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【復路】第一話 はじめまして

お待たせいたしました!

と言っても待っていただいていたか分かりませんが、続編です。

稜と茜の接近、そしてその後をこれからお届けしたいと思っています。

1話から11話は箱根駅伝で言う「往路」としてこれから始まるのは折り返し「復路」となります。一山超えて辿り着いた往路のゴールからまたスタートし山を越えて行く稜と茜。

正式に付き合い、同居生活から同棲と言う形になり、空はその二人を見守りつつ、空の物語も始まるかどうか?または彼らが進む道に新しい風が吹くかもしれません。それが嵐だったり追い風だったり、走ってみないと分からないので、どうぞまたお付き合いよろしくお願いします。

BL表示は一応ついていますが、今回はほぼその色は出ません。

 お正月は箱根駅伝の復路を稜と茜はのんびりテレビで観戦したり、二人で近くの神社に初詣に出かけたり、仕事始めまで二人の時間を過ごした。

「実家帰らなくていいの?」

リビングのソファーに隣り合って腰かけ、テーブルの蜜柑に手を伸ばして稜も茜も同時に問うも、ふふっと顔を見合わせ「ま、いっか」と答え合っていた。実家が近いばっかりになのか、二人でいたいだけなのか、答えなんかどうでもよい穏やかな時間が過ぎる。

「正月休み四日までかぁ、案外短いなぁ」

スマホのカレンダーを見ながら稜が呟く。

「茜、休み明けから出勤だね、緊張する?」

茜がコンビニの常連濱田の工務店で働き始める。

「ん~ちょっと緊張する」

困ったような笑顔で答える茜の頭をトントンと稜は撫で、「大丈夫!」と励ます。そんなまったりした正月休みが過ぎ、また新しい年が動き始めた。


 稜はSNSを始め選手の練習風景や大会出場日程など広報のサイトにアップし、その取材などで大会に同伴することが増えた。また森野の中学の陸上部のボランティアコーチもスケジュールが合う限り顔を出しサポートした。朝はお隣の丘山夫妻の愛犬ロッキーの散歩代行、平日は食品メーカーの広報部の仕事、土曜はコーチ、日曜は基本休みなのだが、たまに大会の遠征に同伴する。稜の仕事も以前よりアクティブになり、稜自身もやる気を(みなぎ)らせていた。

 茜も濱田の営む『濱田工務店』で産休予定の社員の代わりに臨時社員として勤務し始めた。一応空間デザイン事務所に居たことを活かしてリフォームの内装デザインなどを担当しつつ、事務員の大山田という四十代の女性の手伝いもすることになった。

産休の小乃(この)()という三十二歳の女性は茜と同い年で今度の出産は二人目らしい。細身で華奢に見えるが、仕事も子育てもバリバリこなすパワーの持ち主。引継ぎなども丁寧に優しく教えるのが上手く、茜は同い年でありながら尊敬と憧れの思いを沸かせ、仕事に対してもこちらもやる気が漲っていた。ただ休日が水曜と日曜ということで、稜との休日がうまく噛み合わないことが二人にとっても寂しい点だ。

「稜君、今度の日曜は?」

「え~っと成人の集いの駅伝大会が、中学生の陸上部の方ね。午前中いっぱいで終わるから、午後には帰るよ」

「そっか、成人の日か、あれ何で駅伝いつもやるんだろね」

「だな、考えたことなかった」

二人で顔を合わせ呆れ顔の茜と苦笑いの稜、忙しい二人もこの家で過ごす時間は穏やかで温かいものだ。他愛もない話がとても居心地が良い。


成人の集いが行われる朝早く、予定通り稜は中学生の駅伝ボランティアで森野の元に出かける。外はまだ薄暗く冬の寒い朝。六時集合という鬼のようなスケジュール。稜が起きられるのか気になり寝ていた二階の自分の部屋から稜の一階の部屋へ覗きに行く。

「稜君、もう起きてる?」

寝ぐせの髪も気にせず、眼鏡をかけた茜が部屋の戸を開けると稜はベッドから落ちている。

「え?稜君!」

駆け寄る茜の声で稜はふにゃぁと伸びをして伸ばした手がベッドの淵に当たり「イタッ!」と声を上げる。

「やだぁどれだけ寝相悪いの」

と茜はクククッと笑い「ほらほら遅刻するよ」と稜の頭をポンポンと撫でた。

眠い目を擦りながらゆっくり起き上がり頭を撫でる茜の腕を自分の首に絡ませ、稜は茜を抱きしめた。こらこら、と茜がちょっと嬉しそうに言い、稜は茜の耳元で「おはよう」と囁く。が、そんなイチャイチャしている時間はなく、ハイハイと茜に促され出発の支度をして玄関に向かうことになる。

