第二王女の使命
リリス王女の目の奥が燃えている。
「それで騎士の恰好で何を?」
「とりあえず私がハタテに関する書類をもらいに行きます。リリス様はその助手の騎士」
「私は?」
というか、その用事になぜ自分が付き合わされているだろうという疑問がよぎった。大分遅い気づきだが。
「お前は透明になれるのだろう」
「いえ、対策されれば見つかってしまいます」
嫌な予感しかしない。
「お前は透明になって我々がハタテの書類を受け取ったり、話を聞いている間に、中に忍び込んで彼女を探してもらう」
軽い否定を聞き流し、リリスが平然とそんなことを言う。
「あの、これ、王宮はご存じなのですか?」
「もちろん私たちの独断だ。いちいち許可を取っては逃げられてしまう」
「ええと、リレクはそれでいいの?」
リリスの貫通するような視線を受けきれず、シュアはリレクに逃げ場を求める。
「神国人の私を心配しているなら不要よ。私は王宮側の人間です」
いや、そういうことじゃない。
「王宮の人間が、こんな泥棒みたいなことをしても?」
「我々は泥棒が逃げ込んだ先を調べるのだ。すべては許されている」
リリスは立ち上がる。
「なら最後にもう一つお伺いさせてください」
「なんだ、本当に最後だぞ」
「さっきの予言の件はどうなるのです?」
今にも飛び出していきそうだったリリスだったがシュアを再び見た。
ハタテがあのままでいいのなら、つかまえなくてもいいのではないか。
「好きなままに生きよと、さっきお前はそう私に言わなかったか?」
た、確かに。
「ついてこい」
「わかりました。これは確認ですが、ハタテがいなかった場合どうすれば?」
「わかっている。隠し部屋があるということだろう。怪しい場所を見つけてくれ。場所が分かればこちらでなんとかする」
なるほど、もうハタテがいることが彼女たちの中では確定事項になってるらしい。
「それでも私の力及ばずハタテが見つけられなければ、……どうすれば」
「そのときは、そのときよ」
と、リレク。
つまり、ほとんどノープランということか。
ならば見つからないよう適当にうろついて、何もなかったということにすれば納得してくれるか?
「……全力で探します」
「お前が出るときリレクの前で合図しろ」
「わかりました。でもあまり期待しないでください」
***
「本当に見えない。でもなぜ服も見えない?」
リリスの言うとおりだ。そう改めて突っ込まれると、答えを持ち合わせていないことに気づく。
「目の魔力をなくせば見ることができるかと思います」
「そういう細かい操作は私には無理だ」
「王家の術式の影響よ」
リレクが補足する。
「王家の術式ってなんです?」
「王女様たちは、常に王家が持つ術式に魔力を与え続けている。お体は常に魔力が滞らず、ゆえに精密な操作はできないの」
「話はそれくらいにしろ。シュア、準備はいいか」
「はい」
やっぱりやめませんかとはとても言えない。
樹王館は、王都に住む神国人、そして瑠民たちの生活を支える施設である。
高い石壁に囲まれ警備も立つ。一般人に見えるが瑠民なのかもしれない。人通りはあるが物々しく、市民たちの表情もどこか固い。
三人で門をくぐる。と言っても、周囲の者にシュアの姿は見られない。二人は受付に来意を告げ、係りの者からチェックを受ける。
リリスはリリカと名乗った。
やはり周囲にはシュアの姿は見えていないようだ。その分、人にぶつからないよう特に背後を注意して進む。
働いている者はやはり瑠民のようだ。うまくいえないがなんとなくわかる。神国人は客の方が多い。
二人は奥の部屋へ通され、シュアが一人取り残される。一瞬リレクが視線を送り、シュアは目でうなづいた。
さて、
どうしよう。
一応建物のことは聞いている。
一階は受付と待合室、警備、職員室。神国人と瑠民は同じ階らしい。
