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おかえり  作者: コメたろう
第三章 ぼくは、ここにいたい

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034体目 ムギじろうに、謝りたい

金造が、ムギじろうの証言を読み返した翌朝。


今度は、自分から大村先生に相談します。


勝手に行かない。


勝手に会わない。


ちゃんと先生を通す。


そして金造が口にしたのは、


「ムギじろうに、謝りたい」


でした。

翌朝。


金造は、いつもより少し早く目を覚ました。


居間へ行く。


テーブルの上には、昨夜読んだ資料がそのまま置いてあった。


ムギじろうの本人尋問の記録。


金造は椅子に座った。


眼鏡をかける。


そして、最後のページを開いた。


『呼ばれた時に、僕を呼んでるんだって、分かります』


「…………」


「ムギじろう」


声に出してみる。


やはり妙な名前だと思う。


だが。


昨日ほど、変な名前だとは思わなかった。


「旦那様」


後ろから声がした。


「うわっ!」


金造が振り返る。


「高橋! いつからおった!」


「ただいま参りました」


「声をかけろ!」


「お声をかけました」


「そうか?」


「はい」


高橋はテーブルを見る。


「昨夜の資料でございますね」


「うむ」


「もう一度お読みになっていたのですか?」


「……ちょっとな」


高橋はそれ以上聞かなかった。


金造は資料を閉じる。


「高橋」


「はい」


「大村先生に電話してくれ」


高橋の動きが止まった。


「どのようなご用件でしょうか」


「話がある」


「何についてでしょうか」


「お前、いちいち細かいな」


「確認でございます」


「ムギじろうのことじゃ」


高橋が金造を見る。


「何をなさるおつもりですか」


「何もせん!」


「左様でございますか」


「なんじゃ、その顔は!」


「念のためでございます」


金造は少し不満そうな顔をした。


「先生に相談してからにしろと言ったのは、お前らじゃろ!」


高橋が一瞬黙った。


「……おっしゃる通りでございます」


「だから相談するんじゃ!」


「承知いたしました」


高橋は電話を手に取った。


しばらくして、大村先生につながる。


『はい、大村です』


「大村先生。高橋でございます」


『おはようございます』


「おはようございます。旦那様がお話ししたいとのことで」


一瞬。


電話の向こうが静かになった。


『……何かされましたか?』


「先生!」


金造が叫んだ。


高橋が受話器を少し耳から離す。


「まだ何もしとらん!」


『……そうですか』


「なんで最初にそこを確認するんです!」


『これまでの経緯からです』


「失礼な!」


『それで、何のお話でしょう』


金造は高橋から受話器を受け取った。


「先生」


『はい』


「ムギじろうに会えませんか」


電話の向こうが静かになった。


『……何のためにですか』


「話がしたいんです」


『どのような?』


「それは……」


金造はテーブルの上の資料を見る。


「謝ろうかと思って」


今度の沈黙は長かった。


「先生?」


『すみません』


「はい」


『もう一度お願いします』


「だから」


金造は少し苛立った。


「ムギじろうに謝りたいんです!」


高橋が金造を見る。


電話の向こうから、大村先生の声がした。


『成田さん』


「はい」


『昨日、何かありましたか?』


「何もありませんよ!」


『誰かに何か言われたとか』


「言われとらん!」


『新聞社から連絡が?』


「ない!」


『では、どうして急に』


金造は黙った。


そして、昨夜読んだ資料を手に取る。


「……あいつの話を読んだんです」


『本人尋問の記録ですか』


「はい」


「ワシは法廷でも聞いとったけど……昨日、家でもう一回読んで」


言葉を探す。


「なんというか」


『はい』


「ワシが思っとったのと、全然違ったんですよ」


大村先生は黙って聞いている。


「ハサミだって、当たっとらんから大丈夫だと思っとった」


『はい』


「杖で叩いたって、ロボットだから痛くないと思っとった」


『はい』


「充電だって、また充電すれば動くんだから、大したことじゃないと思っとった」


『はい』


「置いてきた時も、自分で帰ってくると思っとった」


『はい』


「でも」


金造は資料を見る。


「全部、違ったみたいで」


高橋が静かに金造を見ていた。


「だから……」


金造は頭を掻いた。


「悪かったな、と」


電話の向こうで、大村先生が息を吐く音がした。


『成田さん』


「はい」


『お気持ちは分かりました』


「じゃあ会えますか?」


『勝手に会いに行ってはいけません』


