麻雀を取り戻すってのは――もう“戦争”だ
地方大会での勝利、村の不正賭場の浄化、そして宿敵リンドブルムを仲間に迎え――
クラリッサ一行の旅は、確かに一歩ずつ前へ進んでいた。
最初は冷ややかだった人々の視線も、次第に変わりつつある。
町角の茶屋で囁かれる噂。
「雀帝が……まだ生きていたらしい」
「いや、麻雀は終わっちゃいない」
そんな声が、風に乗って広がっていく。
――ある町でのこと。
サラは広場に集まった子供たちを相手に、牌の持ち方を教えていた。
「ここはね、三つ集めると“刻子”っていう形になるんだよ」
幼い指先が不器用に牌を並べ、揃った瞬間、ぱっと顔を輝かせる。
「できた! ぼくも雀士になれる?」
サラは優しく笑って頷いた。
「もちろん。麻雀は、誰にでも開かれてるんだから」
また別の街角では――
古びた卓を前に、一人の老人が震える手で牌を握っていた。
「もう二度と……触ることはないと思っていたが……」
涙が皺を伝い落ちる。
かつて麻雀が日常の一部だった世代にとって、それは失われた故郷に触れるような体験だった。
クラリッサはそんな光景を横目に見ながら、無言で歩みを進める。
けれど胸の奥に、かすかな熱が灯るのを感じていた。
リンドブルムが隣で豪快に笑う。
「ハッ! いいもんだな。賭けと血だけじゃねぇ麻雀を、また拝めるとはよ」
リオは肩をすくめ、
「……あんたが一番似合ってねぇセリフだな」
と呟くが、その口元はどこか緩んでいた。
確かに広がっている――麻雀の灯が。
それは小さくとも、やがて大きな炎となって、大陸全土を照らすだろう。
だが――。
各地で芽生え始めた麻雀の火は、まだ小さな灯火に過ぎない。
勇者アレスの支配は、大陸の隅々まで根を張り、揺るぐ気配はなかった。
そして彼には、恐るべき「四天王」と呼ばれる存在が控えていた。
暗い玉座の間。
アレスが冷ややかな眼差しを向けると、その呼び声に応じて四つの影が現れる。
ひとりは巨岩のような腕を組み、豪快に嗤った。
「剛腕のジャガン」――力任せの打ち筋で、相手をねじ伏せる怪物。
薄暗い空間で、妖艶な笑みを浮かべた女がささやく。
「幻視のミレイユ」――その一打ごとに幻惑を仕込み、相手の心を惑わせる魔性の雀士。
冷たい光を宿す眼鏡の男は、ただ無表情に牌を撫でる。
「冷血のゼクト」――一切の感情を排し、確率論と計算だけで相手を追い詰める。
そして最後に、血染めの外套をまとった異形が、低く笑い声を響かせた。
「血塗れのカリュブディス」――敗者に苛烈な制裁を与え、その名を恐怖とともに刻みつける処刑人。
四人はひざまずき、静かにアレスの命を待つ。
大陸を覆う黒雲は、まだ晴れない。
麻雀の再興を願う者たちの前に、今まさに最強の壁が立ちはだかろうとしていた。
夕暮れの街道。
赤く染まる空の下、クラリッサ一行は静かに歩を進めていた。
地方大会の勝利、村での麻雀復活、そして宿敵リンドブルムの加入。
彼らの旅は確かに「麻雀の灯」を広めつつあった。
だが、道すがら口を開いたのはリオだった。
彼は腕を組み、冷静に言い放つ。
「クラリッサ。……忘れるなよ。アレスの力を考えれば、これは小競り合いじゃ済まない。
麻雀を取り戻すってのは――もう“戦争”だ」
サラはその言葉に小さく息を呑み、不安げにクラリッサを見つめる。
だがリンドブルムが豪快に笑い飛ばした。
「クハハ! 上等だ。戦争だろうが何だろうが、俺たちで風を変えてやろうじゃねぇか!」
拳を打ち鳴らす音が、空気を震わせる。
サラはまだ戸惑いを抱えていた。
しかし、隣を歩くクラリッサの横顔を見たとき、その胸に灯がともる。
クラリッサの瞳は、燃えるようにまっすぐだった。
「私は麻雀で人を救う。……それが“雀帝”としての私の使命だから」
その言葉にサラは小さく頷き、リオもまた深くため息をついた。
「……まったく。お前は昔から変わらねぇな」
夕闇の中、彼らの足取りは迷いなく進んでいく。
その先に待つものがどれほど苛烈であろうとも――麻雀で世界を救うために。
夜。
旅の一行が野営の火を囲んで眠りについたころ、クラリッサはひとり、外へ出ていた。
砂漠を越え、都市を巡り、村を救い――気づけば傍らには、共に歩む仲間がいる。
かつて孤独に“雀帝”を名乗り、ただひたすらに牌を打ち続けていた自分とは違う。
夜空を仰ぎ、クラリッサはそっと目を閉じる。
星々の瞬きの下、背後には確かに仲間たちの寝息があった。
温かい気配。もう、ひとりじゃない。
――それでも。
胸の奥には、どうしても消えない影がある。
勇者アレス。
麻雀を葬り去り、大陸を支配する“最大の壁”。
「……待っていなさい、アレス」
呟きは夜風に溶け、静かな決意の音色となって響いた。
そして物語は、さらなる嵐の前触れを孕みながら、次の章へと歩みを進める――。
こうして、麻雀再興の旅は始まった。
落ちぶれた伝説は再び歩き出し、宿敵すらも仲間に加わり、各地で失われた光を取り戻していく。
確かに、麻雀は蘇ろうとしていた。
――だが。
その先に待ち受けるのは、かつて世界を救い、今はすべてを支配する男。
勇者アレス。
彼こそが、クラリッサたちの前に立ちはだかる最大の壁であることを、まだ誰も知らなかった。
――その夜、王都の玉座にて。
勇者アレスは冷ややかな眼差しで報告を受けていた。
「……雀帝クラリッサが、再び動き始めたと?」
闇に沈む広間。その前に跪く影は静かに頷く。
「は。地方都市にて、彼女が勝利を収めたとの報せが……」
アレスはゆるやかに目を細め、薄く笑った。
「愚かだな。死に絶えたはずの文化を掘り返すなど――だが、潰す価値はある」
彼が片手を上げると、玉座の周囲に四つの影が現れる。
「剛腕のジャガン」「幻視のミレイユ」「冷血のゼクト」「血塗れのカリュブディス」――アレスの四天王。
アレスの声が低く響く。
「行け。雀帝とやらを再び闇に沈めろ。
……麻雀は、俺の手の中でのみ生きる」
重苦しい気配が広間を覆い尽くす。
そして物語は、新たなる試練の章へ――。




