砂漠の覇王”リンドブルム 流血の賭け麻雀
交易都市カリュド。砂漠と街道を結ぶ要衝にして、昼夜を問わず人々で溢れる賑やかな場所……のはずだった。
だが、クラリッサたちの目に映ったのは、どこか沈んだ空気を纏った街の姿だった。
屋台の商人が小声で囁く。
「……“砂漠の覇王”リンドブルムが戻ってきたらしい」
その名を耳にした瞬間、クラリッサの眉がかすかに動く。
リンドブルム。かつて砂漠の国を統べ、そしてクラリッサと死闘を繰り広げた宿敵。
勇者アレスの圧力により居場所を奪われた彼は、今や地下闘技場で「流血の賭け麻雀」を支配しているという。
血と叫びに彩られた卓上の覇権。まるで本来の麻雀を冒涜するかのような場所だ。
隣でサラが、不安を隠せない表情で問いかける。
「クラリッサさん……本当に行くんですか? 相手は、あのリンドブルムなんですよ?」
クラリッサは迷いなく頷いた。
その瞳には、過去の因縁を正面から受け止める覚悟の光が宿っている。
「避けては通れない。リンドブルムは……私の麻雀の半身みたいな存在だから」
その声には、宿敵を再び卓上に呼び戻す決意と――遠い日の死闘の記憶が重なっていた。
地下闘技場の空気は、砂漠の熱気と血の匂いが入り混じったように濃く淀んでいた。
観客たちの歓声が岩壁を揺らし、その中心――ひときわ高い檀上に、一卓の麻雀台が据えられている。
そして、その奥。
巨大な影のように姿を現した男こそ、かつて「砂漠の覇王」と呼ばれた宿敵――リンドブルムだった。
かつて砂を切り裂く暴風のように荒々しく、そして覇者として誰よりも重い存在感を放っていたその姿は、今なお衰えを知らない。
彼は豪放な笑みを浮かべ、低い声で吐き捨てる。
「よう、雀帝。……まだ息してやがったか」
挑発の一言に、観客がどっと沸き立つ。
クラリッサはわずかに唇を引き結び、凛とした瞳で宿敵を見返した。
リンドブルムは続ける。
「アレスに頭を垂れてりゃ、楽に余生を過ごせただろうに。だが――そんな退屈は、俺には似合わねぇ」
片手で牌を弄びながら、獣じみた笑みを深める。
「俺は俺のやり方で……麻雀を証明してやる。血と欲望にまみれた、この闘技場こそがな!」
観客の熱気がさらに高まる中、クラリッサは静かに席についた。
彼女の動きは一切の迷いを見せず、ただ卓上の運命を受け止めるように落ち着いている。
「……いいわ。なら証明しなさい、リンドブルム。
本当に麻雀がそんな浅ましいものだっていうなら――私が否定してみせる」
その瞬間、場の空気が一変した。
観客の視線が一点に集まり、砂漠の覇王と伝説の雀帝。
二人の宿命が、再び一つの卓を挟んで激突しようとしていた――。
轟音のような歓声が地下闘技場を包む。
闇に浮かび上がる卓の上で、牌が打ち下ろされる乾いた音だけが、妙に鮮烈に響いていた。
クラリッサとリンドブルム。
宿敵同士の再戦が、いま始まった。
リンドブルムは開幕から荒々しい攻撃を仕掛けてくる。
鋭い打牌、躊躇のない手順。手を止めることなく次々と牌を叩きつけ、場全体を掌握していく。
「ハッ! 守りなんざ無駄だ。押し潰すのが俺のやり方よ!」
その豪快さに、観客席は熱狂する。まるで闘牛士の舞を見ているかのように。
リオは腕を組み、低く呟いた。
「……やっぱり化け物だな。派手に見えて、実は相手の動きを完全に封じてやがる。真正面から行けば、まず勝てねぇ」
サラは両手を握りしめ、目を離せずにいる。
「クラリッサさん……!」
序盤、リンドブルムは場を完全に制圧。
鳴きもリーチもすべてが恐ろしく早く、クラリッサは一手も打たせてもらえないかのように追い詰められていく。
だが――クラリッサの瞳は冷えていた。
「……強い。けど、強すぎるがゆえに――穴がある」
中盤、リンドブルムの強引な進行に潜む隙を見抜いた瞬間、クラリッサの手が迷いなく動く。
放たれた一打。
「ロン」
静かな声が、轟音の歓声を切り裂いた。
クラリッサの和了が炸裂し、リンドブルムの猛攻を切り返す。
観客席がどよめき、サラが歓声を上げる。
リオは目を細め、口の端を吊り上げた。
「……相変わらずだな。最後の最後で、相手を呑み込む」
リンドブルムは一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに豪快に笑った。
「クハハ! そうでなくちゃな、雀帝! これでこそ死闘だ!」
卓を挟み、再び二人の牌が激しくぶつかり合う。
攻撃と冷静、豪放と緻密。
