33.諜報活動
第2エラルダ国の首都にある、冒険者や旅人のための宿屋に、第1エラルダ国諜報部隊の拠点がある。
ロイは、そこの部屋のドアをノックした。
「ロイですけど…」
ドアの向こうから、キダンの声が聴こえる。
「本人確認をします。ロイ君の愛する人の名前を教えて下さい」
「……ミ、ミコトです…」
鍵を開錠する音がしたので、ロイはドアを開けた。
「ロイ君、おかえりー!」
キダンは夕飯を食べながら、手を上げる。
「あの、本人確認って、いりますかね?」
「いるよう! 諜報部隊だよ?」
ロイはキダンの前の席に腰掛けた。
他の諜報部員は出ているようで、部屋にはキダンしかいない。
「キダンさん、あの質問、やめてくれませんか?」
「でも、照れ具合で本人確認してるからなぁ」
「ぐっ…」
ロイは、諜報活動を始めてから、ずっとキダンにからかわれ続けている。
アレンとマリーがキダンを嫌がる理由がよく分かった。
「でも、ロイ君はすごいよね。一晩中壁に張り付いてリオの事を監視出来るなんて。耳も目もいいし。ただちょっと、記憶力が悪いのが、ほんっとうに惜しいよね…」
キダンは本当に悔しそうに言う。
ロイはテーブルの上のポテトを口に運んだ。
「ふみまへんね」
ロイは一晩中リオを監視出来るが、そこで見聞きした事を、大部分忘れてしまうのだ。
特に、人名や地名は殆ど頭に入らない。
「よくそれで、養成所の座学が通ったよね? 歴史とか地理とかあったでしょ?」
ロイは途中で購入した果実水のボトルを開けて、ごくごくと飲んだ。
「なかったですよ」
「授業があった事自体忘れているパターンか!」
キダンは天井を仰いだ。
「もういいや。ロイ君から見てリオはどうなの?」
ロイは表情を固くした。
「完全にミコトを狙ってますね。今は俺が国内にいないから、判断つかないみたいで、動きはないですが」
キダンは溜息をついた。
「真っ黒か…。さすがに父に知らせた方がいいかな」
キダンは一通の手紙を机に置いた。
「第1からだよ。昨晩、ミコトちゃんが襲われたって」
ロイは表情を変えずに「そうですか」と言った。
キダンは意外そうな顔をする。
「随分と落ち着いてるね」
「まぁ、昨晩のミコトの動きがおかしかったし、そこから騎士団にずっといるし、リオも第3の動きの報告を受けていたみたいだし、襲撃があったんだなと思いますよね」
ロイは至極真面目に話したのだが、キダンはニヤニヤと笑っている。
「その位置がわかる能力、すごいとは思うんだけど、相手からしたら気持ち悪いよねぇ」
ロイの一番気にしているところを突いてくる。
キダンは本当に嫌な男だ。
ここで反応するから、からかわれるのだ。
ロイはふいと横を向いた。
キダンは、少し残念そうにすると、手紙を開いて続きを話し始めた。
「襲撃してきたのは、Bクラス冒険者7人。黒髪の女を狙っていた。リント君とミコトちゃんで6人捕縛。逃げた1人もその後捕まえたそう。
依頼してきたのは、黒髪の小柄な男と赤い髪の美女…。ぷっ、自分たちで依頼しに行ったんだ? 信頼できる仲間とか、いなそうだもんなぁ」
ロイは懇親会で会った、第3の2人を思い出した。
キダンはあの2人をよく知っているようだ。
キダンは手紙をふんふんと読み続けると、さらにブフーと吹き出した。
「ほ、捕縛された男たちが、黒髪の女が怖かったって、怯えてるって! 何したのさ? ミコトちゃん!?」
横を向いていたロイも思わず吹き出した。
「ミ、ミコトは強いので…」
「いやいや、強いって言っても、女の子でしょ?」
キダンは手紙をピラピラと振る。
「騎士団のナンバー3ですよ」
「えー?」
「俺、リント、ミコト、です」
ロイは3本指をたてる。
キダンは手紙を置いた。
「第1の騎士団は、レベル高いってウワサだけど、あれ嘘だったの?」
「俺、全員の力量みましたが、全員まあまあ強かったですよ。じゃなかったら、ミコト置いてここに来ないですよ。ミコトの強さは、なんて言うか、努力と根性と天性の判断力ですかね…」
「努力と根性って、一番苦手なやつだわー」
キダンの態度にロイは苦笑する。
「言うのは簡単なんですけど、その3つで、成人男性と同等のパワーと、常人を上回るスピードがありますね。俺も簡単に投げ飛ばされました。一番怖いのは、目的のためには手段を選ばないところだなー。自分の体の一部だろうが、アッサリ切り捨てるから、アレは直して欲しいけど…。まぁだから、ちょっと今回の襲撃ではやりすぎちゃったのかもしれませんね」
ロイがミコトについて、かなり流暢に話すと、キダンは青ざめていった。
キダンのミコトの想像図は、完全に筋肉隆々のゴリラ女になっていた。
「ロイ君の趣味、そんな感じなんだ…」
「え?」
キダンは片手を前に出して振った。
