはその場にしゃがみ込んだ。
「ミコト、それも失礼だよ」
「ほら、立って」
ニアとソルに腕を掴まれて、ミコトは立ちあがる。
それを見て、リントはハァと息を吐いた。
「感謝はありがたく受け取るよ。ミコトもいろいろあるんだろうけど、一つ言ってもいいか?」
ミコトは頷く。
「ロイさんはミコトが思っているよりも、ずっとミコトのことを考えている。今回の任務も詳しくは言えないけど、ミコトに関係している。ミコトが今することは、無事でいる事だ。ミコトは絶対に、ロイさんの前からいなくなってはいけない」
「え、だって…」
偽装結婚だよ? と言おうとして、ミコトは黙った。
ニアとソルもこの場にいるのだった。
「ミコト、俺からも頼むよ」
偽装結婚と知っているカイルまで、ミコトに笑いかける。
「ロイと一緒に仕事している人物からの手紙には、ミコトに何かあったらロイが暴れると言っていて困ると書いてあったよ。アイツが暴れたら、ちょっとシャレにならん」
「あ、暴れるって…そんな子どもじゃあるまいし…」
というか、これでは、ロイに溺愛されているみたいだ。
そんな事実ないのに、リントもカイルも何故こんな風に言うのだろう。
ミコトからすると、ロイなんて、仕方なくキスしたとか言うし、一言もなく長期任務に行ってしまう男なのだ。
でも、ミコトを守るために、結婚してくれたり、騎士団を動かしてくれたりはしている。
「……分かりました。ナラ先生にもそう言われてるし、無茶はしません」
ミコトは溜息をついた。
嘘の溺愛話をこれ以上されても虚しい。
「あー、あと、挨拶回りは普通にして。気持ち悪いから」
リントは、もう行っていいよというように、手をヒラヒラさせた。
くっそー!
「いつかリントより強くなって、やっつけてやるから!」
ミコトたちは騎士団長室を出て、最後に思い切りドアを閉めた。
ドアのバンッと閉まる音を聞いて、リントは「こっわ」と笑った。
「リントが牽制するなんて珍しいなぁ」
カイルはニヤニヤする。
「ちょっと触りすぎでしたからね、あの2人。そもそも、人妻があの格好で隙だらけなのもダメですが」
リントは書類をパラパラとめくる。
「あの2人はまだ若いし、将来有望です。他にもいい子が見つかりますよ」
「ツラい立場だな」
カイルは、んーっと伸びをする。
「ホントですよ。全部ロイさんのせいです」
リントが笑うと、カイルは真面目な顔をした。
「ミコトはロイの前からいなくなってはいけない…か。リントは、そう思うってことか」
リントは書類をめくる手を止めた。
「カイルさんは、詳しいんですか。ロイさんの家系に」
カイルは苦笑した。
「詳しくはないが、グレンさんも、セタも一途だったな。ロイには、そんな思いしてほしくなかったんだが、アイツ、ミコトのためなら、一国を滅ぼす気らしいから、やっぱり一途なんだろうなぁ…」
「は? 一国って…」
カイルは慌てて手を横に振った。
「あー、真に受けなくていいぞ? この報告をしてきたのは、キダンだから。アイツの報告は8割方、冗談だ」
「8割方冗談の報告をする諜報員って何なんですか…」
リントの呆れ顔に、カイルは首を捻った。
「あれ? リントはキダンを知らないのか?」
「マリーの父親で諜報員って事は知ってますが、会ったことはないですよ」
マリーがキダンを嫌っている事は知っているが。
「そうなのか? おっかしいなぁ。キダンの手紙にリントの事も書いてあったから…」
「……なんて、書いてあったんですか?」
「国に帰ったら、リントに会いに行くって」
リントは両手を握りしめた。
キダンは性格はともかく、優秀な諜報員だときいている。
これは、いろいろ、バレている。
「これも冗談かもな。アイツの手紙は本当にわかりにくいんだよ」
カイルはガハハと笑ったが、リントはこの部分は、冗談ではなさそうだと溜息をついた。
ミコトたちは、癪だが、リントに言われた通り、普通に挨拶まわりを済ませていった。
団員たちに、ありがとうと伝えると、驚く人もいるが、照れたり、笑顔で返してくれる人が殆どだった。
念願だった雑談も少し出来たし、不安だった気持ちも落ち着いていた。
ふと見ると、セイラがふらふらとしている。
「ごめんセイラ。眠いよね。ほら、おんぶするよ」
「んー…」
ミコトはセイラを背負うと、ニアとソルに向き直った。
「今日は本当にありがとう。なんか、2人と話していると学校みたいで楽しかったよ」
地球で、日本で、中学校や高校に通っていたら、こんな友達が出来たかもしれない。
「民間の学校のことか? ミコトは行った事あるんだっけ?」
ソルは不思議そうにきく。
村や町には、民間だが、学校がある。
実は国営の騎士養成所に通える子どもは、かなり優秀なのである。
「あー、10歳までは、村(地球)の学校に行っていて…」
「そういえば、ミコトは途中入所だったっけ」
ニアは思い出したように言う。
ミコトはウンウンと頷いた。
「リントに無理矢理入れられたんだよね、養成所に」
5年前、稽古をつけて欲しくてまとわりつくミコトが鬱陶しくなったのだろう。
リントはさっさと手続きをして、ミコトを養成所に入所させたのだ。
結果的には、良かったのだけど。
「副団長、やっぱり怖かったな…」
ソルが呟くと、ニアも頷いた。
ミコトは首を傾げた。
リントは、怖いというより、意地悪だ。
出会った時から、意地悪だった。
でも5年間、ミコトが養成所や騎士団で女の子なのにやっていけたのは、リントのおかげでもある。
リントはあの頃から、ロイの次に強かった。
騎士団は実力重視なので、リントが気にかけている子どもなら、女の子でも軽視されることはなかった。
そういう意味では、ロイの妹分だという事もかなり大きかった。
ロイの妹分だから、リントが気にかけているという感じにはなっていた。
「私、ロイにもちゃんと感謝を伝えるよ」
ロイに思う事はいろいろあるけど、それはやっぱりミコトの勝手な期待である。
縁もゆかりも無いミコトを妹にしてくれて、ミコト守るために、結婚までしてくれるのだ。
ニアとソルはニッコリ笑って頷いた。
今度ロイに会ったら、ちゃんとありがとうって言おう。
そして、ミコトの気持ちもちゃんと伝えよう。
それをきいて、どうするかは、ロイ次第なので、期待は一切しないでおこう。
ミコトは、結婚式の数日前にはロイに会えるものだと思って、いろいろ言う事を考えていたのだが、ロイが帰ってきたのは、結婚式当日の朝だった。
期待はしないでおこうと、しっかり心に決めていたのに、ロイはミコトの期待をいつもかなり下回ってくるのだ。




