21.結婚?
第2エラルダの国立宿泊所のロイとミコトにあてがわれた客室で、ロイはミコトをソファに座らせると、声をかけた。
「ミコト、大丈夫?」
ミコトは、ハッとなって、辺りを見回した。
懇親会が始まるまで休んでいた客室で、ロイとアレンは心配そうにミコトを覗き込んでいる。
「私…、なんか、古代魔法とか、ロイが魔法使ったりとか、ロイと結婚? とか、白昼夢を見てたみたいです」
大体、ロイに抱きしめられてから、心臓がおかしかった。
きっとあの時、気絶してしまったのだろう。
古代魔法とか結婚とか、とにかく白昼夢なんて初めてだ、とミコトは息を吐いた。
アレンはミコトの肩に手を置いた。
「ミコト、夢じゃない。ミコトを第3から守るためには、ロイとの結婚しかない。1ヶ月後に挙式だから忙しくなるが…」
「夢、じゃない?」
ミコトの頭の中に、先程までのシーンが映画のように再生された。
ミコトは青ざめて、ソファから降りて、その場で勢いよく土下座をした。
ミコトの額が床と衝突してゴチッと音を立てる。
「ご、ごめんなさいっ! 婚約者役をちゃんとやれなかったばかりか、水晶玉で変な反応出すわ、第3の変な人にからまれるわ、ロイに望まぬ結婚まで強いるなんてっ!」
「ミコト! その謝り方は何なんだ!?」
ミコトのあまりに物理的な低姿勢に、アレンは驚きの声を上げる。
「私の世界の土下座っていう、とにかく、ものすごく謝る時に使う…」
ミコトが言い終わる前に、ロイはミコトを抱き上げて、再びソファに座らせた。
「ミコトは何も悪くないから」
そう言うと、ロイは、ミコトの赤くなった額をなでた。
「ロイ…」
「そうだぞ。ミコトは何も悪くない。むしろ、こちらの事情に巻き込んでしまって本当にすまなかった」
「アレンさん…」
ああ、本当に転移した場所が第1エラルダで良かった。
もし第3に転移していたら、酷い目に遭っていただろう。
「あの、ロイのアレは、魔法なんですか?」
少し落ち着いて、ミコトはロイがホールの全員を倒したことを質問した。
ホールには20人程いた。
手も触れずに、あんなに大勢を倒すなんて、魔法としか思えない。
「アレは魔法じゃないんだ。倒れろって思いながら気を入れるとできる感じかな? 父やセタ兄も出来たんだよ」
ロイはヘラッと笑うが、そんな簡単な話なのだろうか。
「グレンさんとセタも、あんなに大人数できたのか?」
アレンの問いに、ロイは首を傾げた。
「俺もあの人数やるのは初めてだしなぁ。やろうと思えば、2人とも出来たんじゃない?」
すごい事なのに、何か軽い。
アレンはミコトに向き直った。
「ミコトも分かったかもしれないが、ロイは他の国の国家特別人物とは全然格が違うんだ。他の国家特別人物は、言い方は悪いが、少し何かが出来るだけの、ただの人だ」
ミコトは頷いた。
確かに、あの第3の人が優れているとか、あり得ない。
「それは、皆、暗黙の了解で分かっている事だ。だから、ロイと結婚することは、ミコトに誰も手出しが出来ないということなんだ」
「あの、でも、古代魔法の復活って、重要なんですよね? アレンさんやロイが、不利な立場に…」
アレンとロイは顔を見合わせる。
「確かに古代魔法の復活は、エラルダ全体で取り組んでいることだが…、あんな、あんな奴にミコトを渡せる訳ないだろう!」
そう言うと、アレンはソファから立ち上った。
「俺も、かなり腹が立った。絶対にミコトは渡さない」
ロイは座ったまま、拳をグッと握った。
「何で、そんな、私なんか…」
アレンはもう一度座って、ミコトの肩に手を置く。
「もう5年も一緒にいるんだ。ミコトがどんな子か十分に分かっているつもりだ。孫同然なのに、あんな奴に渡せる訳ないじゃないか」
「アレンさん…!」
ロイも「俺も!」と言う。
「5年一緒に、あ、いや、いなかったけど、ミコトとは兄弟の約束をしたっていうか、とにかく、渡せないから!」
うーん、何か、しまらない。
「お兄ちゃんは5年も弟をほったらかしだったからね。しかも帰ってきたら妹だったし?」
ミコトが意地悪く言うと、ロイは笑った。
「次は夫婦か。仲良くしような?」
「今度はほったらかしにしないでね」
ミコトも笑った。
「ミコトは寝たのか?」
話している内にソファで舟を漕いでいたミコトをベッドに寝かせたロイに、アレンはきいた。
ロイは軽く頷く。
「今日はいろいろあって、疲れただろうな…」
「アレンさんも、部屋に戻って寝て下さい。ミコトは俺が見てるので」
アレンは真面目な顔でロイを見る。
「手は出すなよ?」
「出しませんよ。そんな風に見えます?」
アレンは少し考えた後、「見えないな」と苦笑した。
「ロイ、お前さ。お前がミコトを思う気持ちは、俺たちと同じ、家族を思うような気持ちだよな?」
アレンの声のトーンが低くなった。
ロイはソファに座りなおして、同じく声のトーンを落とした。
「どういう意味ですか?」
「ミコトは、異世界人だ。5年後に聖女と共に元の世界に帰るだろう。結婚するといっても、今まで通り過ごして、5年後に後腐れなく、別れて欲しい、という意味だ」
ロイは自分の手に目線を落とした。
「そういう意味…。はい、もちろん、分かってますよ」
アレンはホッとした顔をして、立ち上がった。
「じゃあ、俺も寝て来るわ。お前は寝なくても平気かもしれないが、ちゃんと休めよ?」
ロイは頷くと、アレンを見送った。
ふう、と一息ついて、ミコトが寝ているベッドへ行くと、ミコトの肩が少し震えていた。
「やっぱり、起きてたか。聞いちゃった?」
ミコトの首が少し縦に動く。
「……泣いてるの?」
今度は首を横に振る。
嘘だ。
本当は涙が止まらない。
ミコトは気付いてしまった。
ロイの事が好きだという事に。
好きなのに、結婚は偽装結婚で、5年後には、元の世界に帰れないのに、お別れなのだ。
元の世界に帰れないから、ずっと一緒にいて欲しいと言えたらどんなにいいだろう。
でもこんなにいい人たちに、これ以上迷惑をかけることは出来ない。
ロイは黙って、ミコトの頭を撫で続けてくれた。




