20.国家特別人物懇親会
国家特別人物懇親会が第2エラルダ国で行われる日、ミコトは朝から準備に追われていた。
いや、正しくは、マリーが準備に追われていた。
ミコトはマリーに白いふわふわとしたワンピースを着せられ、足元はヒール低めの赤いパンプスを履かされ、いつもポニーテールに括っている髪は下ろしてキラキラした石が散りばめられたカチューシャをつけられて、少しお化粧までされた。
「ミコちゃん、可愛い!! アイツにもったいない!」
セイラはミコトの周りをくるくると回り、嬉しそうである。
ミコトは鏡を覗き込み、馬子にも衣装ってこういう時に使う言葉だったかと感心していた。
というのも、琴子に似ているからだ。
「ママに似てる…かも」
「うん! 琴ママにそっくりだよ!」
美人の琴子に似なかったと諦めていたが、似ているところもあったようだ。
「マリー、ありがとう! こんなに化けさせてくれて!」
「化けさせてって、ミコトは元々可愛いよ?」
マリー、いいお姉さんだなぁ。
「でも、帯剣していないと、なんか落ち着かないな。隠し武器とか買っておけば良かった」
マリーは、ガクッとなる。
「隠し武器! 女暗殺者みたいなの、いいね! 太ももにナイフしのばせようよ、ミコちゃん」
セイラは、日本のアニメや海外の映画を思い出した様で、ノリノリだ。
「いいね、それ。せっかくスカートだし」
「ミコちゃんは胸おっきいから、胸の谷間にナイフしのばせて、油断させたところで、アイツを殺ろう!」
セイラの中で、隠し武器でロイを殺すことになってしまっている。
「いや、胸の谷間にはさすがに入らないよ。かなり小さいナイフじゃないと…」
「2人とも! 物騒な話で盛り上がらないの!」
マリーに怒られて、ミコトとセイラはしゅんとなった。
「そんなに武器が欲しいなら、これでいいじゃない」
マリーはロイから貰った短剣を出した。
「帯剣していいの?」
「懇親会に帯剣はダメだけど、コレはアクセサリーとして認められているの」
あ、そうか。
プロポーズ用だからか。
マリーはミコトの腰にベルトをして短剣をつけてくれた。
ベルトでワンピースのふわふわ感が抑えられ、少し痩せて見える。
「うん! 痩せて見えるし、帯剣で落ち着くし、コレで行くよ。ありがとう、マリー」
「どういたしまして」
セイラは短剣が気に入らないようで、「隠しナイフの方がいいのに」と言っている。
「じゃあ、お土産買って来るね。行ってきまーす!」
ミコトは上機嫌で聖女の部屋を出た。
おしゃれって結構楽しいなと思っていた。
馬車の停留所に、今日乗る予定の公務用貸切馬車が停めてある。
アレンがすでに来ているようだ。
「アレンさん!」
ミコトが手を振ると、アレンは驚いた顔をした。
「ミコト! すごく可愛いじゃないか!」
「えへへ。ロイの婚約者に見えるように、マリーが頑張ってくれたんです」
「いやいや、ロイにはもったいないよ」
さすがマリーのお祖父様、お世辞が上手である。
アレンはふと、ミコトの腰の短剣に目を落とす。
「それは…」
「おはようございまーす」
後ろから声がして振り向くと、いつもの騎士服を着たロイが歩いて来る。
髪も髭も整え、安定のイケメンである。
ミコトがいくらおしゃれしても、隣に立つには無理な気がして、急に婚約者役に自信がなくなってきた。
「おわっ。ミコト、可愛いね」
ロイも驚いて可愛いと言ってくれたが、何だか心から喜べない。
「マリーがやってくれて…。ロイもかっこいいよ」
ロイは、ふっと笑う。
「ミコトはお世辞がうまいな」
お世辞とは、一体…。
「ミコト、その短剣はマリーが用意したのか? ちょっと高価な物だろう? アイツ聖女の国費を…」
アレンはぶつぶつと文句を言って短剣をじろじろと見る。
「これは、違います。マリーはお金を無駄に使ったりしません」
