〔第16話〕ケモノ女と電ノコ少女
セネカにコンプラは通用しない。
「あの…ツグネさん、結局ヴェルサイユの涙って何なんですかね…」
エヴァンテとの交渉を終えた2人は、森に置いてきた荷物を取りに行く途中。
「知らないが、こうなった以上。もう依頼主が顔を出すまで俺らが動く事はないな。」
「えぇ、周回移動都市が味方についてくれるなら僕の目標は達成したと言ってもいいでしょう。ですが、222と戦うってなると話変わってきますね…」
「あぁ、そうだな。まぁ俺ら2人の情報源はあくまで、この街に入ってから集めた物に過ぎないからな。実際、エヴァンテに222について色々聞くまでは、よくわかんねぇ…」
「僕達が集めた情報でも結構バラツキがありましたからね…。実際222って、どんなもんなんですかねー。まぁ周回移動都市が貴方のチカラを欲するぐらいには厄介な相手なんでしょうね…」
「まぁ事象って呼ばれてるぐらいだからな。」
2人は荷物を置いている場所に辿り着く。
「タフナ、シッ。静かに…」
「…。」
1人のフードを被った女が2人の荷物を物色していた。
ツグネは静かなボソボソ声でタフナに尋ねる。
「なぁ、アイツ…」
「そうですね。アイツ、あの時の…鎖ハンマー女ですよ…」
「なんか…俺らの荷物くんくん匂ってねぇか…」
「犬みたいですね…」
その時ツグネの脳裏に蘇る。
犬みたいな走り方をしていた【カンネ•ロード】を連想して、恐怖に震える。
「おい…アレ…。カンネ•ロードじゃねぇだろうな…」
「多分、違いますよ。今ロードの名を関する4人はこの周回移動都市に不在って確認したじゃないですか。だから、僕達はエヴァンテとの交渉にありつけたんですよ。」
「だけど、もし、もう帰ってきていたら…」
「あ、貴方がビビらないで下さいよ…よく見てください。ほら、あのフードの女、明らかにあの時出会った鎖ハンマー女じゃないですか。」
「あぁそうだな…」
——————クンクンッ。クンクンクンクンッ。
「おい、めっちゃ匂い嗅いでんぞ…タフナお前の荷物臭いんじゃねぇのか?」
「失礼ですよ。でも、あんな匂われたら、ちょっと不安になりますが…貴方の荷物が臭いんじゃないですか?」
「俺は無臭、お前が臭い。」
その時、2人の荷物を嗅いでいた女が声を出した。
『匂いが強まった………おい。近くにいるの分かっている。大人しく出てこい、姿を見せろ。』
「おい、お前の臭いせいでバレたじゃねぇか。」
「僕の臭いでばれたんじゃないですよ。多分。」
「…出るか?」
「一様、僕達はもうこの都市の味方です…やましい事はありませんが、この女は話を聞かずに攻撃してきます…」
「…もう少し様子をみよう。」
「そうですね。」
『出てこねぇんならよぉ…周りの隠れれる木と草、全部薙ぎ倒おすかんなぁぁあ!!』
「アイツほんと脳筋だな、おい。」
「やばいですよぉ。パワー系すぎますよアイツっ…」
『おい、まさか飛び道具で私の事仕留めようとしてんのか?ショボイ飛び道具じゃ私の“毛皮”は引き裂けねぇぜ。』
「“毛皮”…?アイツ今、毛皮って言ったか?」
「えぇ、言ってましたね。アイツ、やばい奴なんですかね?!」
女は深々と被っていたフードを下ろして、顔を見せる。
「おい、見ろタフナ!アイツ耳があるぞ!」
「えぇそうですね。しかも、“ケモ耳”ですよアレ!」
毛に包まれた女は、犬を擬人化させた様な姿をしてきた。
『どっかから見てんだろぉ!私は姿を見せたぁぞ!出てこいぃ後、10秒で出て来なかったら草と木を薙ぎ倒す!!10、9、8、…』
「ヤベェよアイツ、意味わからん筋通してきたぞ!」
「どういう筋なんですかね…」