ささっとおにぎりを握って茜は稜に渡し

「時間あったらちゃんと食べてよ」とコーヒーの入ったボトルも渡す。

「いつの間に用意してくれたの?」

と驚く稜にドヤ顔で茜が眉を動かせた。それを見て稜は肩をすくめて三日月の目のクシャっとした顔をして笑う。

「ありがとう」

「うん、気を付けてね!行ってらっしゃい!」

「行ってきます!」

シューズを履いて稜は軽快にバス停へ走って行く。

一緒に暮らすようになり何度「行ってらっしゃい」と送り出しているだろうか。この「行ってらっしゃい」が茜にとっても稜にとっても幸せの音色になっている。


「おお寒~う」と茜は見送って、ちょっとだけと布団にもう一度潜り込んだ。

 はっと気づいた茜は三十分くらい二度寝をしてしまったようだ。外はもう日が上がり時計も七時になっていた。稜がお隣のロッキーの散歩が出来ない朝は、茜が代わりに行くこともある。

「おはようございます」

隣の丘山夫妻の玄関で茜が声をかけると、嬉しそうにロッキーが駆け寄って来た。

「おはよう、今日は茜ちゃんが行ってくれるの?ありがとう」

「もう随分ロッキーもお散歩上手に出来る様になったので、私でも大丈夫ですよ」

そう言ってロッキーにリードを付け、お散歩グッズを手にして慣れた様子で並んで歩き出す。いい子だねなどと声を掛けながら茜がロッキーを見ると、ロッキーも茜を見上げなかなか呼吸も合って来た。共に過ごす時間が作り出した関係だ。

冬の空気はピーンと冷たく吐く息が白く空気に溶けていく。美容院の近くに来ると若い振袖の女子が送り迎えの親の車に乗り込んでいる。店内は髪を結い終えた女の子、着付けを終えた女の子、忙しそうにスタッフも働いている。

「成人式か…私はもう十年以上前なんだ」

苦笑いしてロッキーを見ると、ロッキーは首を傾げて見ていた。

「ふふ、それなりに頑張って生きて来たよね」そう言いながら茜とロッキーは散歩を続けた。元カレに二股かけられたり、会社が倒産したり、いいことがなかったけど、それがあって今があるし、稜とも巡り会えたのだ。


散歩を終えてロッキーを丘山夫妻に帰し、お礼のスムージーをいつものように戴き家に戻る。洗濯やらを済ませ少しゆっくりしようとしたら玄関のチャイムが鳴る。

ピンポーン♪

稜が帰るにはもう少し早い時間のお昼前。あれ?と思いながら玄関へ向かうと三人の影が玄関戸に透けて見えた。

「お兄ちゃん~」

「え?」慌てて茜が開けると目の前に振袖の女の子とその親御さんと見られる夫妻が「え?」という顔をして茜を見つめた。互いが「え?」となっている状態で一瞬空気が止まる。が、即座に振袖の女の子が一言目を発する。

「お兄ちゃんの新しい彼女?」

「あ、は・・・い、新しい、彼女?で、す」

て新しいって何なの?と思いながら茜は答える。

「おぉ、お兄ちゃん好きな人は居るって言ってたけど、付き合い始めたってまだ聞いてなかったわぁ。あ、どうも初めまして!妹の萌です!」

とペコっとお辞儀をして、「上がっていいですか?」と言いながら既に草履を脱いで玄関を上がって行く。

「どうも、稜の母と父です」母の貴子(たかこ)が言い

「ゴホッ」と父の(はじめ)が咳ばらいをした。

「は、初めまして、古川茜です。ご挨拶遅くなってすみません、あの稜君今駅伝の用事で出かけていまして、あの、上がってお待ちくださったら、多分、お昼には帰って来るはずなので」

突然の自己紹介タイムに流石の茜も緊張したのだが、貴子は「じゃぁ失礼しま~す」とニコッと微笑んで少し肩の力が抜けた。

いや、これは稜くんの帰宅までどう対応したらいいのだろう…と茜は三人がリビングに向かう後ろ姿を見ながら考えた。眉間にしわが寄っているのが自分でも分かる。おっと、ダメダメと眉間を指で擦り「落ち着け、落ち着け」と呪文のように呟く。リビングに入り、先ず時計に目をやる。小一時間、耐えなければ・・・。

「あ、お茶入れますね」

慌てながら冷静を装い、茜はお茶の用意をする。

「あぁ気を使わなくて大丈夫よ」

と貴子が言いながらキッチンにやって来た。

「ごめんね、突然連絡なしに」

「いえ、こちらこそ、こんな格好ですみません」

茜は部屋着のまま出迎えたことを詫びる。と言っても急に来たんだから仕様がないじゃん、と心で思う。分かっていたらもうちょっときちんとした格好で私だって出迎える、選りによって推しのライブグッズのパーカーを着ているじゃないか・・・などと頭の中で茜は一人右往左往していた。

