記憶が戻り始めた
「サワ、ここから住宅街っぽいぞ」
ユウカさんと、エリホ地区を当てもなくぶらぶらと歩いているが、母さんの出したヒントが『地区』で、広すぎて全然あてにならない。これは徒労に終わるのではないかと思った頃に、ふと一軒の家が目に留まった。
その家は、ありふれた新興住宅地にある広めのお家だが……いや、そんなことはない。し、しかし……。
「サワ、どうした?」
俺の異変に気が付いたユウカさんが、顔を覗き込んでくる。彼女は俺の視線の先にある家と俺を、交互に見る。俺の内面までは分からないから、俺の目の前でその手を振り、我に返るのを確認している。
「あの家……見た事ないのに、懐かしさがある」
「本当か?」
「う、うん……初めてくる場所で、初めて見る家。なんで……なんで俺は知ってるんだ?」
この異変をすぐに理解したユウカさんは、あろうことか、その家に入って行って呼び鈴を押している。な、なにをやってるんだ!
「あのー、ここのお家はいつごろからお住まいですか?」
「かれこれ30年ほどですね」
ユウカさんが無茶苦茶なことをやっている。しかも、それに笑顔で答える住民。どうなってるんだ?
「それ以前は、どんな人が住んでいたとか分かりますか?」
「私たちが来る前は、空き家だったので分からないわね」
「そうですか、ありがとうございます」
全部聞こえていたが、ユウカさんは内容を報告してくれた。
あの人たちは、住み始めて30年と言っていた。計算が合わない……。これはなんだ?
「サワ、大丈夫か? 具合が悪そうだから、今日はもう帰ろう」
「だ、大丈夫だよ。せっかくここまで来たんだから、もうちょっとのんびりしよう」
「私もそうしたいが……私の大切なサワがおかしくなっている。やっぱり帰ろう」
確かに俺も、何かを思い出しそうになっている。しかも、それは……なんか違うもののような気がする。このままエリホで違うものを見て変なことになるくらいなら、戻った方が良いと自分に言い聞かせ、ユウカさんと一緒にナムバから列車に乗った。
来るときは、ユウカさんが俺にべったりだったが、今は逆で、俺がユウカさんに支えてもらっている。そこまでひどい状態ではないのだが、まったく知らないところを懐かしく思い、そのあと時間が経過するにつれてあの家の間取りとかもなんとなく分かる……このじわじわ思い出してくるのが異様なのだ。
いや、異様というよりは恐怖だ。なんで知っている……分からない。この自問自答が延々と続く。
「サワ、私の顔を見ろ」
彼女は、両手を俺の顔に添える。
「……」
「怯えているのか?」
怯えているのは確かかもしれない。こんな経験が初めてだからだ。俺は何者なんだ? そんな思いが頭を駆け巡っている。
ユウカさんは、そのまま一瞬だが唇を重ねてきた。
ユウカさんの美顔が迫り、柔らかい唇を感じる。この感覚が凄まじい衝撃となってすべてを吹き飛ばしてくれた。
「あ……」
「どうだ?」
「ありがとう……ごめん、元に戻った」
「そうか、良かった。心配したぞ」
彼女の魔法少女の様な笑顔が、残っていた不安をすべてかき消してくれた。ユウカさん……ありがとう。