「怖ぇよ俺ら別に今はやましい事ねぇのに、アイツがやばすぎて出れねぇよ!!!」
「今、姿見せたらノーモーションで鎖のハンマー投げてきそうですよね…」
その時、ケモノの女に向かって1人の少女が歩いてきた。
ケモノの女は少女を見た瞬間、片膝を立てて座る。
それはまるで女王に敬礼する騎士の様に見える。
さっきまで叫びまくってた奴とは思えない。
——————『うるさい、ケモちゃん。』
少女から発せられたら言葉に対し、ケモノの女は丁寧に謝罪する。
『申し訳ございません。近くに名の知れない輩がいるので威嚇をしておりました。』
「ねぇ俺ら威嚇されてたの?」
「みたいですね…」
「アレ威嚇というより恐喝だろ。」
「恐喝…というより狩りに近い様な…」
———『んー、よしよし…。んーっ。んーっ。スリスリー。スリスリー…」
ケモノ女のフサフサな毛並みの顔に、少女は自分の顔を擦り付ける。
片足を立てて跪くケモノ女を撫で回している。
『い、今はお辞めっくだっ下さい…。輩がいます…』
———『よしよし〜、んーっ。んーっ。』
口ではああ言っているが、ケモノ女も撫でられて満更でもなさそうだ。
「何なんだよ…アイツら。俺達は何、見せつけられてんだコレ…」
「ッ、ツグネさん…もしかしてあの少女。羊みたいな奴の上で寝てたメルヘン女ですよ…」
「確かに、着てる服も…あん時、見たパジャマだな…」
「まさかメルヘン少女が門番のケモノ女より地位が高いとは驚きですね…」
「あぁ。」
撫でる少女は跪くケモノ女に抱きついて体を擦り付けながら言う。
———『んーっ。んーっ。スリスリ…スリスリ…んーっ。んーっ。ケモちゃん動かないでね。』
『かしこまりました。』
次の瞬間、鼓膜をつんざく激しい音がなった。
——————ヂュィィィィインッ!!!
「ッ!?!?」
「なっ?!?!」
——————ヒュンッ。
ツグネの目に映った光景、それは自分の体より大きな丸い電ノコが、高速回転しながら顔の横を掠めた。
ツグネはスローモーションの様な時の中で、確かにそれを見る。
——————キュィィィィイイイイイイインッ。
「ッ!!!」
(あっっぶっっなっ、何だっっ!!!)
——————キュィィィィイイイイイイインッ。
高速で回転する刃がすごい速度で少女から“放たれまくる”。
——————キィィィイインッ!!!!
少女を中心とした丸い大きな電ノコが、半径15メートル程の草木を刹那の間に切り刻む。
——————キュィィィィイイイイイイインッ!!
体感0秒だ。
でも、実際の所は3秒程だろうか、さほど変わらない。
一瞬で、そこら一体の草木が無くなり草原が完成する。
少女の背中から伸びた黒っぽい電ノコの丸い刃。
しかし、よく見ると大小それぞれ電ノコが連なって大きな羽の様な形を成している。
その姿はセルフレリアの羽…いや、翼を連想させる。
———『ケモちゃん怪我はない?』
『わ、私は大丈夫です。それより輩は…』
———『輩って“アレ”?』
『…。こうなったら“アレ”が輩かどうかも分かりませんね…』
ツグネの横に肉塊がある。
「タッ、タッ、タフナァ…?」
当の本人、ツグネは体が上下真っ二つに割れて地面に倒れている。
意識が途切れそうになるツグネは、ケモノ女と少女の方を見て搾り出す様な声で言う。
「もう俺はッ…味方だぁッ…バカ犬…」
『もう?私はお前と面識ないぞ?惨めだな。んぐっ。』
———『んーっ。スリスリ…よしよし。』
「俺ぁッ…味方だってぇ言ってんッ…」
『お前が味方がどうか知らねぇけどよ。まぁ素直に出て来なかったお前が悪いよな。』
———『よしよし〜…んーっ。んーっ。zZZ…』
(おい、メルヘン女!ケモノ女に抱きついて寝やがった!!!)