互いの一打が場を揺さぶり、観客は息を呑んで見守った。
――勝負は、まさに一歩も引かない白熱の展開となっていた。
闘技場の空気が張り詰めていた。
最終局――宿敵同士の対決は、とうとう最後の瞬間を迎えようとしている。
リンドブルムの手が止まり、次の瞬間――雷鳴のように卓を叩いた。
「リーチだァ!」
宣言と同時に響き渡る喝采。
彼の目は燃え盛る炎のように紅く、声は闘志で震えていた。
「俺は麻雀で全てを奪ってきた! 血も、財も、命さえもだ! 生きるも死ぬも、この卓の上で決める――それが俺の道よ!」
場の空気が一瞬で熱狂に呑まれる。
まるで闘技場全体が彼の狂気に支配されたかのようだった。
だが、クラリッサは微動だにせず、その視線をリンドブルムに突き刺した。
「……奪うための麻雀? そんなものはただの暴力よ」
ゆっくりと、しかし確固たる決意を宿した声で言い放つ。
「私は麻雀で人を救う。誇りも、絆も、未来も。……そのために“雀帝”はいる!」
観客が息を呑んだ。
互いの信念が卓上で激突する。
クラリッサの指先が静かに動いた。
最後の一牌を手に取り――鋭く打ち下ろす。
「ロン!」
凛とした声が闘技場を貫いた。
鮮やかな和了の形が卓に並び、リンドブルムの豪快な手を打ち砕く。
次の瞬間、場内が爆発するかのようなどよめきに包まれた。
観客は立ち上がり、歓声と驚嘆の渦に飲み込まれていく。
クラリッサは静かに息を吐き、目を閉じる。
その姿は、誰の目にも“雀帝”の帰還を告げるものだった。
闘技場を揺るがした死闘が終わった。
卓の上に沈黙が降り、誰もが勝者の余韻に酔いしれていた。
敗北を喫したリンドブルムは、しばし俯いたまま動かない。
観客の誰もが固唾を呑んで見守る中――次の瞬間、彼の口から豪快な笑い声が響き渡った。
「クハハハハッ! やっぱりよ……! お前は俺の知ってる“雀帝”だ!」
顔を上げたリンドブルムの目には、敗北の悔しさではなく、むしろ清々しい光が宿っていた。
「アレスに媚びて生き延びる? そんな真似はお前に似合わねぇ! ……そうだよな、クラリッサ!」
クラリッサは黙って彼を見返した。
その瞳にはかつて砂漠で死闘を繰り広げた宿敵を、真っ直ぐに受け止める覚悟が宿っていた。
リンドブルムは立ち上がり、両腕を広げて堂々と宣言する。
「いいだろう! 次は敵じゃなく、隣に座ってやる! ――アレスの野郎をぶっ潰すためにな!」
観客席が一気にざわめきに包まれる。
あの砂漠の覇王が、雀帝と手を組むというのか――と。
サラは目を丸くし、次の瞬間には瞳を輝かせていた。
「すごい……! クラリッサさん、本当に宿敵を仲間に……!」
リオは腕を組んで渋い顔を崩さず、ぼそりと呟く。
「……仲間が増えるのは悪くねぇが、よりによって爆弾みてぇな奴だな」
ゴルド爺は煙管をくゆらせ、満足げに笑った。
「クク……これで一層、風が強うなるわい。アレスとて、そう易々とは構えておられんじゃろうて」
宿敵は盟友となり――物語はさらに熱を帯びていく。
熱狂の渦を残したまま、闘技場は少しずつ静けさを取り戻していく。
観客たちは「雀帝と覇王の和解」という前代未聞の光景を目撃し、興奮冷めやらぬまま街へと広がっていった。
クラリッサは卓の前で、深く息を吐いた。
宿敵が隣に立っている――その事実が、胸の奥に熱を灯していた。
リンドブルムは豪放に肩を組んでくる。
「俺が砂漠で握ってきた力、今度は全部、お前の戦いに使ってやる。アレスの野郎に、一泡吹かせてやろうじゃねぇか!」
彼の言葉は大げさでも虚勢でもない。
砂漠を統べてきた覇王の影響力は、必ずや大陸中の麻雀文化復活に追い風となるだろう。
リオはため息をつきながらも、口の端をわずかに上げる。
「……本当に爆弾を抱え込んじまったな。でもまあ、悪くねぇ」
サラは両手を胸に当て、眩しそうに二人を見つめていた。
「すごい……これで、麻雀の未来が本当に変わるかもしれない……!」
ゴルド爺は煙を吐き出しながら、にやりと笑った。
「これで風向きは完全に変わったわい。アレスも、さぞかし面白くないじゃろうのう」
クラリッサは仲間たちの言葉を受け止めつつ、ふと遠い空を仰ぐ。
視線の先には、まだ見ぬ宿敵――勇者アレス。
かつての孤独な雀帝は、もういない。
今は力強い仲間たちと共にある。
小さく、しかし確かな声で、クラリッサは呟いた。
「……アレス。私たちはもう、一人じゃない」
その言葉は静かに風に溶け、大陸全土に広がっていく未来の物語を予感させた。
 