「アレンさん、俺が買ったんですよ、ミコトに」
ロイは、にこやかにアレンに言う。
「は? 今日の演技のために自腹切ったのか?」
「え? 演技ってなんでしたっけ」
会話が噛み合っていない。
アレンはこの短剣が婚約者のふりをする小道具だと思っているし、ロイはそもそも今日の趣旨を忘れてしまっている。
「あの、アレンさん。これに深い意味は全くなくて、お詫び? として貰ったんです。私も勘違いはしてませんので」
ミコトの助言に、アレンは深く息をついた。
「ロイの行動を深く考えても仕方ないことを思い出したよ。さ、乗ろうか」
第2エラルダまでは馬車で5時間かかる。
こんな時は、地球の車や電車をありがたく感じてしまう。
第2エラルダ国に着いた時は、午後2時だった。
第2エラルダは、第1エラルダと隣接しているので、国の雰囲気はよく似ている。
政務棟や教会などがあり、懇親会は国立宿泊所のホールで行われる。
懇親会後はそのまま宿泊所に泊まり、明日の朝、帰路につく。
ミコトは第2エラルダ国の首都である町の観光がしたいので、お昼発の乗合馬車で帰ろうと思っている。
今日の懇親会は午後5時からなので、十分余裕ではあるが…。
「あだだだ…。腰が、尻が、死ぬ…」
馬車で5時間はミコトも辛かった。
60歳越えのアレンには相当だろう。
「お部屋で腰もみますよ。私、結構うまいんです」
「うう、ミコトはやさしいなぁ」
すっかりおじいちゃんと孫である。
「俺がもみましょうか?」
ロイがアレンに提案すると、アレンは声を荒げた。
「お前のバカ力でもんだら、死んでしまうわ! 1人だけ平気そうな顔しやがって、あだだだ、痛い…」
確かにロイは、けろっとしている。
「ロイは平気なの?」
「うん、俺、あんまり疲れないんだ」
アレンは、「なにが、あんまりだ!」と怒り出す。
「ミコト、コイツは1週間くらい寝ないで戦闘出来るんだよ!」
「本当に? すごい羨ましい! 私も寝ないで戦闘したい!」
寝ないで冒険者やったら、かなり儲かるだろう。
「そういう反応は初めてだなぁ」
ロイは楽しそうに笑った。
第2エラルダの国立宿泊所のホールで、懇親会が始まった。
第2の代表のリオが、始まりの挨拶をした。
リオは40歳前後で、身長170センチ程の濃い茶髪の男だ。
第2エラルダの国家特別人物でもある。
そのため、第2エラルダの出席者は、リオと金髪美女の1番目の奥様だけである。
リオは政治にとても優れた人、らしい。
「懇親会って、立食パーティーなんですね」
ミコトがアレンに言うと、アレンは苦笑した。
「俺のようなおじいさんには、立食なんて苦痛だよ。食事はやはり座って食べたいし、持ってきて欲しいよ」
きっと、交流しやすいように立食なのだろうが、アレンの言う事はもっともである。
「アレンさん、壁際に椅子があるから、座っていて下さい! 私、お料理はこびますよ」
すっかり孫気分のミコトが張り切ると、アレンは首を横に振った。
「そうもいかないんだよ」
「お久しぶりですね、アレンさん、ロイさん。そちらが婚約者の方ですか?」
目の前に先程挨拶をしたリオとその1番目の奥様が立っている。
「お久しぶりです、リオさん。はい。ロイの婚約者のミコトです」
ロイとミコトは会釈をする。
アレンには、極力喋るなと言われている。
そうだった。
この懇親会はアレン頼みなのだ。
「とても可愛らしい方ですね。随分お若いようですがおいくつですか?」
「15歳になったばかりです。いや、ミコトが15歳になるまで待ちましてなぁ」
アレンの嘘がすごい。
「そうなんですね。ミコトさんを待つほどミコトさんは優れている、ということでしょうか?」
リオは完全にミコトを疑っているのだろう。
質問もミコトを見る目も疑いの色を隠していない。
