其々の夜
「あいつら、どう思う?」
時刻は深夜。一つのベッドの中、メデリナはタイロンの腕枕に頬を寄せて尋ねた。ランプの灯りすら無い闇の中、窓から射し込む月明かりだけが部屋の中を照らし、二人の輪郭を一つにして浮かび上がらせている。
「ん~? 妙な連中では有るけど…まぁ、悪いヤツらじゃ無さそうだよな。ただ、得体が知れねぇって点じゃ、迂闊に気を許す訳にも行かねぇって処か。」
瞼を閉じたまま、タイロンは少し眠た気な声で答える。
「そう…だよね。」
「どうしたんだ? オレより警戒してたのはメディじゃねぇか。オレが居ない間に、何か有ったのか?」
「そういう訳じゃないよ。ただ…。」
メデリナは昼間に有った事を語った。自分達の決断を頭ごなしに否定せず、恐れず、真剣に正面から受け止めてくれた命の事を。そして彼女の、同情とも共感とも思える眼差しを思い出すと、思わずタイロンに身を寄せ、逞しい胸板に頬を摺り寄せる。
「何だ? まさか惚れちまったのか?」
「…そんな訳無いだろ。ただ、町の連中…いや、父さんや母さん達だけでも、ああやって理解してくれる人が居たなら、こんな暮らしをせずに済んだのかな…って…。」
メデリナの声が沈む。タイロンは、そんな彼の肩を抱き寄せると額に優しく口付けをした。
「済まないな。飛び出した時から覚悟はしてたつもりだったけど、ここまで過酷な環境だったとは思わなかった。それに体調が悪い事にも気付けないオレに合わせてくれて…。」
「それは言いっこ無しだよ。僕だって甘く見てたのは変わりないし、町を出る事に反対もしなかった。この決断は二人で決めたものなんだから。」
「そうだな。それに、さっきは揶揄うような事を言っちまったけど、オレもアイツらを嫌いじゃない。勿論、惚れたとかじゃ無ぇからな?」
「ふふっ、解ってる。ただ、彼女達は一体何者なんだろうね。最初は家族かとも思ったけど、あのサクラとかいう子供が中心みたいだし、けれど何処かの貴族と御付きの護衛かと思えば、それなら隊も組まず四人だけでこの『砂の海』を渡ろうなんて馬鹿な事を考える筈も無い。」
「あぁ。それに、戦い慣れてる。ライカンスロープのカタリナだけじゃ無ぇ。サクラもだ。あの冷静な判断と肝の座った態度は、並の子供じゃ無ぇな。」
真剣な表情の二人、視線が自然に交差する。だが、直ぐに『ぷっ』と笑みが零れた。
「ははっ、こんなに他人の事を気にしたのは、どれくらいぶりだろうな。」
「そうだね。ずっと二人きりだったし、生きる事と研究だけで手一杯で、他の事を考える余裕なんて無かったもんね。変で怪しい連中では有るけど、多分、悪い出会いじゃないと思いたいよ。」
「だな。」
何時の間にか向き合うような体勢になっていた二人は、互いに身を離し仰向けになると、ゆっくりと瞼を閉じる。程無くして穏やかな寝息と共に、豪快な鼾が部屋の中に響いていた。
同じ頃。櫻達が眠るテントの前の命は、横座りの姿勢で空を見上げていた。
月明かりが町の廃墟を青く照らし出し、雲の少ない空には満天の星空が広がっている。何も考えず、そんな空を見つめていると、テントの中からゴソリと音がした気がして振り向く。
すると、入り口の幕を頭で押し退けるようにして四つん這いのカタリナが姿を現わした。
「カタリナ、どうしたのですか?」
小首を傾げる命。カタリナはその隣に胡坐を掛いて座ると、そのまま命の肩に凭れ掛かるように身体を傾けた。
自然と近付く互いの顔。驚いたような命の目にカタリナの赤い瞳が映ると、その瞬間、二人の唇が重なっていた。
ほんの数秒。『くちゅ…』と水音を立てて離れた唇の間を、名残惜し気に影を残す互いの舌先。
「どうしたのですか、突然…。」
冷静に尋ねる命であったが、月明かりに浮かぶその頬は薄っすらと赤らんでいた。そんな様子にカタリナは満足したように『へへっ』と子供のような笑顔を浮かべると、命の肩を抱き寄せ、互いの頭を預ける。
「何かさ。ミコトとあのメデリナの仲が良さそうだったから、ちょっと嫉妬したかな。」
わざとらしく唇を尖らせ、子供のヤキモチのように頬を膨らませて見せると、そこに柔らかな唇が触れる。そして耳元で囁くように、
「そうですね。確かに少しだけ、仲が良くなったかもしれません。」
その言葉に、カタリナは突然姿勢を正すと、命の肩を両手でガッと掴み、互いを向き合わせるように体勢を変えてその目をジッと見つめた。その赤い瞳は、少々の驚きと焦りの入り混じったような不安の眼差しであった。
嫉妬じみたその態度が嬉しく、命はクスリと微笑むと、カタリナの頬にソッと手を添えた。そして、
