悪役令嬢として、雀帝として
交易都市の中央にそびえる大広間は、今夜ばかりは舞踏会ではなく――麻雀の聖域へと姿を変えていた。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが煌めき、壁には豪商たちが寄贈した名画がずらりと並ぶ。普段は貴族や富商の社交の場として使われるその空間の中央に、四つの麻雀卓が厳かに設けられ、観客席が円環状に取り囲む。
その光景はまるで戦場――いや、祭りであった。
屋台が並び、子供たちが駆け回り、旅人や地元の住人までもがひしめき合う。誰もが熱に浮かされたような表情で、今か今かと対局の開始を待ちわびていた。
「すごい……これが、大会……」
サラが小さく呟く。彼女の瞳に映るのは、かつては密かに嗜まれていた麻雀が、今、堂々と陽の下に甦る瞬間だった。
優勝賞金は莫大。勝者は一生遊んで暮らせるほどの金を得られる。だが観客も参加者も、それ以上の価値をこの大会に見出していた。
勇者アレスが支配するこの時代、麻雀は徹底的に抑圧され、地下賭場や密室で細々と息をつなぐ文化に堕していた。
――そんな現実を打ち破るように、この交易都市の有力者たちが旗を掲げた。
「麻雀の文化を復権させる」と。
その大々的な宣言とともに開かれた大会は、ただの勝負事ではない。希望そのものだった。
「雀帝様が出るらしいぞ!」
子供たちが目を輝かせて囁き合う。
「またこの目で本物の麻雀が見られるとはなぁ……」
老人が涙を拭いながら震える声で言った。
麻雀は死んでいなかった。
その灯が、今ここで再び燃え上がろうとしていた。
優勝賞金は莫大――勝てば一生、贅沢に暮らしても余るほどの額。
だが、この大会を彩る熱気の正体は金ではなかった。
勇者アレスの支配下にある今、麻雀は忌むべきものとして徹底的に抑圧されている。地下賭場の闇に潜み、後ろ暗い密室で囁き合うように打つしかなかった。
――人々は忘れかけていたのだ。麻雀を陽の下で堂々と打つ歓びを。
だからこそ、この大会は奇跡だった。
都市の有力者が旗を掲げた。「麻雀文化の復権」を。
その言葉に呼応するかのように、交易都市の大広間は今や麻雀祭の殿堂と化している。
交易都市の大広間に設けられた卓へ――集うのは、ただの麻雀好きではない。
名誉、金、そして己の信念を懸けた猛者たちであった。
◆ 地元の名うて雀士 ― 守りの大樹
最初に名を連ねたのは、代々麻雀を嗜んできた旧家の当主。
白髪をきっちり撫でつけ、和服を纏い、卓につくその姿は威風堂々。
「麻雀は攻めて勝つものにあらず、耐えて勝つものなり」
その守備型の打牌は岩壁のごとく堅牢で、派手さはないが相手をじわじわと削り落としていく。
――彼の存在は、麻雀がこの土地に根づいた文化であることの証でもあった。
◆ 賞金目当ての旅打ち ― 嘲笑う二枚舌
次に名乗りを上げたのは、流れ者の旅打ち。
黒ずんだマントを羽織り、ニヤニヤと不敵な笑みを絶やさない。
「へぇ、雀帝様ご登場かい? 噂よりずいぶん華奢だなぁ。……まぁ、すぐに泣き顔見せてもらうけどな」
挑発を武器に相手の心を揺さぶり、勝機をもぎ取る狡猾な雀士。
卓上に座るだけで、場の空気をざらつかせる男である。◆ 若き新星 ― 天才少女の煌めき
そして観客の注目を一身に集めたのは、年若い少女雀士。
艶やかな金髪に大きなリボン、まだ十代半ばだというのに、その打牌は鋭く無駄がない。
「次は私が雀帝になるんだから!」
勝ち気な声に、客席から大歓声が巻き起こる。
――誰もが思った。彼女こそ「第二の雀帝」ではないか、と。
この大規模な麻雀大会を仕切るのは、交易都市きっての豪商――バルタザール・ド・グランメル。
大広間の最上段、金糸を織り込んだ衣をまとい、肥えた身体を揺らしながら壇上に立つ姿は、誰が見ても「富の象徴」であった。
「諸君! 本日、この場に集まっていただいたのは他でもない――麻雀を愛する心あればこそ!」
高らかな声に観客席から拍手と歓声が返る。
だがその眼差しの奥には、商人特有の計算高さと、隠しきれぬ闘志が燃えていた。
――表向きは「文化振興」や「都市の繁栄」。
だが真の狙いは、勇者アレスの圧政に揺さぶりをかけることにあった。
アレスが禁じようとしている麻雀を、これほど大々的に開催する。
その意味は明白だ。
麻雀の火は、まだ消えていない。
この大会の成功こそが、それを世に知らしめる最大の証となる。
「諸君らが放つ一打は、この時代の未来を照らす灯火となろう!」
バルタザールの宣言に、再び大歓声が沸き起こる。
その声援の渦の中、クラリッサは静かに卓へ歩を進めた。
――麻雀を賭けた戦いは、もはや一都市の祭りを超え、時代のうねりとなりつつあった。
煌めくシャンデリアの下、交易都市の大広間には数百の観客が集っていた。
その視線のすべてが、壇上に立つ大商人バルタザールへと注がれる。
「――勇者の時代にあっても!」
豪快な声が大広間を揺らす。
「我らは牌を握ることをやめない! 本日ここに、麻雀大会を開催する!」
瞬間、会場は爆ぜるような拍手喝采に包まれた。
椅子を叩く音、口笛、割れるような歓声。
まるで戦場に赴く兵士を送り出すかのように、人々の熱気が渦を巻いてゆく。
――これが、麻雀を禁じられた時代の反響。
人々は飢えていたのだ。牌を鳴らす音に、卓を囲む真剣な眼差しに、勝敗の先にある希望に。
観客席のざわめきを背に、クラリッサは卓へ歩みながら目を細める。
これはただの大会じゃない。……麻雀が生きていると証明する舞台。
唇に微笑を浮かべ、クラリッサは牌を抱く手に力を込めた。
――悪役令嬢として、雀帝として。
この日、彼女は再び「麻雀」という名の光を広間に灯すのだった。
 