「行きませんよ!」


『念のためです』


「分かっとります!」


『こちらから相手方の代理人に連絡します』


「橋上先生に?」


『はい』


「それで、会わせてもらえるか聞く?」


『違います』


「違うんですか?」


『まず、成田さんが謝罪の意思をお持ちであることを伝えます』


「はい」


『その上で、ムギじろうさん本人が、成田さんと会うことを望むか確認していただきます』


金造が止まった。


「……あいつが決めるんですか?」


『そうです』


「ワシが会いたいと言っても?」


『ムギじろうさんが会いたくないのであれば、会えません』


「…………」


金造は資料を見る。


『帰りたくないです』


『怖いからです』


その言葉を思い出す。


「……そうか」


『それでも、よろしいですか』


金造はしばらく黙っていた。


「はい」


『断られる可能性もあります』


「はい」


『その場合、直接連絡したり、ご自宅へ行ったりは』


「しません!」


大村先生が言い終わる前だった。


「もう行きません!」


『……分かりました』


「ちゃんと先生に相談したでしょう!」


『はい』


「ワシ、学習しとるんです!」


『大変結構です』


金造は少し得意そうな顔をした。


「じゃあ、お願いします」


『承知しました』


電話を切る。


金造は受話器を高橋に渡した。


「高橋」


「はい」


「ワシ、ちゃんと相談したぞ」


「はい」


「勝手に行ってない」


「はい」


「偉いだろ」


「大変よろしいかと存じます」


「そうじゃろ」


金造は満足そうに頷いた。


だが、すぐに表情が曇った。


「……断るかな」


高橋は答えなかった。


「怖いって言っとったもんな」


「はい」


「ワシの顔なんか、見たくないかもしれんな」


「その可能性はあるかと存じます」


「お前、こういう時くらい大丈夫って言えんのか」


「私が決めることではございませんので」


「……そうじゃな」


金造は、意外なほど素直に頷いた。


少しして。


「高橋」


「はい」


「謝るって、何を言えばいいんじゃ」


「旦那様がお思いになっていることを、そのままお話しになればよろしいのではないでしょうか」


「ワシが思っとること?」


「はい」


金造は考える。


「ロボットだから大丈夫だと思ってた、とか?」


「それも含めて」


「知らなかった、とか?」


「はい」


「悪かった、とか?」


「はい」


金造は黙った。


「……それで足りるか?」


高橋は少し考えた。


「足りるかどうかを決めるのも、ムギじろうさんではないでしょうか」


金造が高橋を見る。


「お前、今日は難しいこと言うな」


「大村先生のお話を聞いておりましたので」


「そうか」


「はい」


金造は資料を見た。


最後のページ。


名前のところを開く。


「ムギじろう」


「はい」


「変な名前だよな」


「その点については、私からは何とも」


「でも」


金造は少し笑った。


「本人が気に入っとるなら、まあいいか」


高橋も、ほんの少し笑った。


その頃。


大村法律事務所では。


大村先生が電話を手にしていた。


連絡先を確認する。


橋上先生。


発信ボタンを押す。


数回の呼び出し音のあと、相手が出た。


『はい、橋上です』


「大村です。いつもお世話になっております」


『お世話になっております』


「成田さんの件で、ご相談がありまして」


『はい』


大村先生は一度、息を整えた。


「成田さんが、ムギじろうさんに謝罪したいと申しております」


電話の向こうが静かになった。


『……成田さんが?』


「はい」


『ご本人から?』


「はい」


また沈黙。


『何かありましたか?』


大村先生は眼鏡を外した。


眉間に手を伸ばしかける。


そして。


少し笑った。


「私も、同じことを聞きました」

金造、とうとう言いました。


「ムギじろうに、謝りたい」


でも今回は、それだけではありません。


会いたいから会いに行く、ではなく。


まず大村先生に相談する。


橋上先生を通す。


そして、会うかどうかはムギじろうが決める。


少し前なら、


「ワシが会いたいと言っとるんじゃ!」


で終わっていた人です。


それが、


「……あいつが決めるんですか?」


「はい」


「……そうか」


金造。


ちゃんと学習しています。


そして何より、


「本人が気に入っとるなら、まあいいか」


ようやく「ムギじろう」という名前も、ムギ自身のものになりました。


さて。


謝りたい金造。


でも、会うかどうかを決めるのはムギじろうです。


ムギは、なんと答えるのでしょうか。


では、次回。


スルメ食う?

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