二階に事務と倉庫、神国人の専用の相談室、生活できるスペースもあるらしい。
そこを調べるよう言われている。
ついさっきまで学校にいたのに、こんなことになるなんて。
腹をくくり、階段を上がる。二階はオフィスだ。動き回る若い職員と、机についてじっと書類に目を通し、印を押す上司らしき中年男性。懐かしい気がしないでもない。
彼らに注意しつつ、ハタテの姿を探す。
でもこんなところにはいないだろう。犯罪者なのだ。
人のいないところか。
オフィスを抜け会議室。誰もいない。個室がいくつか並び、ドア越しに物音を聞くが、よくわからない。
奥にさらに大部屋がある。教室ほどの部屋にクッションのない木のベッドが六つ。仮眠室だろうか。
誰もいない。
次の小部屋で最後。台所だった。
ただ、その大部屋との間に狭い階段を見つけた。
三階があるとは聞いていない。
一応台所を確認する。陶製で乾いている。今さっき使われたような跡はない。
階段は狭く暗い。かろうじてすれ違える程度の幅。
音を消してあがる。人気はない。空虚な静けさだ。突き当りの窓から光が差し込んでいる。
階段を上りきると、細い通路に四つのドアが並ぶ。
左手のドアを開けてみる。
暗い。空気は動いていないが、まったく使われていないというわけでもなさそうだ。
絨毯がひかれ、足長の高価そうなテーブルが見える。ダイニングだ。
なんだろう。ここ。
そっと閉め、反対のドアを開ける。
ベッドルームだ。
パジャマが絨毯に脱ぎ捨てられてある。男ものだ。
「そこでなにをしている?」
男の声が聞こえたのはその時だ。
しかも子供の声。
奥の左ドアが開き、少年が顔を出している。
と思ったときには、目の前にいる。
はやっ、
「痛っ
手首がものすごい力で締め上げられる。思わず声が漏れた。
そうされるまでまったく気づかなかった。
「おおすまない、力加減が足りなかったか」
握りがかすかに弱まるが、さほど変わらない。決死で魔力でガードしているのに抵抗にすらならない。
そこで気づく。なぜこの男は自分の姿を見れている?
なんだこいつ。
少年の全身は濡れている。黒い長髪から滴る水滴が、シュアの靴の上に落ちる。
「誰だと聞いている」
「ごめんなさい。階段があったから、つい」
神国人に連れられ迷い込んだ子供、というテイで来ていた。
「よくここが分かったな。壁をすり抜けたか?」
壁? 何を言っているんだろう。
「放して。痛い」
瞬間、捕まれた手首の圧が高まる気配を感じた。
声を上げたいが我慢した。
「すまん。命令されるとつい反発がな。加減を間違えると壊してしまいそうだ」
「あの失礼しました。勝手に入ってしまい申し訳ありませんでした」
つかまれたまま、必死でそう言った。
「そういえばお前、魔力がないな」
シュアを見る少年の雰囲気が探るようなものに変わった。
「特殊な訓練、いや、体質か。なるほど、だからここに来られたということか」
なんだか勝手に納得している。
「あの、もういいでしょうか」
少年は聞いていない。
「名前は?」
「シュ……リナ。シュリナといいます」
「王都出身か?」
しまった。そこまで細部を設定していない。
確かに捕まることを考えれば想定しておいてもよかったはずだ。
「……フルーロードです」
とっさに嘘をつけばばれかねない。
「大臣、いや商人の子か? 確かにいい召し物だな。両親の名は?」
なんだ、こいつは。
「知らない人にこれ以上お話しするのは」
「私を知らない?」
驚いている。そんなに有名人だった?
「来て間もないので」
「まあいい。下に両親はいるのか」
「いえ、付き添いが」
「そうか。用意をするからちょっとこの場で待て。付き添いとやらに会わせてもらおう」
ようやく手が離された。
少年は裸のまま出てきた部屋に消える。
ドアが閉まった瞬間、シュアは全速力で逃げだしていた。