「貴女が心配するような事にはなりませんよ。」
一言そう言うと、カタリナは途端にホッと安堵の表情を浮かべた。だが、
「ただ、彼と私は同じなのかもしれない、と。」
続く命の言葉に、カタリナは黙り込んだ。その言葉の意味を理解しているからだ。
生まれた時から変らず、年老いる事も死ぬ事も無い命。他種族より長命なエルフ。存在としては全くの別物であっても、二人に共通する事とは、『愛する者が先に逝ってしまう』『取り残されてしまう』という事。
カタリナも、将来的にはそうなってしまう事実を覚悟はしているが、その苦しみを愛する者に負わせる罪悪感を感じない訳では無い。
「…ミコトも、アタイとの子供が欲しいと思うかい?」
「判りません。貴女はどうなのですか?」
「それを聞くのか? アタイは、ミコトが居てくれればそれで良いさ。当然、お嬢やアスティアも一緒だぜ?」
そう言ってニコリと笑ってみせるカタリナに、命も自然と微笑みが浮かぶ。
見つめ合う二人。月明かりに照らされる互いの顔は自然と近付き、やがてシルエットを一つにした。
《…とまぁ、現状はこんな感じだね。》
眠りの中では、櫻がファイアリスと世間話の真っ最中。話題はタイロンとメデリナについてだ。
《お前さん的には、どう思う?》
《どう、って?》
《魔法で子供を作るって事に対してさ。》
タイロン達の家からテントへと戻った櫻達は、昼間の出来事を互いに話し合い情報を共有していた。その為、命が見聞きした事は全て櫻も知っている。
《確かに、男同士で愛し合っていても自然に子供は出来ない。だから他の手段を模索する…ってのは理解出来なくも無いさ。ただね、そこを魔法に頼って良い物かどうかと思ってね。》
《そうねぇ。私的にも、出来たらそんな不自然な事は止めて欲しいとは思うけれど、それもまた『人』が選んだ道。その先に幸せが有るのか、破滅が有るのか、それは、その道を歩む者の責任ではないかしら?》
相変わらず白いガーデンチェアのような物に足を組んで座り、お茶のような物の入ったティーカップを口元に運ぶ所作は優雅。そしてその言葉は、どうにも興味が薄い。
そんな態度のファイアリスに、櫻は呆れたように小さな溜め息を吐いて尋ねる。
《そもそも、本当に魔法で子供が作れると思うかい?》
《あら、貴女だって今まで色々な魔法を見て来たのではなくて? その経験から見て、逆に不可能だと思えるのかしら?》
《それは…。》
今まで出会って来た魔法使い達、その所業の事を思い返す。この世界では未だ生み出されていない素材で出来た舗装道路や、水量の変わらない湖。人の手では架けるのが困難な橋の建築など、人の力だけでは成し得ない偉業も多く、魔法に無限の可能性を見る者達が絶えない事も理解出来る。
しかし、それらは魔法の『正』の側面だ。少なくとも櫻が見て来た中で直接的に生命に係わる魔法は、悲劇的な結末を迎えるものが多い。矢張りそれは、人の手で生命に手を加える事への罰なのではないか。手を出してはいけない領域なのではないか。そう思えてしまう。するとそんな考え込んだ櫻の様子に、ファイアリスはクスッと笑った。
《うふふ、ちょっと意地悪な言い方だったかしら? そうねぇ、ハッキリ言ってしまえば、『魔法』という技術は、所詮精霊達の力の劣化模倣に過ぎない。現状、人の子を生み出す事は出来ないでしょうね。》
《『現状』…? それなら、将来的には出来るという事なのかい?》
《さぁ? それはどうかしら。私だって未来は判らないわ。ただ私がハッキリ言える事は、魔法は本来の精霊の力には及ばない、という事。私くらいの力が有れば生命を生み出す事だって出来るけれど、瘴気が力の源で有る限り、そこに至る事は在り得ないのだから。》
その言葉に、櫻は困ったように表情を暗くした。この世界の主神である彼女が『無理だ』と断言してしまった。それは恐らく真実であり、それを知ってしまった以上、タイロン達を心の底から応援する事が出来なくなってしまったからだ。
すると、そんな気持ちを見透かされてしまったのか、ファイアリスは再びクスリと笑った。
《ねぇサクラ。私は『人』の姿で地上に降り立った時、一人の女性と恋に落ちたわ。》
唐突に始まった話に、櫻は目を丸くして耳を傾ける。
《彼女は聡明で、それでいてコロコロと表情の変わる様が可愛らしく、私が神だと知っても自身の想いに素直な良い娘だったわ。だから毎晩のように身体を重ね、互いに愛し合ったの。》