「いや、いいんだ! どんな女性が好きでも、僕が言える事じゃないからね! 僕はどうせ嫁に逃げられた男だからね!」
「あ、そうなんですか? それは…何と言うか…」
「バツイチに対しての哀れな眼差しとか、やめて!」
キダンは顔を覆い、泣き真似をする。
ロイは、溜息をついた。
本当に、面倒臭いオジサンである。
騎士団の急遽聖女の部屋となった応接室で、ミコトはベッドに座り悩んでいた。
「ミコちゃーん、騎士団って、あんまり顔のいい男いないねぇ」
セイラの言葉に、ミコトは悩みを中断されて、ガクッとなった。
「外の様子をよく見てると思ったら、そんなところ見てたの?」
セイラはミコトの隣に腰をかけた。
「アイツ以外のいい奴を探してるんだよ?」
「それ、本気だったの?」
コンコンとドアがノックされ、マリーが応接室に入ってくる。
夕ご飯のお弁当をもらってきてくれたようだ。
「ねぇ、マリー、騎士団にイケメン少ないよね?」
セイラの不満声に、マリーは、テーブルにお弁当を置きながら、ふふっと笑った。
「セイラでもイケメンを探したりするのね」
セイラはベッドからテーブルに移動する。
「私じゃなくて、ミコちゃんにだよ。ミコちゃんはイケメンに弱いから」
ミコトはベッドからずり落ちた。
「セイラ!」
「あら、ミコトはそうなの?」
ミコトは首を横にぶんぶん振った。
「じゃあ、アイツの良いところ言ってみてよ。仕事が出来るところ? とか」
ロイの仕事が出来るところなんて、見たことがない。
「え、えーと…、強いところ…」
ミコトはセイラとマリーから目を逸らしながら言う。
「他にはないの?」
マリーがニヤリと笑った。
マリーまで、セイラ側についてしまった。
「や、優しい?」
セイラとマリーは顔をしかめた。
優しいに納得できないのはよく分かる。
実はミコトもロイが優しいかどうかはよく分からない。
優しいというよりは、天然? 素直? なのだ。
それが優しく見える時もあれば、逆に冷たく見える時もあるのだ。
「ミコちゃん、今のところ強いしかないよ?」
セイラはニヤニヤしながら言う。
ミコトはもう諦めることにした。
「イケメンなところ!」
ミコトはテーブルの前の椅子に腰をかけた。
「あら、つまらない。もっと良いところが出るかと思ったのに」
マリーはクスクス笑う。
「イケメンも十分いいところだよ。羨ましいよ」
羨ましいを強調して、ミコトはお弁当の蓋を開けた。
今日はハンバーグ弁当だ。
ミコトはふと、もう一度蓋をしめた。
「マリー、お弁当持ってきてくれて、ありがとう」
マリーは、少し驚いた表情をしたが、「どういたしまして」と微笑んだ。
「セイラ、いつもロイの事、反対してくれてありがとう」
セイラは首を傾げた。
「うん? それ、ありがとうなの?」
ミコトは頷いた。
「私の事だけを思ってくれて、家族だなぁって…」
セイラとマリーは、顔を見合わせた。
「ミコちゃん、どうかしたの?」
セイラはミコトの顔を覗き込む。
「私、もっと、ちゃんとしたいなぁって。みんなにも感謝してるって伝えたいのに、なんか上手くいかないんだよね」
ミコトは溜息をついた。
実は先程、会議室の外で護衛をしてくれていた3人に、早速ありがとうと言おうと思ったのだが、前後の会話なく言うことが難しく、結局何も言えなかったのだ。
「私、騎士団で、今までちゃんとコミュニケーションをとってこなかったから、いきなりありがとうが言いづらいっていう…」
マリーは不思議そうな顔をした。
「ミコトは騎士団でうまくやっていると思っていたわ。リントも何も言っていなかったし…」
ミコトは首を横に振った。
「私、騎士団のみんなは、ライバルというか、敵? みたいな感じで、倒す対象でしかなかったみたい」
「スゴイ脳筋! さすがミコちゃん!」
セイラはアハハと笑う。
マリーは、セイラにまぁまぁと言った。
「騎士団で一番話す人は誰なの?」
「リント、かな。業務連絡で」
セイラは「業務連絡!」と吹き出した。
いやもう、笑われても仕方ない。
みんなと雑談をしてこなかったせいで、他の団員の、人間関係や好みが全くわからないのだ。
「相手に興味が出てきたって事よね? 今は護衛対象なんだし、騎士団員のミコトから離れて、新しくやり直す良い機会じゃない?」
マリーは優しく微笑む。
「すでに知り合いな人たちと新しくって、どうやったらいいの?」
ミコトはマリーを見つめる。
「そうねぇ。どうせココから動けなくて暇だし、私とセイラも協力しようかしらね?」
マリーが不敵な笑みを浮かべた直後、応接室のドアがノックされた。
「リントだけど、入ってもいいかな」
マリーは不敵な笑みのまま、「どうぞ」と言い、丁度良かったわ、と小声で呟いた。