「ミコトは第1エラルダ国の唯一の女性騎士団員なんですよ。実力は保証します」
アレンも負けていない。
真実を交えると、婚約者役も真実味が出る。
「ああ、やはり、聖女の護衛をしている方ですね。女性の護衛とは珍しいと思っていたのですよ。でも、女性の方が良いかもしれませんね。聖女はとてもお綺麗ですので…」
含みのある言い方をしてくる。
ミコトが身構えると、突然、女性の大きな声がホールに響いた。
「でも、ロイさんのお相手が脳筋女なんて、いけないと思いますわ!」
ホールにいたほぼ全員が、声の主を見る。
真紅の髪をアップにした、赤いドレスの女性がこちらに向かって歩いて来た。
ロイと同じくらいの年齢だろうか。
キツイ目つきをしているが、なかなかの美人である。
「第3の国家特別人物の奥様だ」
アレンはロイとミコトに小声で伝える。
第3エラルダの国家特別人物は、古代魔法研究者だ。
その人の1番目の奥様が、ロイに色目たっぷりで近づいてくる。
「ロイさん、お久しぶりです。婚約者をお連れするときいておりましたので、私とても悲しかったんですよ?」
「はあ…」
ロイは気のない返事をする。
ロイのことだから、この人のこと、きっと覚えていないのだろう。
「でも、まだご結婚はされていませんよね? ロイさんには、こんな冴えない女なんて似合いませんわ。私とぜひ一緒になりませんか?」
この人、何を言っているのだろう。
第3エラルダの国家特別人物の奥様なのに、正気だろうか。
「ご冗談を、ライラさん。サンドさんが悲しまれますよ」
アレンは2人の間に入る。
ライラは、わざとらしくハァーと溜息をついて、ホールの隅にいる男を指差した。
「ご存知の通り、旦那様は古代魔法以外興味ありませんの。私のことも、自由に行動して良いって言われていますわ」
確かに、男は本に目を落としたまま、こちらを一度も見ない。
それでも、自由といっても限度がある。
これでは不倫だ。
「そもそもあなたね、その程度の容姿でロイさんに釣り合うとでも思っているの?」
ライラはミコトを指差した。
ああ、この感じ、久しぶりだ。
異世界に転移してから、周りにいた人たちがいい人ばかりだったから、忘れていた。
この世界にも、自分勝手で理不尽な人がいるのだ。
ミコトがライラを睨むと、突然、隣にいたロイがミコトをギュッと抱きしめた。
「俺はミコトが一番可愛いので、あなたには興味ありません」
「なっ!?」
ライラは顔を真っ赤にして、ミコトを睨んだが、ミコトはそれどころではなかった。
ロイの胸板の厚さとか、腕の筋肉とか、ロイの匂いとか、一番可愛いと言われたこととか、全てに、思考停止状態だった。
「ありえませんわね!」
ライラは、踵を返して去っていく。
アレンは胸を撫で下ろして、ロイを見た。
ロイの事は幼少期からよく知っている。
嘘やお世辞を言ったり、ましてや演技が出来る男ではない。
「ロイ、お前…」
「え?」
「あ、いや、ほら、ミコトが苦しそうだ」
ロイの腕の中のミコトがぐったりしている。
「ミコトごめん! 大丈夫?」
「う、うん。何とか…?」
自分の心臓のバクバクとした音がものすごいスピードで聞こえる。
「ライラさんにも、困ったものですね」
リオは溜息混じりに言う。
「はは、6年前はセタを狙ってましたかな」
アレンも苦笑する。
どうやらライラは、かなりの問題奥様のようだ。
「あんた、初めての人だよね?」
先程までホールの隅で本を読んでいた、第3エラルダの国家特別人物のサンドが、いつの間にか近くに来て、ミコトを指差している。
身長はミコトと同じくらいで黒髪の30歳くらいの猫背の男だ。
それにしても、何の挨拶もなしに、夫婦揃ってかなり失礼である。
「サンドさん、お久しぶりですね。はい。ロイの婚約者のミコト…」
「名前は興味ないからいい」
サンドはアレンの挨拶と紹介を途中でぶった斬った。