「ねえ、茜さん、そのパーカーって…」

萌がそうっと近づいて茜をじっくり見回す。ヤバい、気付かれてる?ダサい?わぁ~どうしよ、と頭の中でバタバタしている茜に萌が

「それってバンドの『バックステージ』のグッズでしょ?一昨年のライブグッズの!」

「あ、そうです・・・」

バレちゃった、恥ずかしい、いい年してグッズ着てるとか若い子からしたらダサいんじゃないかしら、と茜の眉間にまたシワが集まって来そうになった。

「わ~!私も持ってるの!え~もしかしてファン?茜さんもバッカーなの?」

バッカーというのはバックステージのファンの呼び名で、ファンの間で通用するものだった。

「え?萌ちゃんもバッカー?」

「そう!一緒じゃん!」

振袖を着た萌がぴょんぴょんと跳ね喜び茜の両手を握っている。

「やだ~嬉しい」と茜もその手を握りながら一緒に跳ねる。

「なになに?二人気が合うみたいじゃない」

貴子が結局お茶を入れ、ソファーの方へ運び始と二人でお茶を飲み始める。茜と萌がキッチンで話が盛り上がっている様子をにこやかに眺め、「お父さん何か良いことありそうですね」と貴子が呟いた。「ん~そうだな」と口数の少ない始がお茶をすする。

「ね、茜ちゃん連絡先交換しよ。私お昼は友達と約束してもう行くから、またバックステージの話しよ」

「うん、分かった」

そう二人はスマホを取り出しピピッと連絡先を交換する。そう言えばと茜は思った。東京から実家に戻って、コンビニの手伝いをしていた時も、周りは学生アルバイトとパートの年配の女性、漸く会社で同僚が出来たけれど、友達のような関係はまだない。萌は気が合いそうで、新しい友達が出来たような感覚になって嬉しかった。既に茜ちゃん呼びされてるし。それも大好きな稜の妹。また萌も兄の彼女と気が合いそうで安心した。二人の心の奥に、もしかしたらの未来が見え隠れしていた。

萌と気が合うだけでなく、貴子と始も気さくで、稜が帰るまでに簡単な自己紹介や幼い頃の話をして結構あっという間に時間が経った。この小一時間どうして過ごそうかと思った、ちょっと前の茜はもう居ない。

「まさか空君のお姉さんとお付き合いすることになるなんてね、お父さん」

「あぁ、まぁ稜にはしっかりしている女性の方が、うん、良かったんじゃないか」

「ふふふ、大歓迎じゃん」と萌がニヤニヤしてスマホを取り出す。

「ね、皆で写真撮ろう。私の振袖姿、見納めだよ」

そう言って稜の不在のまま、四人で写真を撮った。そうこうしていると、玄関に賑やかな声が聞こえて来た。

「ただいま~」

稜が帰ってきたようだ。

「お兄ちゃん!」と振袖の萌が速足で玄関へ向かう。

「あれ?萌何してる?」

驚いた稜はきょとんとした顔で萌の振袖姿を数秒眺めて

「あ!成人おめでとう!」

「もう~おめでとうじゃないよぉ、お祝いお待ちしていました」

と犬が飼い主に愛嬌を振りまくように両手を握って顎の下辺りに垂らし稜を見上げる。

「あぁ~ごめん忘れてたぁ~今度家に持って行くわ、今日はちょっとバタバタしてて」

「え~」という萌の声をかき消すように、稜の後方から五人ほどの中学生の男の子たちが顔を出した。

「初めまして!箱根第一中学陸上部、お邪魔します!」

礼儀正しく頭を下げる様子に萌がフリーズする。その萌の後方から茜が慌ててやって来る。

「お帰り、予定より早かったね」

茜はこっちの事情は事前に承知していた。日曜日の予定を聞かれた時に、駅伝が終わった後選手の一部が遊びに来たいと言うから皆でお昼を食べるのはどうかと稜に言われていた。茜は、稜のコーチをする生徒にも会って見たく、皆で餃子パーティをしようと話がまとまっていたのだ。その材料も購入済み。帰宅前に下準備をしたかったものの少々予定が狂ってしまったのだが。

「お兄ちゃんお父さんとお母さん置いていくから、後はよろしくね」

そう言って萌は友達との約束へと生徒達と入れ違いに出かけて行った。

リビングには不思議な面子が揃うこととなった。最後に入って来た森野君は申し訳なさそうに頭を下げる。リビングが渋滞気味ではあったものの、貴子が事情を察し茜と餃子づくりの下準備を始める。稜もあれこれ手伝いながらふと二人の並ぶキッチンの様子を見て暖かいものが胸にじんわり沁みていた。家族を感じて少し見惚れてしまう。

「稜、顔に出てる」

ボソッと始が稜に言う。幸せだと実感している顔を始に見透かされていたようだ。

「一緒に住んでるなら、ちゃんとしなさいよ」

そう言って始は中学生達と「君たち走るの好きか?」などと話し込んでいた。

ガヤガヤ賑やかな昼時。思いもよらない多くの初めましての挨拶が集まって、一気に皆が知り合いになっていった。

 少し前は知らない者同志が、出会って友や仲間、恋人、家族になって行く。

『ちゃんとしなさい』

曖昧なその言葉が、稜は遠くない未来を目の前に見ているようで、何か決意のようなものが生まれたと自覚した。


お読みいただきありがとうございます。

「恋人」という立場になった稜と茜。取り巻く人たちが今後どう絡んでいくのか、今回はそんなはじめましてでした。

穏やかな二人の生活を今後どう展開していくか、引き続きよろしくお願いします。

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