その時の事を思い出しているのか、ファイアリスは組んだ足をモジモジとさせながら薄っすらと染めた頬に片手を添えて『ほぅ…』と熱い吐息を漏らす。その余りに世俗的な姿に、櫻は思わず『ははっ…』と苦笑い。
《そんな彼女が、寝床で一度だけ、『私達の子供が出来たら良いのにね…』と口にした事が有ったわ。》
それはほんの一言、誰に言う訳でも無く呟くように、まるで微睡みの中の寝言のようなものだったという。
《勿論、そんな事は私には造作も無い事。だけれど、私がそれを叶える事は無かったわ。それが何故か、貴女は解るかしら?》
突然の質問に、呆れ顔を浮かべていた櫻の気持ちが引き締まる。そしてほんの少しだけ考えを巡らせると、
《…自然の摂理に反するから…かい?》
と、問い返すように答えた。
《えぇ、大体正解♪》
《何だい、そのスッキリしない答えは…。それじゃぁ、本当の正解は何なんだい?》
再び気が抜けたように肩から力が抜けた櫻の様子に、ファイアリスは楽しそうに微笑んで口元に手を添える。
《それはね、それをしてしまえば、彼等の今までの進化を否定してしまうから、よ。》
《進化? 人類の?》
《いいえ。人類に限らない、この世界の生命の進化そのものよ。彼等の大半が男と女、雄と雌に分かれ、其々の異なる部分を分け合い変化を繰り返し進化し、今に至る。…ふふっ、こんな事は、今更言わなくても解っているわよね。》
《あぁ、その程度ならね。》
《だからね、私が一時の感情で彼女を孕ませる事は、今まで自分達の力で進化を続けて来た生物の生の証を否定する事になる。だから、私は彼女の願いを叶える事は無く、彼女もそれを、言葉にはしなくとも理解してくれたわ。》
愛する者の願いを知り、それを叶える能力も持ち合わせていながら、たった一度の特例すら許さない。それは、主神という己の立場に対する責任感であり、己を自由に出来ない束縛でもある。
《当然、それ以外にも彼女の為だけに神の能力を使う事は無かったわ。まぁ、生活に不便な時なんかにチョチョっとした事はしたけれどね。》
ペロリと舌を覗かせて悪びれる様子も無くそんな事を白状する主神に、櫻も思わずハハッと笑みが零れた。そして再び真剣な表情に戻ると、
《…つまり、お前さん的には、タイロン達の願いに賛同は出来ない、と?》
諦めたように尋ねる。だが、返って来たのは意外な答えだった。
《あら、別にそんな事は無いわよ?》
《へっ?》
思わず目を丸くし、間の抜けた声を漏らした。
《私は私の信念に従って『神』の立場としてそう判断しただけ。彼等は『人』として、自分達の力でそれを成そうとしている。それは、進化なのではないかしら?》
《進化って…魔法に縋っているだけじゃないのかい?》
《あら、道具を使う事も、魔法という技術を使う事も、大差は無いのではなくて? そしてそれこそが、『人』という種の進化の特徴でしょう?》
《だが、お前さんは無理だとも断言したじゃぁないか。》
《『現状』と付け加えもしたわよね。》
櫻との問答が楽しいのか、ファイアリスはニコニコと楽しそうだ。しかしその表情は突如としてキリリとし、櫻を見据えた。
《ねぇサクラ。貴女はどうしたいの? 今の『人類の神』は貴女なのよ。もしその二人に何がしかの決断を迫るのだとしたら、それをするのは私では無く貴女だという事を忘れないで。》
突然の真剣な言葉に、思わず櫻の気持ちにも芯が入り姿勢を正す。
彼等の研究している魔法は、もし実現すれば、この世界の人類の半数以上を占める同性のカップル達に新たな希望を与え、世界の在り様を変える可能性すら有る。『神』としての責務・責任。それを考えた時、彼等の決断・行動が世界にどのような影響を与えるか、その判断を委ねられたのだ。
だが、直ぐに『はぁ』と溜め息を漏らし、肩から力が抜けた。
(だがこれは、あたしの判断を尊重してくれるという事でも有る。そう思えば、その期待に応えてみたくもなるってもんだね。)
櫻は『ふっ』と笑みを零すと、ヤレヤレと肩を竦める。
《…全く、勝手に任命しておいて責任を押し付けるんだから、良い性格をしてるよ、お前さんは。》
《あら、今更? 私の事、嫌いになったかしら?》
《ははっ、まさか。完全に好きな部分しか無い奴なんて、逆に怪しいくらいだ。多少は困るくらいが丁度良いってもんさ。もしお前さんが地上に来られるなら、一緒に美味い酒が飲めそうだと思うよ。》
《それは良いわね。その内また受肉でもしようかしら♪》
《その時はあたしに案内させておくれよ。良い酒を造ってる処を見つけたんだ。まだ粗削りだが、将来が楽しみでね…。》
こうして、其々の夜は過ぎて行ったのだった。