第3には、失礼な人しかいないようだ。
「一応初めての人には、検査してもらってるんだ。あんた、コレに触って」
ミコトの前に水晶玉のような透明の球体を差し出して来る。
「それは、古代魔法の適性を図る道具ですね。サンドさん、研究の方はどうですか?」
リオがサンドに話しかけたが、サンドは完全に無視してミコトにチッと舌打ちをした。
「早くしてくれない? 言葉わかんないの?」
ミコトの中の何かが、プチッと切れた感覚がした。
ミコトは水晶玉をそっと触りつつ、サンドを素早く軽く押した。
他の人から見ると、ミコトは水晶玉を触っただけのように見えるはずだ。
サンドはその場にドッと尻もちをついた。
「な、なんだ、お前っ?」
誰から見ても、勝手に尻もちついただけだ。
周りから、クスクスとした笑い声が聞こえる。
と、同時に、水晶玉がパァッと光り輝いた。
「ま、まさか…?」
サンドは尻もちをついたまま、水晶玉を凝視している。
「こ、古代魔法の適性が、ある!?」
サンドの声に、ホールにいた全員がざわついた。
ミコトは、古代魔法は神様が不要だと判断して消してしまったと思っている。
もしかして、異世界人だから、何か反応が出てしまったのだろうか。
「おい! お前、今すぐ一緒に来い! すぐ第3に帰国するぞ!」
サンドがミコトに怒鳴りつける。
古代魔法なんて、冗談じゃない。
この世界を変える事は禁止されているのだ。
ミコトはロイにしがみついて首を横に振った。
「嫌です!」
「ミコトはロイの婚約者です! 連れて行くのは…」
アレンはミコトの前に出る。
「どうせ、嘘なんだろう!?」
サンドはアレンを見てニヤッと笑った。
「皆言ってるよ。第1は国家特別人物の結婚に反抗的だってね。その女も今回だけの婚約者役だろ?」
「ちが…」
「だったら、古代魔法の研究の方が重要なんだよ! 全エラルダの悲願なんだ、古代魔法の復活は!」
古代魔法とはそこまでなのか。
サンドはアレンをどかし、ミコトの腕を掴もうとしたので、ミコトは思いっきり振り払った。
手を振り払われたサンドは、ワナワナと震えた。
「な、何なんだ! おい、そこの衛兵、この女を捕まえて連行しろ! 今すぐ第3に帰る。実験したい事が山ほどあるからな! 全く趣味じゃないが、便宜上、私と結婚もしてもらうからな!」
「結婚っ!?」
こんな奴と結婚なんて、死んでもお断りだ。
ホールにいた警備の騎士たちが困惑しながらも集まってきた。
と、同時に、何か、重苦しい空気のような、そんな風が吹いたと思うと、周りにいた全員が、その場にドッと倒れた。
「えっ!?」
サンドはすでに泡を吹いて失神している。
他の人たちも苦しそうに、ホールの床に倒れ込んでいる。
「ロイ! やめろ! 死人が出る!」
アレンはロイの腕を必死に引っ張る。
これ、ロイの力なのだろうか。
一瞬で、ホールにいた全員を倒してしまった。
こんなの、もう魔法だ。
アレンの言葉が届いたのか、倒れ込んでいた全員が、はぁはぁと息を吐いて起き上がり出した。
ロイは静かに、しかし、怒りを露わにして、口を開く。
「俺はミコトと結婚する。ミコトに手出ししたら、許さない!」
リオは息を整えながら、「わかりました」と言った。
「ですが、アレンさん、ロイさん。その結婚式には、ぜひ、出席させていただきたく、よろしいでしょうか?」
リオはアレンとロイを順番に見た。
まだ疑っているのだろう。
「もちろんです。元々1か月後に挙式予定でしたので」
アレンはニッコリ笑って了承する。
「もういいですか? ミコトが疲れているようなので、休ませたいです」
ロイは、ミコトをひょいと抱えると、ホールの出口に向かって歩き出した。
「ロイ、待て、あ、私も失礼しますね?」
アレンも逃げるようにロイを追いかけてホールを出たのだった。