少女が寝た瞬間、少女の背中から出ていた大きな電ノコの翼が消えた。
「お前らッ…イカれて……」
——————ドタッ。
そして時間は逆光し出す。
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「鷹田くんは〜こっちぃ〜しばらく投獄するから〜。」
セネカは配信者の顔を覗き込みながら言う。
配信者は怒りの形相でセネカに訴える。
「カメラ返せよ!!後、自ら投獄されに行く俺の気持ち考えろよぉ!!」
セネカが配信者にちょっかいを出している時、ツグネとタフナが叫んだ。
「うわぁぁあっ!!」
「も、戻ったぁ。タフナ、大丈夫か?」
「あぁ?!えぇ、だ、大丈夫です…」
タフナは自分の体をジロジロ見て確認していた。
「ツグネ、いきなりどうしたんですか?」
エヴァンテがツグネに聞く。
「あぁ、エヴァンテ…ちょっと耳貸してくれ。」
「えぇ大丈夫ですよ。」
エヴァンテはヴェルサイユから俺の“やり直し”については聞いているらしい。
が、迂闊に俺の“やり直し”の事を周りの人に公言していない。
という事は、この周回移動都市の上には味方だけでは無い敵勢力もいるという事になる。
周りの人に聞かれない様にツグネはエヴァンテの耳元で、さっきあった“やり直し”について説明しようとした。
そしてツグネがエヴァンテに顔を近づけ耳元で話す。
「さっき、荷物を取…」
「下品ですよ。」
『貴様ぁぁぁあああああ!!!!』
「もうぉお前ぇ!めんどくせぇって!!!!」
ツグネがエヴァンテに向かって叫ぶ。
そして、暴れるセルフラリアをセネカ1人除く4人組が必死に静止させる。
エヴァンテはやはり耳元で喋られる事が苦手で体をブルつかせている。
「エヴァンテ今日、調子いいねぇ〜。」
セネカが笑いながら言う。
エヴァンテは笑顔を向けてセネカに言う。
「今日は天気がいいですからね。」
セルフレリアに対しては、エヴァンテの指示の元、目隠しと耳栓をさせられた。
その対応にセルフレリア本人は不満げな態度で言う。
「あの…これが専属の護衛に対する対応ですか…」
セネカがセルフレリアの耳栓を取って一言、言う。
「セルフレリア、××?」
周りがその言葉に引いている。
セネカはセルフレリアの耳栓を戻した。
その後、セルフレリアがその言葉に目隠しをされた状態で返事した。
「お前、後でコロス。」
ツグネとエヴァンテは会話が聞かれない様に周りの人と距離をとった。
ツグネはエヴァンテにさっきあった出来事を全部、話した。
「ケモノ女と、電ノコ少女…、、、身に覚えがあり過ぎますね。ツグネさんいらぬ苦労をかけて申し訳ございませんでした。私が同行しましょう。」
「まぁそれはありがたいんだけど、お前の部下にまともな奴いねぇのかよ…司教さんよ…」
「申し訳ございません、私も苦労している所です。」
「あー…」
「しかし、ドレスが帰ってきてるとは驚きです。」
「ん?ドレス?」
「えぇ、私の友人の名前です。」
「あー…電ノコイカれ女の事か。えらい派手な名前だな。」
エヴァンテはツグネとタフナの荷物を取りに行く前、5人組の中の1人に声をかけた。
「アネロ•ネッサ、セルフレリアを連れて私に同行して下さい。」
5人組の中の1人、大きい髪の長い女アネロ•ネッサがエヴァンテの指示に従う。
「かしこまりました。」
そしてアネロ•ネッサは目隠しと耳栓をしているセルフレリアをかつぐ。
セルフレリアは体を脱力させて、されるがままの状態で文句を言う。
「これが、専属護衛の扱いですか…」
周回移動都市の中でトップクラスに地位が高いエヴァンテですが、本来ならセネカやツグネの様な言動や態度をとる事は許されません。エヴァンテは優しいので許しています。
【下品ですよ。】




